70_有理の瞳
「洋平、どうしたの」
有理が不安そうに俺を見た。
「とにかく怖いんだ......情けないけど」
俺は有理の手を引っ張ると自分に引き寄せギュッと抱きしめた。
有理は陽子と付き合っているのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎったけど、もうどうでもいいと思った。
「洋平!」
「ごめん、ほんとに時間がなくて」
嫌がられるかと思ったけど、有理はじっと抱きしめられてくれた。
柔らかくて小さい。
俺の大切なひと。
有理からはコーヒーの良い香りがした。
しばらくして有理は、俺の顔を覗き込むと、
「洋平。なにかが怖い。そうなんだね?」
と言った。
有理のきれいな目で覗き込まれて、自分の魂が浄化されるような気がした。
「そうなんだ」
有理の短い髪を優しくなでた。
そしてまた強く抱きしめて有理に言った。
「ごめん。無理やりこんな風にして。
だけど、こうしてるとすごく安心するし元気が出るんだ」
有理がそっと俺の背中に手を回す。
そして優しく背中をさすってくれた。
「有理。うれしい……」
「いじめられた?あたしが、やっつける。洋平をイジメるのは許さない」
「そうなんだ。いじめられたんだ」
有理は、いつもみたいに嫌がったりしなかった。
彼女は俺が傷ついているのを感じ取りなぐさめてくれていた。
彼女の魂は弱っているものに対して敏感で、優しく手を差し伸べる力がある。
だけどそれは「好き」とか「愛してる」とは違う感情だ。
どちらかというと「哀れみ」に近い。
有理は俺をかわいそうに思って抱きしめてくれているだけだ。
そんなのいやだ。
愛してほしかった。
有理の頬に触れて彼女の目をじっと見つめた。
「有理の気持ちが知りたい。俺のことどう思ってる」
「あたしは......」
有理はハッとしたような顔をして、俺から目をそらした。
まただ。
また目をそらされてしまった。
「有理は優しいから。
俺のこと、気の毒に思って慰めてくれているだけ?
それとも少しは好きでいてくれてるの」
こっちを見てほしくて、かがんで有理の顔を覗き込んだ。
「洋平。えっと。あたしは」
有理はいつもみたいに慌てだした。
有理は自分の気持ちを言葉で表現するのが苦手だ。
彼女の言葉はごくたまに、なめらかなときもあるけど、ほとんどの場合、日常ではたどたどしい。
気持ちを上手く言葉に出来ない。
このことは人間に憑依して、有理と会話するようになって少しづつ気づいたことだった。
有理は足が不自由で肉体的な障がいもある。
だがさらに、言葉が出にくいという精神的な障がいも抱えていた。
彼女を急かしたり、焦らせてはいけない。
ゆっくり待つ必要があった。
「あたしは、えぇと、洋平のこと」
有理が何か言おうとしたときだった。
「あっ.......!」
突然だった。
体が何処かへ引っ張られるような感覚がした。
「まさか......!」
俺が何度も今まで経験してきた、おなじみの感覚だった。
(いま、呼ばれるのか!?)
俺の体は強い力に引っぱられて、この場所から消えようとしていた。
「有理!」
「洋平っ!?」
有理は目を大きく見開いて驚いている。
驚くだろう。
目の前から人間が一人、消えようとしているのだから。
有理の方に手を伸ばす。
彼女も俺の方に手を伸ばしていた。
だが、その手が触れ合うことはなかった。
「有理。すぐに家に帰るんだよ」
俺はそう言うと、有理の前から文字通り姿を消した。
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「それで?ルイは、そのまま姿を消したのね?」
道華は部下の報告を聞いていた。
道華の目の前には、いくつかの写真が並べられていた。
その写真には、洋平と有理が手をつないで歩く写真。
公園で抱き合っている写真などがあった。
「ふうん。高校生らしく彼女がいるようね」
道華は写真を眺めながら、ニヤリと笑った。
それにしても、こんな子が好きなの?
ガリガリに痩せてて、バストもヒップも無いわね。
髪も短くて、まるで少年みたいな子じゃない。
でもルイのこの表情。
安心しきって幸せそうな顔。
あたしといるときは、絶対に見せない表情だわ。
いつも、傷つけているから当たり前だけど......。
ふいに、道華はこの少年のような女の子に激しい嫉妬を感じた。
机に置いてあるペーパーナイフを写真の少女の首に突き立てる。
「ルイは、姿を突然消しました。
どこへ行ったのでしょうか」
部下が、不安そうに言った。
「ルイは召喚されたのよ。
仕事が終われば戻ってくるでしょう。
その召喚が、敵の罠じゃなければいいけどね。
罠にハマってしまったら助け出すのは難しいわ。
ルイが今、世界のどこにいるのかも、あたし達には分からないもの。
セルパンも召喚されるときは、命がけなのよ」
無事にもどってくるといいけど。
ルイのことが心配でたまらない。
道華はそんな自分に違和感を覚えた。
奴隷のことを心配するなんてね。
楽しむだけ楽しんで、飽きたら捨てるのよ。
あの男は人間でさえ無いんだから。
自分にそう言い聞かせた。




