58_もう少しだけ時間をください
「おはよう」
リザベルとのキスを見られてから、有理は電車の時間を変えて、俺に会わないようにしていた。
しかし最近、また時間を元に戻したようだった。
「洋平、おはよう」
「あれ?陽子は?」
「陽子は今朝、寝坊した」
有理はスマホをふってみせた。
「やった。有理と二人きりだ!陽子は毎朝、寝坊すれば良いと思うんだけど」
「......」
有理は黙り込んで下を向いた。
「有理。どうした?」
俺はわざと明るい声を出して、有理の顔を覗き込んだ。
有理は俺と二人きりになると、いつも元気がなくなる。
「えっと......」
有理は困ったように黙り込んだ。
こないだのゲーム機のなかで、拒絶されたのを思い出した。
有理は俺のこと、嫌いなんじゃないか。
そんな気がした。
いつか好きになってもらいたいけど。
今は、好かれていない。
「有理は、俺と二人きりは嫌だよね。変なこと言ってごめん」
有理から視線を外して、そう言った。
彼女の重荷にはなりたくなかった。
「洋平......」
有理は下を向いていた。
「それよかさ、テスト勉強してる?
俺、数学が一番やばい気がしてきたんだよね~。どこが出んだろ?」
必死で話題を変えた。
「英語とか歴史関係ならならめちゃくちゃ得意なんだけどな。」
「嫌じゃないよ」
小さい声で、有理が言った。
「えっ?」
「嫌じゃないよ」
ちょっと声のトーンがあがった。
「数学が?」
理解できなくて聞き返した。
「数学じゃない」
有理はそういうと、俺の目をじっと見た。
いつもこっちを見てくれないのに。
どうしてだか、そのとき視線をあわせてくれたのだ。
有理と目が合った瞬間、思わず呼吸が止まった。
有理の瞳の奥には、その魂の色がうっすら見えた。
汚れのない白で、底のほうにはシルバーの輝きが視えた。
なんて綺麗なんだ。
有理は天使に近い段階まで来ているのかもしれない。
有理の魂を養分になど俺には到底、出来ない。
元からそんなことするつもりは無かったんだけど、そのときはっきりと意識した。
俺は有理が死を迎える前に、確実に灰にならなければならない。
彼女を守るためにはそうすべきだ。
なんなら今すぐにでも灰になるべきだろう。
だけど有理。
もう少しだけ俺に時間をください。
有理と一緒に生きていたい。
魔物のよこしまな願いだけど。
どうかもう少しだけこのままでいさせてください。
危うく俺はその場にひれ伏し、有理に赦しを乞うところだった。
「洋平?」
有理に呼ばれてハッと我にかえる。
「有理の目があまりにもきれいだから、みとれてた......」
「きれいではないよ」
有理は俺から視線をそらすとため息を付いた。
「あれっ。それで、ごめん。なんの話だったっけ」
「もういい」
有理はすねてしまった。




