104_花のような笑顔
「大丈夫?どこか痛いとこない?」
有理を背負って、人通りの多い場所まで走った。
「うん。大丈夫だ。おろして」
有理を背中からおろした。
クスリの効果が切れてきたのか、有理は歩けるようになってきていた。
「怖かった。洋平。すごく」
そう言うと有理は俺に抱きついた。
彼女の頭を撫でながら、俺も放心状態になった。
有理が無事でよかった。
シルクハットには正式な呪文もなにも教わってなかった。
一か八かだった。
もし、うまくいってなかったら。
そう思うと今さら、背筋が寒くなる。
200年生きてきて、今日が一番怖かった。
ウベルリの王に捕らえられて首をはねられそうになったときよりも。
ノワールの崖から落ちて死を予感したときよりも。
怖かった。
「......っ」
思わず涙が出そうになる。
「洋平?洋平、泣いてるの?」
「ううん、違う。ちょっと頭痛がして」
俺が泣いたら、有理は不安に思うだろう。
誤魔化した。
「あたし。やったかな。できてた?」
「完璧だった。有理。ほんとにありがとう」
道華のことを思い浮かべても、なんの恐怖も感じなかった。
いままでの恐怖の感情がウソのようだった。
じっとりと空を覆っていたぶ厚い雲が、一気に消えて晴れわたる。
そんな気分だった。
「有理、俺の靴履いて。大きいだろうけど」
自分の靴を脱いで、ひざまずくと有理に履かせた。
有理の靴は、ホテルに置いてきてしまったのだ。
履かせてみると、俺の靴は有理には大きすぎてブカブカだった。
「はは!やっぱサイズが合わないな。転びやすいだろうから気をつけて」
「洋平が靴なしだ」
「俺はいい」
駅前で有理とタクシーに乗った。
車の中で暴力を思い出したのか、有理は震えはじめた。
「どうしてこうなった。あの人たちは誰だ」
「有理はなにも悪くない。俺のせい。
有理はすごく頑張ったね。ほんとにすごかったよ」
抱き寄せて、また頭を撫でた。
有理は俺によりかかって目を閉じた。
有理をすぐにでも家に返したかった。
でも彼女が「どうしても行きたい」と言うので、花束を拾いに行った。
俺が有理にあげた花束。
道華たちにさらわれたときに、落としてしまったのだ。
「同じ花を買ってあげる。暗黒世界でたまに働いてるんだ。給料ならまだたくさん残ってるんだよ」
有理に送るプレゼントは、小夜子からもらった小遣いじゃなくって自分のお金でしたかった。
「嫌だ!あのお花がいいんだ」
有理は一度言い出したら、聞かなかい性格だ。
俺たちはタクシーに乗って、さらわれた場所に戻ってきた。
「無い......」
有理は地面にしゃがみこんだ。
「あぁ~あ。お花が~」
有理が異様に絶望的な声を出すので、びっくりした。
よほど悲しかったらしい。
「有理!あそこに置いてある!」
俺はふと目に入った植え込みの上に、花束が置かれているのを見つけた。
「ほら。よかったね。誰かが、踏まれないように植え込みの上に置いてくれたんだ」
有理に花束を渡した。
「あぁっ。よかった。よかったよ」
有理は花を抱えて、うれしそうに笑った。
その笑顔はきれいな花みたいだった。
「もう22時過ぎちゃうね。家の人心配してないかな」
「大丈夫だよ。この時間、よくある。バイトのときに」
有理は花の香りを嗅ぎながら言った。
有理の家の前についた。
「洋平、離れるの怖い。また人たち来る?」
有理はふたたび震えながら俺の腕にしがみついた。
「もう来ない。支配は解けたんだ。安心して眠って」
「怖い。でも我慢するよ」
有理はそっと俺の腕から手を離すと、靴を脱いだ。
「洋平の靴だ。洋平。帰る、気をつけて」
そう言うと、何度も振り返りながら家の中へと入っていった。




