68_呪術が効かない
「ルイ。お前を寺の檻に閉じ込めておきたい。
私のペットとしてね」
興奮しているのか、道華の息が荒い。
「カワタホールディングスが本当に邪魔ね」
テーブルの上に押し倒され、道華が俺の上に覆いかぶさる。
「大人しくしていれば、あなたのこと信じてあげる。
敵の拠点だって教えてあげるわよ」
「ほんとに?」
冷や汗吹き出て、吐き気がした。
心臓が激しく波打つ。
「怖い?」
道華は目を覗き込んできた。
「別に。好きにすればいいよ」
道華は俺の表情を見ながら、制服のボタンをゆっくりと外し始めた。
怯えた顔が見たいんだろう。
実際、怯えていた。
「こないだみたいに、シャツのボタンをこわされなくて助かる。
制服を買い直すのは大変なんだ......」
なるべくのんびりした声を出した。
抵抗できないことを知られたくなかった。
だが、声が震えてしまった。
シャツの下に着ていたTシャツをまくりあげられた。
「フフ。こないだの傷だわ」
俺の体を調べると道華は傷を舐めはじめた。
「うっ......んっ」
「体育があったし俺は汗臭いし汚い。もう止めたほうが......あっ!」
道華はせっかく治り始めた傷の上に、指輪のナイフで、また傷をつけ始めた。
「......っ!」
顔を背けて痛みに耐えたが、道華にアゴを捕まれ、正面を向かされる。
キスをされた。
道華は唇や首筋にキスをしながら、俺の体に指輪で傷をつけた。
「ふっ.......あぁっ、はぁ.......うっ!」
痛みと恐怖で呼吸が荒くなる。
「叫びなさい。このフロアはぜんぶウチの寺の所有物。いまは空き室しかないから、どんなに大声を出しても声は誰にも届かない」
カチャ、カチャという音を立てて、道華は俺のベルトを外した。
「あっ......くそっ......やめろ」
「大丈夫よ。下は傷つけないであげるから」
ふいに道華は俺をもてあそぶ手を止めて、表情をじっくり眺めると言った。
「拷問のときよりも、おびえている。
服従の印は不完全なものだけど......もしかして、ある程度の効力があるのね?
ルイ。あなたは死ぬほど、あたしを怖がってる」
道華が興奮した目つきで俺の顔を眺める。
「あなたは、あたしに恐怖で支配されてる!アハハハ最高だわ!」
「すごい楽しそうだな.....っつ!......痛いっ......」
興奮した道華は俺の首筋を強く噛んだ。
自分の手の甲を見て、道華は言った。
「あたしの手の甲の印が濃くなってきてる。
清めの檻の外でも印は強くなるんだわ」
「はぁっ.....あぁっ!......やめろ」
俺は愚かだった。
こんなこと許すべきじゃなかった。
逃げるべきだった。
印の効力が強まってきているのを感じた。
このままでは、完全に支配されてしまう。
そのときだった。
「ルイの上から降りなさい!」
実体化したリザベルだった。
「リザベル......!」
「あら?ルイの天界のお友達かしら」
道華は慌てた様子もなく、俺の上に馬乗りになったままリザベルを見つめた。
「あたしはルイの婚約者よ!
自分の婚約者を傷つけられて黙ってみている訳にはいかない」
リザベルは、小声で唱えると道華に向けて指をさした。
道華の体にするどい棘の茨が巻き付く。
リザベルのもつ呪術だった。
「ルイの婚約者。ふうん。一生懸命なのね?泣かせるわ」
茨に巻き付かれても道華は慌てていなかった。
リザベルがさらに呪文を唱えると、茨は道華を締め上げ、きつく巻き付き始めた。
しかし道華は平然としている。
「いくらやってもムダよ?」
「効かない。どうして」
リザベルは慌てている。
「あたしがセルパンと闘うのが初めてだと思う?
セルパンの攻撃なんて催眠術みたいなもの。
セルパンが使う催眠にかかれば、本当に怪我をするし、死んでしまうこともある。
だけど、セルパンが見せてくる幻影に惑わされなければ、どうってこと無いのよ」
道華は涼しい顔でリザベルに笑いかけた。
「幸い、あなたの呪術は催眠の効果も浅いみたい。
ちょっと訓練した者には効かないわ」
「そんな!」
「ルイと楽しく遊んでいたのに。気分が削がれたわ。
それに私は人に見られながらする趣味はないの」
道華は俺の上から降りた。
ホッとする。
「ルイ。また次にリザベルが邪魔してきたら、今度こそあなたを仲間から外すわ。
これは脅しじゃない。邪魔はするなと、その子によく言い聞かせておきなさい」
道華はそう言うとドアから出ていった。
「リザベル」
俺は机の上から降りた。
「正直、助かった......ありがとう」
リザベルは俺の言うことが聞こえないようだ。
カタカタと震えている。
「そんな......人間に、呪いが効かないなんて」
よほどショックだったのだろう。
「リザベル。大丈夫?」
「あの女、危険だわ」
リザベルが叫ぶ。
「リザベル......」
「ルイが心配で頭がどうにかなりそう。
あなたのことなんか、好きじゃなければいいのに。
嫌いになりたい!それならラクなのに」
リザベルは床に座り込むと、ため息を付いた。
「あと一歩なんだ。あと一歩で、全てが解決すると思う。
あと少しの我慢だ。囚えられた仲間の辛さに比べたら、こんなのどうってこと無い」
しゃがみこんで、リザベルの顔を見た。
「もう俺のことをスコープで覗かなくて良い。
自分でなんとかするから」
リザベルは首を横に振った。
「早く終わってほしい。
すべてが終わって、あなたが帰ってくるのを待ってる」
疲れ切った声だった。
攻撃の呪文を唱えて、疲労を感じているのだろう。
リザベルは姿を消した。




