表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/43

再会の大地 その7

 翌朝のご飯は、お母さんと早苗さんが史乃おばあちゃんを手伝った。私はというと昨日手伝ったので落選。朝食を食べると、直幸おじいちゃんは畑へと向かい、お父さんにあっきー、もちろん私も帽子を被ってついていった。

 直幸おじいちゃんの畑ではたくさんの野菜が育てられていて、きゅうりにトマト、茄子、大根、キャベツ、白菜、じゃがいも、にんじんなど種類もいろいろ。本格的に農家をやっているわけではないので、畑の面積は他の農家に比べてずっと狭く、一品種あたりの作付け面積もそう広くなく、家庭菜園を本格的に大きくした広さといった印象がある。それもそのはずで、もともとは心と体を癒すのに良いということで始めたことで、最初は本当に小規模な家庭菜園でしかなかったそうだ。

 それが、周りの人たちの協力もあって、畑は年々少しずつ広がり、育てる野菜もちょっとずつだけど増えていたりする。このまま本格的な農家になってもおかしくないように思うのだけど、直幸おじいちゃんにはその気はないらしい。あくまでも、無理をしない範囲でやりたいということで。

 当初お父さんは、直幸おじいちゃんが家庭菜園をすることに賛成してはいたけど、すごく心配していた。長い年月、ずっと心身共に消耗しきっていただけに、家庭菜園とはいえ体力的にも無理があるんじゃないかと。実際のところ、やり始めた当初は毎日のように体中が痛み、全身湿布まみれだったそうだ。でもその痛みは、直幸おじいちゃんにとってとても心地の良いもので、今自分が生きているという実感を十数年ぶりに感じることが出来たと、とても嬉しそうに笑っていた。

 そんな、どこか得意げに笑いながら苦労話をする直幸おじいちゃんの、いくつものマメを潰して出来たごつごつの手のひらや、真っ黒に日焼けした肌、それと、長い間見ることのなかったとても充足した笑顔に、お父さんはちょっと涙を浮かべていた、とお母さんが教えてくれた。

 以来直幸おじいちゃんは、こうして畑を耕し、野菜を植え、育て、収穫し、その野菜の一部を我が家に送ってくれていた。そして私たちは毎年ここに来てはお手伝いをしている。例えば雑草取りとか、十分熟したお野菜の収穫とか。何度か畑を耕してみたりとか、種蒔きをさせてもらったこともあったけど、私もお父さんも思うようにいかなかった。そんな私たちに、私も最初は全然できなくてとても苦労したよと直幸おじいちゃんは笑っていた。

 そして今年はあっきーが初挑戦。と言いたいところだったけど、残念ながら今年は種蒔きなどの大活躍の場面は用意されていなかった。

 作業を始めて二時間ほどした頃、お母さんと早苗さんが日傘を差し、もう一方の手に魔法瓶を持ち、畑へとやって来た。早苗さんは「ここ、全部直幸さんの畑なんですか? すごいですね」と感心するように声を弾ませた。そしてお父さんは直幸おじいちゃんに「父さん、早苗さんを案内してあげてくれないか? こっちは俺たちでやってるから」と提案。

 早苗さんは、邪魔しては悪いからお母さんと二人で適当に見て回ると言ったけど、直幸おじいちゃんは「頼んでいいかい?」と聞き、私もあっきーも頷くと、二人を連れて案内を始めた。直幸おじいちゃんの説明する声や、早苗さんの質問の声、そしてときおり収穫しては早苗さんの喜ぶ声もあり、それらを聞きながら私たちは作業を進めた。

 そうして三十分ほど経っただろうか、早苗さんたちは一回りし終えて戻ってきた。

「どうでした?」と、やや興奮気味な早苗さんにお父さんが尋ねると、嬉しそうに「はい。とても楽しかったです」と答え、こういった経験は生まれて初めてだったからと色々話し、そしてお母さんと一緒に帰って行った。

 こうして午前中を畑で過ごし、立派に育った野菜を手に汗を拭き拭き家に戻ると、お父さんたちは上半身裸になり、背中を丸めて外の水道で頭から首にかけてじゃぶじゃぶと水を被り、上半身も濡らした。年齢で見れば、お父さんが一番体格が良くて、次いであっきー、そして直幸おじいちゃんという順番と考えるのが普通だろう。けれど、実際は直幸おじいちゃんが一番体格が良い。ムキムキというわけじゃないけど、すらっとした体躯に筋肉がほどよく主張していて、正直かっこいいと思う。まあ、お父さんもあっきーも十分かっこいいけど。

 そして私も、Tシャツを脱いで背中を丸め、頭から首にかけて水を被り、やっぱり上半身も濡らした。もちろん、着けるものはちゃんと着けて。ちなみにそれは下着のブラじゃなくて水着のブラ。このために仕込んでおいたものだ。

 子供の頃は私も一緒に上半身素っ裸になって、結局全身水浸しにしていた。けれど、それまで平気だったことが出来なくなった年、私はTシャツの下にタオルを入れて、どうにか拭ける範囲だけ汗を拭いた。それがとても面倒だったということもあったけど、何より、気持ち良さそうに水を浴びているお父さんと直幸おじいちゃんが羨ましくてたまらなく、でもやっぱり妙に恥ずかしくて脱げず、なんだか悔しかったり寂しかったりで、なんとも釈然としない気持ちでいっぱいになった。

 そこで私は考え、対策を講じた。それがこれ。水着を仕込んでおくという戦法。なら素直にお風呂で水を浴びればいいじゃないと言われるだろうけど、お日様の下、この場所でなければ意味はないのだ。

 ということですっきり水を浴び、膝下丈のズボンに水着のブラという格好のままお昼ご飯を食べた。そしてその食事の時に、午前中にやっぱりご近所さんが入れ替わり立ち替わりやってきては、話に聞いた以上だとみんな驚いていたと聞かされた。そしてそんな状況に、史乃おばあちゃんが気を利かせて畑にこれを届けてと早苗さんとお母さんに魔法瓶を持たせたということだった。

 食後は風鈴の音色に耳を傾けながら一時間ちょっとお昼寝。目を覚ますとお父さんと直幸おじいちゃんの姿がなく、二人は直幸おじいちゃんの師匠のところへ行っているとのこと。そしてお母さんにあっきー、早苗さんもまた姿がなく、散歩に出ていた。

 つまり家には私と史乃おばあちゃんだけ。私はみんなが戻ってくるまで史乃おばあちゃんを独り占めできると喜び勇み、ここぞとばかりに話したかったことを色々と喋った。いつもは私が喋ってみんなが聞くというパターンが多いのだけど、今年は事情が違う。たまにあっきーがボケて、お父さんが突っ込むというパターンを交えつつ、話し上手な早苗さんがうまく会話を進行し、私はどちらかというと聞き役に回っていた。そういうこともあって、私自身話し足りなく思っていたようだ。

 とこのように言うと、いかにも私がお喋り好きな女の子のようだけど、友達といるときでも、どちらかというと聞き手に回ることが多い。これは両親から引き継いだ私の性格もあるのだろうけど、たぶん、生まれたときからお父さんたちの生コントを見てきた影響で、すっかり観客というポジションに収まっていたせいもあると思う。

 ただしここでは例年コントは発生せず、結果、客席から下りたりステージに上がったりしているうちに、私が喋ることが多くなっていた。

 それはともかく、私はおおきぱんのことや、雨の中を平然と歩いていた犬のナオジくん(仮)のことなど、基本、みんなには話済みだけど、現場の記憶をお母さんたちとあまり共有していない話題を話した。現場の記憶を共有している話題なら、みんないるときに話した方がより楽しく盛り上がるので、それは夜に取っておく。

 やがてお母さんたちが散歩から帰ってきて、それから間もなくお父さんたちが帰ってくると、知り合いのおじさんの運転で、みんな総出でブドウ狩りに出発。そこでブドウを狩り、その場で食べて、ワインを飲んだ。とそれだけなら良かったのだけど、例年よりもワインを飲み過ぎたようで、気が付くとお母さんが顔を真っ赤にして、とろんとした目でお父さんのことを「朋也くん」と呼びだした。

 その声と顔で危険に気付いたお父さんだったけど、もう遅い。他のお客さんもいる中、お母さんは上機嫌で「また一緒にお風呂入りましょうね~」と昨日の朝の混浴をちょっと甘えるような口調で自らばらし、お父さんは口に含んでいたワインを思いっ切りあっきーに吹きかけてから、顔を赤らめて「なに言い出すんだ!」と暴走しだしたお母さんを止めようとした。けれど、早苗さんに「恥ずかしがることないのに」と笑顔で言われ、近くにあった台布巾で顔を拭いたあっきーが、「渚と汐と三人で入りたいって言ってたのはてめえだろうがっ」と追い討ちをかけ、あろうことかお母さんが「そうだ!」と急に眉をつり上げると、「朋也くん、お母さんとも入りたいって言ってましたっ!」と声を荒げ、「言ってないだろ!」と反論するも、史乃おばあちゃんに「まあ、そうなの?」と真顔で問い質されたり、「朋也、それはいかんだろう」と真剣に言う直幸おじいちゃんに「せめて父親だけは息子を信じろよ」とお父さんが肩を落としたり。

 この状況にお父さんは私に救いを求め、「汐からも何か言ってくれ!」と言ってきたので、私はこう答えた。

「お父さん、胸の大きい人好きだもんね」

「お前もかよっ!」

 なんとなく、乗っかった方が良いかな、と。

 こうして、いつもの光景がここでも展開されることとなった。

 不幸中の幸いというか、それからお母さんが意識を保っていた時間はそう長くはなく、自分自身がぐらんぐらんと揺れていることに気付くことなく、お父さんに「どうして朋也くんは、そうやってふらふら動いて、私の話を真面目に聞こうとしないんですかっ!」と回りきっていない呂律で文句を言って間もなく、電池が切れたようにぱたしとテーブルに突っ伏した。

 事態の収拾に多大な時間が費やされることはなく、周囲から怒られることなく済んだので良かったは良かったけど、まあ、迷惑に思われたことは間違いないでしょう。そしてお父さんも、疲れ切ったようにテーブルにぱたしと伏した。

 といった風景を日常のものとしていない直幸おじいちゃんと史乃おばあちゃんは、最初はこのハイテンションなテンポに圧倒された感があった。けど、途中から雰囲気をつかんだようで、それからはずっと笑っていた。史乃おばあちゃんが「頬が痛い」と笑いながら頬を押さえるぐらいに。

 そうしてブドウ狩りが終了し、岡崎家と古河家で白ワインと赤ワインを二本ずつ、計四本買い、ここから直接家まで配送してもらうべく伝票に送り先等を書き、再び知り合いの車に乗せてもらって帰還。その間中お母さんはすうすうと気持ちよさそうな寝息を立て続け、帰還後も眠ったまま。目を覚ましたのは、晩ご飯が出来上がる少し前だった。

 ちなみに、今晩の料理はお母さんと早苗さんで作る予定だった。今朝、早苗さんが申し出て、史乃おばあちゃんはお客様に全部作ってもらうわけにはと遠慮したけど、「せめてものお礼に、是非、お作りしたいんです」と、破壊力抜群な早苗さんの、優しくにこやかにお願いをするその表情とオーラに、数度のお願いの末についに陥落。そうして二人で作ることになっていたのだけど、お母さんが酔いつぶれて完全戦力外となったため、急遽私がピンチヒッターに起用されていた。

 目を覚ましたお母さんは、心底申し訳なさそうに何度も頭を下げ、明日の朝食をお母さんが作ることで解決となった。もちろん、私も早苗さんも手伝って。

 その後はわいわいと賑やかに過ごし、一日が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ