64_煉獄に行きたくない理由
「エレベーターに乗る前の、俺と道華の会話の内容は聞いた?」
「会話の内容までは、聞こえなかったのよ」
リザベルは、俺のベッドのすみに腰を下ろした。
リザベルに、道華の話を伝える。
道華の仲間のフリをして、セルパンたちが捕らえられている場所をつきとめるつもりだと話した。
「服従の印のこと、リザベルは知ってた?」
「そんな話、聞いたことない。
人間に服従ですって?そんなバカな。
捕まった仲間たちは、今も働かされているというの?」
「そうだ。今この瞬間にも。飢えに苦しみ檻に閉じ込められている」
「なんてことなの。あの道華という邪悪な女。
あの女を呪ってやればいいじゃないの?それか捕まえて拷問するのよ」
リザベルが眉間にシワを寄せて言った。
「リザベルもグースも、そして俺も、人を一方的に痛めつけるなんて出来ないだろう?マーヤのように自白剤でもつくれると良いけど。自白剤は高価だしうまくいくとも限らないし」
「大人しくあの女に従うしか無いのね」
リザベルはため息を付いた。
「なぜあの女に、おびえていたの?」
「あの女に暴力を振るわれた。清めの檻の中で。俺は魂の摂取も足りてない状態だった」
「なんですって?まさか......あなたは、道華に.....」
リザベルが立ち上がる。
「そうだ。道華の左手には俺の印が浮かんでいる。完全ではないんだけど」
「ルイがあの女の言いなりだなんて、そんなの嫌よ!なぜ私に言わなかったの?」
リザベルが俺の髪に触れる。
「いろいろありすぎて。ごめん」
「もう見てらんない。無理だわ。いますぐ天界にもどろう?
あたしと一緒に煉獄で暮せばいい。
あそこはヒドい場所だけど、あたしはルイと一緒なら大丈夫」
リザベルはそういうと俺の手を引っ張った。
「だめだ。仲間たちを助けたいし」
「あなたは、あの女、北条有理から離れたくないだけでしょう!」
リザベルが叫んだ。
「......そうだ。そうなんだ」
静かな声で告げる。
そうだ。
それが一番の理由だった。
「ルイ......」
リザベルは悲しそうな目をした。
「本当に、心の底から、恋に囚われてしまったのね。あなたは、かなりの危険を犯しているのよ?」
リザベルは椅子に座る俺のそばにひざまずいた。
俺の顔を下から覗き込む。
「どうしようもなく好きなんだ」
「それでもあたしはあなたが好きよ。
北条有理が天寿を全うするまで、あたしは耐える」
リザベルはそっと俺の手を握った。
彼女の目には涙が浮かんでいた。
始めてみた彼女の泣き顔だった。
俺は有理が天寿を全うする前に灰になるつもりだ。
そのことは口が裂けても言えない。
俺はリザベルを不幸にしている。
だが他にどうしようもなかった。
「リザベル。泣かないで。
笑顔でいて欲しい。俺が苦しめているみたいじゃないか」
「そうよ。あなたが苦しめているのよ。
あなたが心配でたまらない」
リザベルの涙がポタポタと俺の手の甲に落ちた。
「リザベル......」
リザベルは立ち上がると椅子に座ったままの俺をぎゅっと抱きしめた。
「無理はしないで。お願い」
「分かってる」
「道華のこと、囚われているセルパンのこと。服従の印のこと。
すべてグースにも伝えておく。
そのほうが安心でしょう」
「ありがとう」
リザベルはスッと姿を消した。
実体化を解いたのだろう。
しばらく透明のままで俺を見ていたが、やがてその気配も消えた。




