8_自分の家が分からない
有理が俺のことを心配している。
嬉しくて、わけもなく胸が高鳴った。
「川田くん。変だ。きっと、頭打ったせい」
不安そうに俺を見つめている。
そうか。
そういえばそうだ。
初めての人間への憑依で俺自身、混乱していた。
俺は今、人間の川田洋平なのだ。
セルパンのルイではない。
だから「治癒の魔法」なんて言ってはいけなかったのだ。
「有理。頭のケガは大丈夫だよ」
俺は改めて有理に説明した。
「ホラ、みて。なんともない」
後頭部を有理に見せる。
「うん。でも変だ。なにかが。すごい音した。ドシン」
有理は俺の後頭部を調べながら言った。
「それは、洋平がデブだから」
また俺はおかしな事を言ってしまった。
ダメだ。
有理が首を傾げている。
やばい。
自分が川田洋平だということを頭に叩き込まなければ。
「帰ろう?外。暗くなるよ」
有理が言う。
「川田くん。心配だ。一緒に帰る」
「一緒に?嬉しいな」
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俺と有理は校門を出た。
人間界は、セルパンの住む異世界と違って、様々な匂いがする。
汚染された匂い。
食べ物の匂い。
汗や動物の匂い。
それらが混じり合っている。
俺は思わず顔をしかめた。
「笹山にお金払う。なんで。川田くん!」
有理が俺に言う。
「ほんとだよなぁ。なぜなんだろうな」
俺はまた、他人事のように言ってしまう。
「このままはよくないよ」
「うん。わかった。そうだねぇ」
俺は有理の言葉を聞き流した。
まるでリザベルの求愛を聞き流すように。
「このままはよくないよ」
有理にそう言われたが、洋平自身が、なにをどうすべきなのか?
正直言って、俺にはよく分からないし、どうでもよかった。
そんなことよりも、有理と二人でこうして会話していることに興奮していた。
有理の言葉づかいは独特だったが、慣れれば、彼女の言いたいことは伝わってきた。
「あれっ、川田くんの家どこ」
有理が不意に立ち止まる。
「家......か。どこなんだろうな」
俺も首を傾げた。
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自分の家が分からないことで、さらに有理は俺を心配した。
「一時的に分からなくなったみたい」
そう言って、俺はなんとか誤魔化した。
結局、財布を探って「住所」が載っているカードを見つけた。
そこに載っている住所を有理がスマホで調べてくれた。
最近の人間たちが、いつも夢中になっていじっている「スマホ」。
まるで体の一部のようだな。
電車に初めて乗った。
関所を通るときも、やり方が分からなくて有理に教わった。
どうやらカードをかざすことで、関所の通過が許可されるようだ。
カードがなかったら家に帰れずに人間界をあてもなく、さまようことになる。
残酷で恐ろしい仕組みだった。
「ありがとう。有理」
「川田くん。あたしのこと名前で呼ぶ」
「あぁ~。そっか。今までと違った?」
川田は生前、有理のことを名字で呼んでいた。
「名前で呼ばれるのいや?」
俺は有理の目を覗き込んだ。
「ううん。ただ違うから」
「俺のこともル......じゃない、洋平と呼んでほしいな」
あやうく「ルイと呼んで」と言いそうになった。
危なかった。
でも本当はルイと呼んで欲しかった。
「洋平ね。いいよ。
洋平は親に言うんだ。怪我したと」
「具合が悪くなったら有理が来てくれる?」
俺は有理に甘えてみた。
「無理だ。遠い。でも電話して」
「電話か」
ポケットやカバンを探ると洋平のスマホが出てきた。
スマホに電話の機能があることくらい俺も知っていた。
有理が教えてくれて、俺はいつでも有理と会話ができる魔法を手に入れた。
素晴らしすぎる。
最強魔法だ。
「ここが川田洋平の家。魂の塔に似ているかも」
川田洋平の家は、やけに白かった。
その白さが魂の塔を思い出させた。
地獄の門ほどではないが、巨大な門が目のまえに立ちはだかっていた。
考えてみたら、道元の「寺」に寝泊まりするより、はるかに良い。
セルパンにとって寺は苦手な場所のひとつだった。
「有理、またね」
「うん、洋平!楽しかった。明日ね」




