恩師の長くて短い一日 その2
おトイレから戻ってきた陽平おじちゃんは、自分が座っていた場所にどっかと腰を落として、飲みかけのビールをグッと飲み干して、「くーっ! 一仕事した後のビールはまた格別だねえ!」と爽快な表情で言い放ち、それからようやくと気付いた。
この居間には、私にお母さん、お父さん、陽平おじちゃん、幸村先生、そしてもう一人、とっても体格が良くて、強面といった感じで、白髪を短く刈り込んだ五〇歳くらいのおじさんがいた。そのおじさんが実は六四歳だということを知ったのはしばらく後。それはもうびっくりだったよ。
さて、話を戻すとそれは五分ほど前のこと。
幸村先生が話し始めようとしたところで、ドアホンの呼び鈴が鳴った。幸村先生はドアホン用の受話器を取り、「どちら様で?」と尋ね、返ってきた名前に、少し驚きながらも嬉しそうに声を弾ませて「本当に久しぶりじゃのお」と返した。そして「ちょっとすまんが、しばし席を外させてもってもよいかな?」と私たちに聞いたので、お母さんが「はい。私たちのことは気にしないでください」と答えた。
幸村先生が居間から出ていくと、私はさっそくお母さんに言った。
「きっと、幸村先生の教え子だった人だよ」
そして、携帯電話でお話しているお父さんの声と混ざって聞こえてくる玄関での会話から、お客様が私の予想通りだったことが早々に分かった。他にも、近くに用事があって、せっかくだからと立ち寄ったというのも聞こえたけど、大半は聞き取ることが出来ない。意識を集中して聞き耳を立てればずいぶん違ってくるのだろうけど、それじゃ盗み聞きになってしまうし、そんなことすべきじゃないことも承知している。
なので、半分冗談で「もしかしたら今来てる人、知ってる人かも」と言いながら、意識を玄関から切り離した。半分冗談、ということはつまり半分本気という意味。なにせ、幸村先生の元教え子という知り合いは少なくなかったりするから。
すると、幸村先生が居間に戻ってきた。お客様が帰った気配はなかったから、何か取りに来たのだろうかと思ったけど、そうではなかった。
「いやあ、実はのお。今そこにおる客が、是非とも会いたいと言っておるのだが。構わんかな?」
「あの、私としおちゃんは構わないんですけど……」
たぶんお父さんも同じだと思うよ。陽平おじちゃんは微妙なところだけど、きっと、お父さんの意見で陽平おじちゃんの意志は関係なくなるでしょう。というかそんな光景しか思い浮かべることが出来ません。
そしたら、電話しながらこの会話をしっかり聞いていたお父さんが、電話相手に「ちょっと悪い」と携帯から顔を離し、自分も構わないし、せっかくだから上がってもらおうと言ってくれた。案の定、そこに陽平おじちゃんの意見が入る余地など残さずに。まさか、おトイレ中の陽平おじちゃんに確認を取りに行くのもなんだし、これで全員承諾ということになり、お父さんは「すまん。で、それが済んだら次はだな――」と電話に戻った。
幸村先生も報告のため玄関へと踵を返した。
内心、どんな人だろうとちょっとどきどきしながら待つと、すぐにお客様を連れて戻ってきた。その人は、現役のプロレスラーかと思ってしまいそうな体格と顔立ちをしていた。
「どうもすみません、無理にお願いしてしまって。私、剛田龍三といいます」
「岡崎渚です。はじめまして」
「岡崎汐です」私は、立ち上がって挨拶をするお母さんに倣って立ち上がり、お辞儀をした。そして、顔を上げると剛田さんの顔にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見て取れた。経験上、何を不思議に思っているのかなんてすぐに察しがつく。
「確か、娘さんは一人と聞いていたが……」
お母さんもこういった展開には慣れているので、笑顔で「はい、この子が娘です。私は岡崎の妻です」と答えた。
「妻……? な、なんと……」
なんか色々と考えたりするところがあるようで、剛田さんの口の中で言葉が転がる。でも、幸村先生に促されて腰を下ろしたときには、一通りの言葉を転がし終えたみたいで、「いやあ、話には聞いてましたが、奥さんがこんなに美人で若々しいお方だとは。お嬢さんもとても可愛らしくて、旦那さんが羨ましい限りですなあ」と笑っていた。
それから間もなく、電話を終えたお父さんが戻ってくると、お互いに挨拶して、「すみませんな。是非とも会ってみたかったもんで」と剛田さんが言った。
実はお父さんとお母さん、幸村先生の元教え子の中ではわりと有名人だったりする。もちろん、陽平おじちゃんも。
そのことを知ったのは、もう何年も前に、幸村先生の――、『古希』って言ったかな? とにかくお祝いをしたときのこと。市民会館の広い会場を使って、幸村先生を慕う元教え子の人たちがたくさん集まっての盛大なお祝いに、私たちも参加したのだけど、その際、お父さんと陽平おじちゃんがしきりに「君が岡崎くんか」「君が春原くんか」と声を掛けられ、幸村先生にとっての最後の問題児として、そして最後の“息子”として知れ渡っていると聞かされた。お母さんも「あなたのことは先生から伺ってます」と声を掛けられていて、娘として誇らしくて嬉しかったことを、今でも覚えている。
ちなみに、椋ちゃんとことみちゃんはお仕事の都合でそのお祝いに出席できず、とても残念がっていた。
で、そんな私たちがいま幸村先生のお家にお邪魔していることを玄関先で知った剛田さんが、是非とも会いたいと願い出て、私たちがそれを快く受け、挨拶が終わったところで陽平おじちゃんがおトイレから戻ってきて、剛田さんに気付いて驚いた、というのが今の状況。
というか、おトイレにいても一連のやり取りは聞こえると思うんだけどなあ。
とにもかくにも、ワンテンポ、いやスリーテンポぐらい遅れて剛田さんの存在に気付いた陽平おじちゃんは、半笑いの引きつった顔で、お父さんに「……岡崎、俺さ、なんか見たこともない人の姿が見えるんだけどさ、気のせい、だよね?」と、やや声を震わせて言った。どうやら陽平おじちゃんは、とんでもない勘違いをしている模様。
でもそれより問題なのは……。
まさかとは思うけど、ここでお父さんの悪戯心が起き上がる、なんてことはないよね? と少々心配になった私だったけど、お母さんもそれを心配したみたいで、お父さんが陽平おじちゃんに何か言おうとしたところで、「気のせいじゃないですよ、春原さん」と割って入った。
そして私の耳には、お父さんの「ちっ」という舌打ちがしっかりと届いていた。やっぱり余計なこと言うつもりだったんだ。
「幸村先生のお知り合いの方で、剛田さんです」
「へ? 知り合い? じゃ、じゃあ、幽霊とか自縛霊とか生き霊とかじゃないの? な、なあんだ、焦って損し――、っていつの間に!」
「春原さんがおトイレに行ってた間にです」
「え!? マジ?」
「はい。マジです」
とここで、剛田さんが豪快な笑い声を上げた。そりゃそうだよね。
ひとしきり笑うと、「あ、いや、これは失礼」と目尻に笑い涙を残して謝り、「剛田です。私も君たちと同じく、幸村先生に色々と教えてもらった一人です。どうぞよろしく。しかし噂通りの男だね。君は」と続けた。どんな噂なのかは、実際に耳にしたことも多々あるから考えるまでもない。
その後、剛田さんを交えてのお喋りが始まった。最初は、剛田さんのリクエストでお父さんと陽平おじちゃんの高校時代のエピソードがいくつか披露されたのだけど、その最後に剛田さんはこう言った。
「君たちのときは先生もすっかり穏和な人になってたみたいだけど、昔は無茶苦茶熱血教師だったんだぞ? そりゃもう、腕っ節に自信のある問題児と真っ向からやりあうぐらいに」
これは、お父さんと陽平おじちゃんの幸村先生に対する失礼な言い方からのこの発言でしょう。
正直なところ、私の中の幸村先生は、とても穏やかで優しくて、喧嘩とか暴力とかには無縁の人というイメージが強い。それはお母さんやお父さんたちもそう。けど、五〇歳あたりを越える元教え子の人たちの話では、それはそれはおっかない先生だったそうで、先生と殴り合いをした人も少なくなかったりする。
なので、その事実を知ったときの陽平おじちゃんは、かなり引きつっていた。ただし、喧嘩が強かったのはずっと前とあって、すぐにいつもの失礼な物言いに戻っていたけど。
お父さんと陽平おじちゃんの話が終わると、次は剛田さんのエピソードが披露されることになった。
「恥ずかしい話、ガキの頃から両親の仲が異常に悪くてね。しかも、二人とも俺に八つ当たりしてくるしで、だもんだから小学生の頃からけっこう荒れてたんだ。中学時代なんか、毎日のようにマッポの世話になってたよ」
「マッポ?」と、つい口に出して聞いてしまった。
「お巡りさんのことだよ」
「あ、ごめんなさい。お話の邪魔しちゃって」
「気にしなさんな。そんで、そうなれば当然、つるんでた仲間以外は俺に喧嘩を売るか、俺を避けるかしかなくなって、それがまた余計にイラついてね。そんな感じで高校に入って、やっぱり毎日毎日喧嘩して。先生とも何度も殴り合いの喧嘩をしたよ。
そんなある日だった。でかい喧嘩をしてたらマッポが来て、ドジこいて捕まってしまって。マッポは俺を引き取らせに親を呼んだんだけど、そんなヤツ知らないって拒否られて、困ったマッポが代わりに先生を呼んだんだけど、そうしたら先生、来るなりこれから家庭訪問するぞってすごい剣幕で言い出してね。
こっちは冗談じゃないって抵抗したけど、先生の迫力に押し負けて。その腹いせに、親の前で暴れ回ってやれって思いながら、ボコボコの顔で先生と家に帰ったんだけど。いやあ、まさか俺の代わりに先生が暴れるとは、あのときは夢にも思わなかったよ」
つまり剛田さんのご両親とやり合ったっていうことだろう。生徒さんの親と大喧嘩したという話はいくつも聞いているし、乱闘騒ぎになったことも一度や二度じゃないと聞いてるから、驚きはしない。
「てっきり、親の前で俺を怒鳴りつけるのかと思ったら、俺の前で親を怒鳴りつけ始めて。あんたらには自分の子供を幸せにする権利はあるが、不幸にする権利はない! なんて言いながら。他にも色々言って、そうしたら父親が、他人のお前にそんなこと言われる筋合いはないってすぐに激怒して、そこで取っ組み合い殴り合いの大乱闘さ。で、先生と親父だけならまだしも、間に入った俺まで警察に連れてかれて。
あのときのマッポたちの呆れた顔は、なかなか傑作だったなあ」
「お前さんは笑えても、ワシは警察の人にこってり絞られて、とても笑えるものではなかったぞい? あなたはそれでも教師ですかと」
「やあ、迷惑かけました」
「まったくじゃ。でもまあ、あれからお前さんもあまり喧嘩しなくなったから、甲斐はあったけどの」
「ということは、ご両親は分かってくれたんですか?」とお父さん。
「そういうことなんだろうな。そのあとすぐ、親がすっぱり離婚してくれて、八つ当たりされることもなくなったからね。離婚したあとのお袋は、そりゃもう別人みたいにがらっと変わったよ。明るくなったし、よく笑うようになったし。
親父もさっさと別の女作ってよろしくやって、俺はすぐには変われなくて、しばらく先生に迷惑かけ続けたけど、最後は万事解決さ」
両親が離婚して万事解決、というのには素直に喜べないけど、色んな人がいて、色んなケースがあって、色んな解決方法があって、その中に私には納得できないものもたくさんあることを、幸村先生の教え子だった人の話を色々と聞いているからこそ理解はしている。
そして、こういうお話を聞くたびに必ず思う。私がどれだけ恵まれた環境の中にいるのかを。




