28_恋だと錯覚する
「ゆかり。お前と洋平はそんな仲だったのか?」
びっくりして聞いた。
「どういうことなんだ?」
「声を落としてよ、恥ずかしいじゃん」
ゆかりはシーッと自分の口に手を当てた。
「私が一方的に好きだっただけ。お兄ちゃんは、アニメのアヤカちゃんに夢中だったから。ホラ。お兄ちゃんの部屋に絵が貼ってあるでしょう?」
「アヤカ~?部屋に貼ってある絵の女か。異様に目と胸がでかい......」
「とにかく、私はお兄ちゃんが好きだった。
だからお兄ちゃんと一緒に死んで、次の人生でやり直したかったの
それに死ねば、お母さんにも会えると思ったし」
「ゆかり。自殺した人間に次はないんだよ」
「そうなんだね。でもそれでも良い。生きるのってすごく辛いから」
カフェを出てゆかりと家まで歩く。
ゆかりは、どうやら兄に恋をしていた。
だがそれは、恋じゃなかったんじゃないかな?
どちらかというと「依存」に近いのではないか。
俺はそう感じていた。
洋平はゆかりに対する小夜子の虐待を止めることはしなかった。
妹は虐待され、自分は甘やかされる。
そのうしろめたさから洋平は、ゆかりに優しくしていた。
それが幼いゆかりには救いだったのだろう。
兄の優しさがゆかりの唯一の救いだった。
兄と話すと癒やされる。
その気持を、ゆかりはやがて恋だと錯覚する。
すべては想像だが。
大きくハズレているとは思えなかった。
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日曜日。
「あぁ~有理に会いたいなぁ。
どうして学校は二日間も休みなんだ?」
リビングのソファに座り、俺はひとりつぶやいた。
ゆかりは自分の部屋で宿題をしていた。
玄関のほうで物音がした。
ガチャガチャ。
鍵を開ける音。
「ただいま~帰ったわよ」
小夜子の声だった。
俺は玄関の方へ向かった。
暴力女だが、一応は、母親だ。
「おかえりなさい。お母さん」
頭を下げる。
「洋ちゃん!嬉しいわ」
小夜子は俺を抱きしめる。
「あらっ、その顔どうしたの」
道元に殴られたアザがまだ残っていた。
「ベッドの角にぶつけたんだよ」
「まあ!ベッド、買い直しましょう」
小夜子はそう言って俺の頬を撫でた。
「お夕飯なんだけど、お寿司でも食べに行かない?」
「いや。俺はダイエット中で」
「えぇ?ダイエット?そういえば、洋ちゃん痩せたわよねぇ」
「とにかく、もう腹はいっぱいなんだよ」
「そうなの~」
そんな話をしているところに、ゆかりが二階から降りてきた。
小夜子をみて、ビクッと肩を震わす。
「小夜子さん、おかえりなさい」
頭を下げる。
「......」
小夜子は何の返事もしない。
「ねえ、お母さん考えたんだけど」
小夜子が不意に言う。
「お母さんは留守がちだし、お父さんは海外でしょ?
あなたたち、血はつながっていないから、一緒の家に二人きりにしておくのはどうかと思うの」
「そんな心配、いらないと思うけど?」
俺は、首を傾げた。
「お母さんは心配なのよ?だからね。ゆかりには、北海道の全寮制の学校に行ってもらおうかと思って」
「えっ」
俺とゆかりは声を揃える。
小夜子はカバンから印刷物を取り出した。
「こういう学校なんだけどね」
「小夜子さん、私いまの学校気に入っていて。友だちもできたし」
「もう申込みも済ませてきたのよ」
「ちょっと待って。ゆかりは北海道に住むということ?」
「そうよ。きれいな寮があるの」
「寮......」
「小夜子さん、お願いです。それは困ります。ここにいたい。
お母さんとの思い出もあるし。
お父さんは?お父さんは、なんて言ってるの?」
ゆかりが、震えている。
「あぁ?高次さんは、あたしに任せるって言ってるわ」
「そんな」
「ゆかりが嫌だと言うんだから、止めるべきだ」
俺は立ち上がった。
「ゆかりと俺がどうにかなるわけない。
俺には好きな人がいるんだ」
小夜子に言う。
小夜子は驚いている。
「ちょっと待って!洋ちゃん、好きな子って誰よ?」
まてよ。
俺はふいに嫌な予感がした。
小夜子は有理に暴力を振るうかもしれない。
小夜子の洋平への異常な執着を俺は感じ取っていた。
この女は洋平に恋人ができるなんてきっと許さないだろう。
有理の名前は伏せたほうが良いな。
「ア、アヤカだよ。アヤカが好きなんだ」
俺はとっさに、部屋にあるポスターの女の名前を言った。
「アヤカって誰?学校の子?」
「違うよ。最近知り合ったんだけどな。目が大きくて胸がでかいんだ」
「まぁ!なんてことを」
小夜子は目をむいて驚いている。
ゆかりは、肩を震わせている。
よく見ると、笑いをこらえているようだった。
「だから、ゆかりみたいな幼い女には興味ないんだ」
俺は小夜子を説得した。
「そうなの?そのアヤカって子。今度うちに連れてきなさい?
そしたら、ゆかりの北海道行きは取りやめにしてあげるわ」
「良いよ。お母さんも気に入ると思うけどな」
俺は適当なことを言いながら、どうしようかと思っていた。




