69_せまりくる危機
急ぎ足で有理のカフェに向かった。
もう時刻は19時半をまわっていた。
店に入ってすぐ、レジにいる有理と目があった。
「有理!遅くなっちゃった」
「あっ、洋平!」
有理は目を丸くしている。
来ると思わなかったのだろう。
コーヒーを注文しながら、小声で有理に話す。
「20時に仕事が終わるんだよね。一緒に帰ろう?」
「分かった、いいよ」
有理も小声で答えてくれた。
店のトイレで顔を洗った。
傷口もきれいに洗う。
なんとなく自分が汚い。穢れている気がして自分にイライラする。
俺は店の隅の席に座った。
有理が働いている様子をそこから眺める。
お客に対して笑顔を向ける有理はかわいかった。
さっきまで道華にいたぶられていた。
傷がズキズキと痛む。
ひどい屈辱を感じて気分は最悪だった。
でも有理の笑顔を見ると気持ちが少しずつ癒やされていった。
リザベルにも嫌な思いをさせてしまった。
俺はどこまでリザベルを不幸にしてるんだろう。
リザベルは震えていた。
大丈夫だろうか。
グースがついていてくれているといいけど。
俺はこのとき、ビルから尾行されていたことも、カフェで見張られていることも、気づいていなかった。
後で知ったのだが、道華の手の内のものに俺の行動は見張られていたのだ。
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20時になったので、店の前で有理が出てくるのを待っていた。
「おまたせ!」
有理が店の裏口から出てきた。
「洋平!服に血がついてる」
シャツに少し血が滲んでいた。
「ちょっと擦りむいた」
「有理の家まで送らせて」
「うん。わかった。うちはこっちだよ」
数ヶ月前、有理が暴漢に襲われた公園に通りかかる。
「この公園は、近道なんだ。だけど怖い目にあったから通ってないんだ」
「ルイに助けられたんだよね?」
「......うん」
「俺がいるから、今日は大丈夫。公園を通っていこう?」
有理の手を握った。
有理はちょっとびっくりして俺を見上げた。
手を振り払われるかと思ったが、優しく握り返してくれた。
「ここだよ。ここで、ルイが現れた」
公園の少し広い場所だった。
街灯の明かりが広場を照らしている。
もちろん俺も覚えていた。
「人がいないね。この道は、一人のときは通らないほうがいい」
「うん、分かってる」
「そうだ!俺が毎回、有理を送っても良い」
「そんなの、無理無理!」
有理は首をぶんぶんと激しく横に振った。
「必死に断るよなぁ。そんなに嫌かぁ」
思わず苦笑した。
俺は有理の手を引っ張った。
「有理。俺には時間がない」
「えっ?どういうこと」
煉獄に堕ちれば有理とは会えなくなる。
召喚以外で、地上に降りることが難しくなるのだ。
スコープで覗くことさえ許されない。
有理とはもう二度と、会えなくなると思って間違いない。
煉獄に落ちたら、俺はすぐに灰になるつもりだった。
そうすればリザベルも俺を追って煉獄に堕ちるようなことにもならない。
道華とのことも不安だった。
あいつに身も心も屈服させられて、俺はあの女の支配下にあと一歩で堕ちる。
もしくは有理の魂をめぐってミーネと闘い、滅ぼされる可能性だってある。
自分の周りに迫る壁が、一気に押し寄せてくるのを感じていた。




