15_お兄ちゃんを返せ
「あの、さっきは、ありがとう」
母親が大阪へ出発したあと。
平林さんがつくってくれた食事を食べながら、ゆかりが言った。
「ケガはないのか」
「うん。大丈夫。あのさ......」
ゆかりがポツリと言う。
「お兄ちゃんが小夜子さんに、あんなふうに反抗したから。ほんとに驚いた」
俺は黙って、ゆかりの話を聞いた。
「今までのお兄ちゃんじゃないんだなって、なんとなく分かった。小夜子さんに反抗しているお兄ちゃんの目の色とか、体からでる何かが違って見えた」
平林さんは、鍋やフライパンを洗いながら、鼻歌を歌っている。
俺たちの話は聞いていないだろう。
「記憶喪失なの?それとも、もしかして誰かに乗っ取られているの?」
ゆかりは不安そうに俺を見る。
箸を持つ手が震えていた。
ゆかりは超自然的なことを受け入れやすい体質なのかもしれない。
第六感が異常に優れている人間は稀にいる。
彼女は俺の魂が発するオーラの色を読み取った可能性がある。
いままでの兄の「色」と違う。
ゆかりは、本能的にそれを感じ取ったのだろう。
「中身が入れ替わったと言ったら、驚くか」
思い切ってそう言った。
ゆかりは俺の言葉を聞いて目を見張った。
「お、お兄ちゃんは?」
「えっ」
「ほんもののお兄ちゃんはどこへ行っちゃったの?」
ゆかりは大きな目で俺を見つめながら、ポロポロと涙を流し始めた。
「ゆかり......」
「誰だか知らないですけど、お兄ちゃんを返してください」
ゆかりは泣きながら、肩を震わせた。
「もう、返すことはできないんだ」
俺は、ゆかりの目を見つめて言った。
「いやだ!返せ!お兄ちゃんを返せ!」
ゆかりは立ち上がると、俺にコップの水をかけた。
平林さんがぎょっとしてこちらを見ている。
ゆかりはそのまま、二階の自分の部屋へ走っていった。
平林さんが慌ててタオルを持って駆け寄ってくる。
「大丈夫です。ちょっと喧嘩して」
「いつも仲がよろしいのに。珍しいですね」
タオルで顔を拭きながら考える。
ゆかりと洋平は仲が良かったんだ。
「お兄ちゃん、遅いよ。あの話、今日もする予定だよね?」
初めてゆかりと出会った日。
ゆかりはそう言いながら、嬉しそうに俺に駆け寄ってきた。
そんなことをフト思い出す。
俺のせいで洋平は死んだ。
俺が「有理のため」などといいながら、運命の道筋に介入したからだ。
それに、俺のしたことは、けっして有理のためではない。
自分のためだ。
自分が好きな女の苦しむ姿を見たくない。
そんな俺のエゴから、川田洋平は死亡した。
本来なら、道元が死ぬはずの運命を、俺が変えたのだ。




