30_道元の祖母と姉
意識を取り戻した。
「ここは......」
むせ返るような線香の匂い。
壁や床一面に書かれた念仏の文字。
「気がついたか」
目の前に道元が立っていた。
「道元。こんなことして後悔するぞ」
動こうとしたが、ジャラッと言う音がして、手足が言うことをきかない。
俺は道元の寺で、「清めの檻」に閉じ込められていた。
両手両足を鎖で固定され自由を奪われている。
「お前は自分のことを、セルパンだと明かした」
道元は、俺を指さした。
「寺の息子が悪霊セルパンについて、知らないとでも思ったか!」
道元は拘束されている俺の前を行ったり来たりと歩いた。
「川田。お前は、急に性格もしゃべりかたも、別人のように変わった。
だから俺は、お前がセルパンに憑依されていると考えたんだ」
道元は片手に古い書物を持っていた。
「さて、オヤジにお経でも読み上げてもらおう。この書物には三日三晩、読み続ける必要があるって書いてある。
セルパンは、それで灰になるんだよな?
でもなぁ、それじゃつまらない。お前にはもっと苦しんでもらわないと」
道元はニヤニヤと笑う。
「まず北条にお前の正体を見せよう」
「有理は巻き込むな」
「お前が死んだら、俺が北条の面倒を見てやるからな」
「有理はお前のことを嫌ってるぞ。クサイって」
道元は俺を殴った。
どうやってこの檻から出ようか。
清めの檻の中では、どんな能力も封じられている。
怒りを発してカミナリを落とすことや、カラスとの会話もできない。
最終手段である、肉体を捨てて天界に戻ることも、封じられている。
天界からスコープでのぞいても、清めの檻は視えない。
だから、グースやリザベルの助けも期待できなかった。
「おや。この子がそうなのかい?」
そのとき、俺の閉じ込められている牢に二人の女が入ってきた。
一人は、和服を着た20代後半の女だった。
真っ黒な長い髪を腰まで伸ばし、おしとやかな雰囲気だった。
だが体からは異様な邪気が立ち込めている。
もう一人はやはり和服を着た老婆だった。
こちらは真っ白な髪を腰まで伸ばしている。
70代だろうか。
「ばあちゃんと姉ちゃん」
道元が二人の方を見る。
二人は、道元の祖母と姉なのか。
道元の祖母は、俺の姿をじっくりと眺め回した。
姉の方は鎖に繋がれた俺の腕を調べた。
腕を調べ終えた姉が口を開いた。
「入れ墨がない。自分を示す紋章や、所属の印がないわ。
レザールの一派なのか、セルペリオールに属するものなのかも分からない。
入れ墨がないと本当にセルパンなのかどうか、確証が持てない」
「姉ちゃん!それはこいつが、人間に憑依しているからだよ」
「憑依......ねぇ」
「そうだよ!姉ちゃん。こいつは自分のことをセルパンだと俺に言ったんだよ?」
「そんなの、本当かどうかわからないじゃない」
姉と道元は、言い合いを続けていた。
「それなら、オヤジにお経を読んでもらおうよ。セルパンなら、こいつは灰になって消えるはずだ。憑依がなくなって、もとのオドオドした川田に戻るんじゃないかな?
俺の勘違いで憑依されて無くて、ただの人間なら何も起きない。そうだろ?」
道元は必死に二人を説得している。
モトの川田洋平の魂はこの体に残っていない。
だから、俺が抜ければ死体が残ることになるんだけどな。
そう思ったが、もちろん俺は黙っておいた。
「バカだね。道元。もしセルパンなら灰にするのはダメだよ」
老婆のほうがそんなことを言い出す。
「いま、セルパンがどれだけ高値で売れるか知ってるのかい?
欲望を叶えてくれるんだ。この上ない貴重な道具だよ?
政治家や金持ちが喉から手が出るほど、欲しがっている」
「婆ちゃん、悪魔を道具にするなんて。恐ろしいこと言うね」
道元が、目を丸くしている。
「この子が、本当にセルパンかどうか?調べなくちゃいけない。
もしセルパンなら、肉体を滅ぼしてセルパンの魂を取り出し、売り飛ばす。
モトの川田くんも当然死ぬことになるが仕方あるまいよ」
ババァは、残酷なことを言った。
「そんな」
道元が困ったような顔をする。
「だけどもし、この子がタダの人間なら、なんの利益もない。
我らは、ただの人殺しと成り果てる。
それもまだ若い男の子を意味もなく、無惨に殺したことになってしまうがな。
道華どう思う」
道華と呼ばれた女は、俺の目をじっと見つめた。
「道元の言うことを信じたいところだけど、一定のリスクはあるね」
「間違いないよ!そいつは、雷を落としたし、カラスも操っていた。
だけど、川田まで殺すことになるなんて......
俺は、お経を読み上げて、セルパンを追い出すつもりだったんだけど」




