71_召喚
「うわっ!ほんとに現れたな」
俺の目の前には東南アジア系、40代くらいの男が立っていた。
かなり驚いている様子だった。
半信半疑で、召喚してみたのだろう。
まさか本当に魔物が現れるとは思わなかった。
そんなリアクションをされることは、よくあることだ。
素早く周囲を見回し、安全かどうかを判断する。
見回すと場所は室内。
アパートの一室のようだった。
ここは日本ではないのだろう。
男の言葉は英語だった。
「お前は、この魔導書にあるセルパンなんだよな?」
「そうだ」
全くこの男は、最悪のタイミングで呼び出してくれた。
突然、姿を消したので有理は驚いてるだろうな。
有理にどう説明しよう。
早く帰りたい、と思った。
「ヘーイ!本当にそうなのか?個人を表す紋章を見せてくれよ。
この本によると、腕にこの印と同じ入れ墨があるとか」
「見せることは出来ない」
「なぜ?」
「どうしても見せろというのなら、俺は帰る」
「まてよ!」
男は慌てる。
「紋章はどうでもいい。あんたが、あまりにも普通だから、疑っちまった」
男は善良そうだった。
男の足元に書かれた、男自身を保護する魔法円。
それに俺の足元に書かれた、俺を閉じ込めると同時に守ってくれる魔法円。
どちらも完璧に書かれていた。
今のところ、檻に閉じ込められるなどのワナは無さそうだ。
ひと安心する。
「それで、なんでも願いを叶えてくれるっていうのはホントか?」
「なんでもというわけではない。不可能なものは叶えることが出来ない。まずは望みを言ってみろ」
「出ていった女房の気持ちを取り戻したい!」
(あ~~そうきたか。)
と思った。
たまにある願い。
〇〇ちゃんに好かれたいとか。
そういう願いはマジ無理。
セルパンに頼まないで欲しい。
「そういう願いは、叶えることが出来ないヤツだなぁ。俺は帰る」
「待てっ!お前さっきから妙に帰りたがるな!
どうして叶えられないんだよ?理由を言えよ」
「まてよ」
俺は少し考え込む。
そして男に聞いた。
「奥さんに子どもは、いる?」
「いる!メイだ。俺とベスの子どもでまだ3歳だ」
「奥さんはメイを愛してる?」
「もちろんだ」
「それなら、奥さんのメイに対する愛情を奪おう。
メイに対する愛情はなくなるけど、その代わり、あんたのことをメイのように愛するようになる。これなら実現可能だ」
「えっ」
男は目を白黒させている。
「奥さんは、あんたを我が子のように愛するようになる。
だけど、メイのことは愛さなくなる」
「そんなのダメに決まってるじゃないか!」
予想通りの返事が返ってきた。
男は口からツバを飛ばして怒り出した。
「おっと!魔法円からは出ない方がいい。
一歩でも踏み出せば、俺は即、消える」
やつが円から出たら、俺はすぐにでも帰るつもりだった。
人間の肉体だから天界には飛べないけど、元いた場所には戻れそうだった。
男はぎょっとして、踏みとどまる。
「他にもっと、わかりやすい願いはないのか?」
俺は男に尋ねた。
男は考え込んだすえに口を開いた。
「俺は有名なミュージシャンになりたい」
「ふうん。その願い、ある一定の条件をクリアすれば、叶えることができる」
「ほんとうか!」
男の目は輝いた。
「まず、条件を言う。
お前の死後、お前の魂は俺のものとなる」
「えっ?どういうことだ?」
「わかりやすく言うと、お前の魂を俺が食べる。お前には来世がなくなる。
死んだらすべてが無になる。生まれ変わることができなくなる」
「そうなのか」
男はうつむいて黙っていた。
「構わない。今の人生を幸せに生きられれば、俺はそれで良いんだ」
「願いを叶えた後、俺に会った記憶は消える。
手の甲に魂の契約済みのアザができる。それから二度とセルパンを呼び出すことはできなくなる」
「もしなんらかの理由で契約が不成立となっても、お前の記憶は消えるし、セルパンの召喚も二度と出来ない。
願いが成就しようが、不成就に終わろうが、召喚は一生に一度しか出来ないんだ。
ただし契約不成立であれば、魂を取られることは無いので安心しろ」
男はぼんやりとした顔で俺の説明を聞く。
これだけ丁寧に説明するセルパンは俺の他にいないだろう。
みんな適当に契約させて魂をゲットしている。
「どうだ。ここまで、理解できたか?」
「あぁ。大丈夫だ。アザなんかどこに出来たってかまわないし、あんたをまた呼び出そうなんて、思わねえよ」
「最後に、いちばん大事な条件を言う」
「条件が多いんだな」
「これで最後だ。お前を音楽の世界で有名にするためには、誰か他の才能あるものの能力を奪わなければいけない」
「なにっ?どういうことだ」
「さっきの奥さんの愛情をメイから奪おうとしたのと同じ原理だ。
世界は均衡で成り立っている。誰かをその分野で成功させるには、他の誰かの才能を奪わなければいけない」
男は目を見開いて驚いている。
「そんな。神よ」
そう言って、胸の前で十字を切る。
「俺の前で神に祈るなよなぁ」
「誰か適当なヤツの才能を奪うのか?」
「ちがう。具体的な相手のフルネームとともに、お前が頭の中でそいつの顔を思い浮かべる必要がある。有名人やお前の憧れのミュージシャンを思い浮かべれば良いのだから簡単だろう?」
「そんな条件があるなんて」
男は頭を抱え込む。
「お前は成功することができる。だが才能に溢れた活躍するべきだった誰かが、その才能をお前に奪われて、一生、日陰で暮らすことになる」




