表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/43

ステージは燃えているか その3

 入り口の向こうに見えるお祭りの風景に、美佐枝さんは「四度目ともなると、さすがに見慣れてくるもんだねえ」と、どこか感慨深げに漏らした。私たちの頭上には今、『光坂納涼祭』と大きく書かれた看板が掲げられている。

 夏祭りの会場がこの広い自然公園に移ったのが四年前。そしてこの自然公園ができたのがその前の年。場所が変われば風景も変わり、出し物も変わる、というか規模が大きくなったぶん露店の数と種類が増え、それまでなかったイベントも加えられた。

 その最たるものが、自然公園の中にある多目的広場に特設されたステージでのイベント。八歳ぐらいまでの子供とその親を対象とした第一部と、中高生以上を対象にした第二部に別れていて、それぞれ二時間ずつ行われる。子供部門と一般部門と言った方が分かりやすいかな。

 ちなみにこの時間だと、第二部の準備をしているところ。

 この変わりように、最初は戸惑う人が多かったらしい。私も昔の風景と比べたりしていた。そして結果は上々の評判だった。評判が良ければ評判を呼び、町の外の人も呼ぶ。お祭りに来る人の数は年々増えているそうだ。昔の方が、と明け透けに文句を言ったり辛辣に批判する人も中にはいるけど、それは仕方のないこと。変化を受け入れられない人が存在するのは自然なことだから。

「さて、美佐枝さんはこれからどうします?」

 丸めたパンフレットでぽんぽんと自分の肩を叩くお父さんが、美佐枝さんに尋ねた。

「とりあえずこの子と、あいつらの陣中見舞い。正直、あんま行きたくないんだけどね」

 美佐枝さんはちょっと嬉しそうにそう言いながら、私の腕の中の猫さんを抱き上げる。猫さんの温もりが途端に消えて、ちょっとだけ寂しい気持ちになってしまった。

「ありがとね、汐ちゃん」

「いいえ」

 名残惜しさから、美佐枝さんの腕の中に居場所を移した猫さんの頭をそっと撫でる。猫さんはそれに答えるように目を細めて喉を鳴らした。

「あなたたちは?」

「俺たちも、ことみたちの所に」

 私たちは、意地でも足止めしてやると言わんばかりにずらりと立ち並んでいる露店の間を通り、特設ステージの裏手にあるプレハブの控え室へと向かった。これでもかと鼻をくすぐるいい匂いを振り切っては、間髪入れず別の匂いが私を捕らえようとする。気を緩めればふらりと吸い込まれてしまいそうなこの誘惑。

 まあ、一つぐらい買っても誰も何も言わないのだろうけど、一つでも買ったら、その瞬間わたしの中のブレーキがぼきりと折れて、二つめ三つめと暴走してしまいそうな予感がしていたので、ぐっと堪える。

 言っておくけど、私、食いしん坊ってわけじゃないから。これはお祭りの魔力のせいだからね。

 そんな激しい攻防をくぐり抜け、どうにか特設ステージのある広場に辿り着いた。周囲をぐるりと背の高い木々に囲まれた広場に、たくさんのパイプ椅子が整然と並べられていて、それだけでもなかなかに壮観なのだけど、その向こうにでんと構えるステージが、さらに壮観なものにしている。電飾や照明、左右に積み重ねられた大きなスピーカーなど、お祭りのイベントとしてではなく、メジャーなアーティストのミニライブイベントを今ここでやっても遜色ない、と言ったらさすがに言い過ぎだけど、とにかく、一田舎町のイベント会場で終わらせてしまうのはもったいないと思ってしまうほど。

 第二部開始まで一時間近くあるということで空席の目出つ観客席の脇を、二度ほど知り合いにつかまりつつとおり抜け、司会者っぽい人とスタッフ数人が最終の打ち合わせをしているステージ脇をとおり、その裏手へとやってきた私たちは、二棟あるうちの片方、『出場者控え』と紙が貼られているプレハブへと向かう。と、入り口の前に立っていたスタッフの人が、こちらを見るなり「美佐枝さん!」と顔を綻ばせた。

 その人は、三年前まで光坂高校男子寮寮生だったそうで、美佐枝さんも懐かしそうに「武原じゃないの」と喜んでいた。

 そんな二人は早々に昔話に花を咲かせ始め、私たちは武原さんの了承を得て、二人と猫さんを残し控え室に入った。殺風景な部屋にはたくさんの人がいて、私と同じ中学生から、それよりもずっと大人の人までが、パイプ椅子に腰掛けてお喋りをしていたり、最後の練習をしていたり、全身白タイツを着た男の子の集団が、「いいか、俺たちには女神がついてる、だから絶対成功する!」と自分たちを鼓舞していたりしている。しかしながら、ことみちゃんたちの姿はこの中にはなく、更衣室として使われている二階に、私とお母さんで上がった。

 残念ながら女子更衣室にも姿はなく、仕方ないのでプレハブの外に出る。

「あら、随分と早かったわね」と、入り口で談笑中の美佐枝さん。

「ここにはいらっしゃらなかったので」

 最後にプレハブから出てきたお母さんがそう答えると、美佐枝さんの談笑相手の武原さんが、どなかたお探しですかと尋ねてきた。

「ことみ・ラインバックさんと、仁科りえさんを」

「ああ、でしたら隣のプレハブにいらっしゃると思いますけど」

 そう言われて隣のプレハブを見る。入り口には『事務局』と張り紙されていて、周囲ではスタッフの腕章をつけた人たちが忙しげに自分たちの仕事をしている。ということは、ことみちゃんたちは今あそこで打ち合わせでもしているのかな?

 武原さんは、案内しますよと言って、私たちを連れて隣のプレハブに向かい、美佐枝さんは控え室の中に入っていった。その際、背中越しにこんな声が聞こえてきた。

「皆の者! 女神様のご降臨じゃあ!」

「うおおおっ!」

「こんな場所でなに恥ずかしいこと言ってんのよアンタらはーっ!」

 そっか。あの白タイツの人たちが。

 思わず、クスリと苦笑してしまった。

 事務局のプレハブに入ると、外ほどの慌ただしさはなく、ちょっと意外だった。けどそれ以上に意外だったのが、奥のソファーにスーツ姿の智ぴょんが座っていたことだった。そしてその智ぴょんも、私たちの登場にちょっと驚いていた。ただし、ここに来た目的はすぐに理解していた。

「こんにちはです。智代さん」

「こんにちは、智ちゃん」

「こんにちは」

「智代、お前もスタッフだったのか?」

「いいや。陣中見舞いみたいなものだ」

 そういえば、スタッフの中に、智ぴょんが生徒会長やっているときに生徒会役員をやってた人が何人かいるって言ってたっけ。

「で、岡崎たちもだろ? ことみさんたちなら二階の一番奥の部屋にいる。いつもみたいに馬鹿騒ぎして、他の人たちに迷惑かけるなよ」

「んなことするわけないだろ」

「どうだか」

「大丈夫だよ智ちゃん。恥ずかしい真似しないって、私と約束したから」

「ほう。なら、いくら岡崎でも自重しないわけにはいかないな」

「ずいぶんと引っ掛かる言い方だな」

「なんだ。もっとストレートに言って欲しいのか?」

「いや、遠慮しておく」

 武原さんとはそこで別れ、私たちは二階に上がった。智ぴょんの言ったとおり一番奥の部屋の薄いドアをノックする。「はい」と返事が返ってきて、ドアがかちゃりと開いた。

「あ、岡崎さん」

「よお。また会ったな」

「そうですね」

 杉坂さんがクスリと笑いながら答えた。また会ったも何も、数時間前まで我が家にいたでしょ。

「さ、どうぞ」と、今回出演者としてではなく、マネージャーとして参加している杉坂さんに招き入れられると、ことみちゃんが「みんな、来てくれて嬉しいの」と笑顔を咲かせ、仁科さんも「先ほどはどうも」と笑顔で迎えてくれた。そして、同じく数時間前まで我が家でキーボードで演奏していた叶さんも。

 実はこの日、我が家でちょっとした演奏会があった。間近で聞かせてもらった私も友達も、それはもう感動ものだった。

 何故そういうことになったかを順に説明すると、出来たらイベントに参加したいということみちゃんの希望を叶えるべく、智ぴょんは運営委員の人に相談。小さい子供相手の第一部にはさすがに出る幕はなく、第二部のパフォーマンス大会にと。しかし、参加申込の締め切りはとうに過ぎ、しかも予選会も終わっていて、断念せざるを得なくなった。お父さんは、こういう時こその国家権力だろと冗談を言っていたけど、智ぴょんがそんなことするはずもない。

 そこに、まさに救世主が現れた。

 たまたまこの話を耳にした仁科さんが、もし良かったら、スペシャルゲストとして一緒に演奏しませんかと言ってくれたのだ。さすがに最初から最後までというのは無理だけど、一曲ぐらいなら問題ないと。

 仁科さんが出るのは、一般参加のパフォーマンス大会の後のヴァイオリンとピアノによる生演奏会。しかも運営委員に依頼されての参加。これがパフォーマンス大会だったら、予選会で落選したけっこうな数の人たちのことを考えれば、やっぱり参加することは出来なかっただろう。

 運営委員としては、最初は難しい顔をしていたらしいけど、仁科さんの強い要望に、当初の予定時間内に終わるのならとOKしてくれた。

 こうしてことみちゃんの参加が決まり、光坂高校の音楽室を借りて二度ほど練習。そして今日、最後のチェックをする場所として適しているという理由で我が家が集合場所に指定されて、叶さんがピアノの代わりにキーボードを持ってきて、気が付けば本番関係なしの演奏会に。

 我が家のどこが適していたかというと、まず一軒家であるということ。そして会場に近いということの二点だそうで。

 そうそう。お父さんの話だと、昔のことみちゃんの演奏は、それはもう大変だったらしい。ある意味殺人兵器だとも言ってた。私の記憶にあることみちゃんの演奏はとっても上手で、とても想像できない。

 それと、仁科さんは一時期ヴァイオリニストの道を完全に諦めていたのだけど、学園祭でのお母さんたちのお芝居を観て以来、例え叶わなくてもいいから、自分ももう一度挑戦してみようという気持ちになり、今ではヴァイオリニストとしてその世界では知られるようになってきていた。合唱を続ける傍ら、握力を取り戻すためのリハビリから始まり、最初の数年はその成果を感じることが出来ず、杉坂さんは何度も辞めさせようと思ったそうだ。また辛い思いをするのではないかと心配して。

 そして挫けることなく積み重ねられていった日々は、やがて実を結び、以前にも増して素晴らしい演奏が出来るようになると周囲から徐々に認められ、やがて音楽界でも認められるようになり、今に至っている。

 なんていうか、かっこいいな。加えて美人だし。そのうち絶対に超有名人になるよ。

「私の顔に、何かついてる?」

 おっと。

「いえ、その、美人だなあって」

「そんなことないですよ」

 仁科さんはにこりと笑みを浮かべてあっさり否定。でもその笑みがまた。だもんで、力説するように「そんなことあります!」と主張。しかしながらこれも大人の対応でいなされてしまった。

「それでは、そういうことにしておきましょうか」

 納得は出来ないけど、これ以上言い張るのは本当に迷惑になりそうなので、渋々ながら「う~、じゃあそういうことで……」と口をすぼめた。すると、叶さんがにししと笑って、「私はどう?」と聞いてきた。

 私は迷うことなく、「もちろん美人です」ときっぱり答える。そのとおり美人だから。すると叶さんは、お父さんに「ほんと、出来た娘さんですねえ」と笑った。とても陽気な性格の叶さん。なんとなく、お父さんと馬が合いそう。事実、お父さんと叶さんとのやり取りに違和感を感じない。

 むう、お父さんの周りにまた一人美人さんが。ひょっとして、お父さんってプレイボーイ? ボーイって言うには無理があるけど。お母さん、よく平気でいられるなあ。

 おっと、大事なこと忘れるところだった。

 私はポーチから携帯電話を取りだし、ことみちゃんに近づいてカメラを向ける。

「うん?」

「ただいま、出演前の控え室に来ています。ことみちゃん、今の心境は?」

「え? あの、えと」

 突然のことにことみちゃんがまごついていると、お父さんの「何やってんだお前?」というツッコミが入った。

「見れば分かるでしょ。インタビュー」

「インタビューって、なことより、ことみが困ってるだろ」

「そうよ、しおちゃん」

 お母さんからも入れられてしまった。でも諦めるわけにはいかない。オビーさんたちの為に。仕方なくインタビューを一時中断し、二人に事情を説明。すると、二人はなるほどと納得してくれて、ことみちゃんも「ちょっと恥ずかしいけど、がんばるの」と了承してくれた。

 そしてインタビューが再開され、もう一度今の心境を聞いた。するとことみちゃんは、日本語ではなく英語でコメントした。考えてみれば、家族に向けてのコメントなのだから当然なんだけど。悲しいことに、ことみちゃんの言っていることが私には分からず、インタビュアーとして困ってしまうと、ことみちゃんが日本語に訳してくれた。ついでに周りから笑い声が上がり、お父さんの「しっかりしろインタビュアー」といった小声での野次までついてきた。

 むう、こんなことでめげる私じゃないもん。

 そして、どうしてだか、ことみちゃんではなく私が温かい目で見られる中、インタビューはとても和やかな雰囲気で続けられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ