36_暗黒世界で
「あら、洋平、いらっしゃ~い」
暗黒世界の店主、広子が俺を見てニッコリする。
「来てやったよ」
「あらっ。お友だち連れてきてくれたのね」
広子は40代の女で、驚くくらいの巨体の持ち主だった。
あまりに体がデカいので、カウンターから出てこれるのだろうかと心配になる。
広子がカウンターから出ているのを俺は見たことがない。
カウンター以外の席に座った客は、自分で食べ物や飲み物を広子のところへ取りに行くのだ。
「こんにちは~」
広子は、有理に手を振る。
「こんにちは」
有理は頭を下げる。
「今日は、ルート来てないの」
俺はスツールに腰を掛けながら広子に聞く。
店内にはシルクハットの男しかいなかった。
「来てないねぇ。あんた、ルートのこと好きね」
「有理、ここのケーキ意外に美味しいって評判なんだよ」
俺は有理にすすめる。
「意外にってどういう意味よ?」
広子が頬をふくらませる。
有理はチョコレートケーキにジュースを頼んだ。
俺はコーヒーだ。
コーヒーにもすっかり慣れてもう、むせたりしない。
「ほんとだ!美味しいよ」
有理はケーキをひとくち食べて俺に笑いかけた。
さっきまで怖がっていたのに、もう笑っている。
モグモグと口を動かす有理は、小動物みたいで可愛い。
俺は頬杖をついてその様子をじっと眺める。
可愛いなぁ。
永遠に見ていられそうだ。
「有理の働いている店ってどんな店?こんな感じ?」
有理のことをもっと知りたかった。
「ふつうだよ。こんなに素敵ではない」
「素敵ですって!ありがとう、嬉しいわぁ」
広子が会話に入ってくる。
有理と二人で話したいのに。
ここに連れてきたのは間違いだったか。
ギギギィイイ
と言う音がして扉が開いた。
「おっ、ルートだ」
ルートはこの店に入り浸りの常連だった。
年齢不詳。
たぶん男だが女に見えるときもある。
「洋平。お前、相変わらず悪魔だな。
人間の皮をかぶった悪魔」
ルートは俺を見ると必ずそう言う。
俺が普通の人間じゃないことをちゃんと感じ取っているのだ。
「隣のお嬢さんは、勇者なのにな。
悪魔と一緒にいるなんて、おかしくないか」
「えっ?あたし、勇者?」
有理が驚いてルートに聞き返す。
「そうだ、勇者だ。いつも悪と戦っている。悪が許せない勇者」
確かに有理は、不正や邪悪なことが許せない勇者だ。
そして俺は悪魔。
こんな組み合わせは良くないのかもしれない。
ルートはいつも真実を見抜く。
悲しい気分になった。
いやいや。
良いんだ。
俺は今を楽しむんだ......。
しばらくするとルートは、ギターを鳴らしながら静かに歌いだした。
広子はルートが歌い出すと、店のBGMを止める。
ルートの歌は、日本語でも英語でもスペイン語でもフランス語でもない。
地球上の言語ではなかった。
ルートは、自分のことを「ルート」だと名乗るが、
その見た目は何人なのか、何歳なのか、分からない。
ただ、人間であることは確かだった。
不思議なメロディにのったその唄は、聴くとみんな黙り込んでしまう。
シルクハットをかぶった中年男も目をつぶってルートの唄を聴いていた。
シルクハットもこの店の常連だが、いつも無口で言葉を発することがなかった。
「不思議な歌だね。聴いたこと無いし」
有理もルートの歌に聴き入っていた。
「有理にこの歌を聴いてほしかったんだ」
ここに集まる人間は、社会のおちこぼれで、頭のネジが外れている。
だが魂がきれいなのだ。
禍々しい歪んだ土地に集まる、きれいな魂の人間たち。
不思議だった。
俺にとって、ここは居心地の良い空間だった。




