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天才博士の終わりなき挑戦 その2

「みんな、ただいまなの」

 一年半振りに聞くことみちゃんの声。私は嬉しさのあまり、誰よりも大きな声で「おかえりなさい!」と応えた。となれば近くにいる見ず知らずの人たちがこちらにちらりと視線を向けるのは当然のこと。そうなることは百も承知でしたことなので微塵も気にならなかったけど、スペシャルゲストの存在にやや尻込みをしていたゆかりちゃんをビクリと驚かせてしまったのには、ちょっとハシャギすぎたかなとこっそり反省していた。

 そしてお母さんたちはというと、やれやれと苦笑していた。

「汐ちゃん、相変わらずとってもとっても元気なの」

「それだけが取り柄だから」

「ううん。そんなことない。汐ちゃん、素敵なものいっぱい持ってるの」

 そうかなあ。

 なんて思ったのがそのまま口に出てしまった。そうしたら、お母さんが私の肩にそっと手を置いた。お母さんが今なにを考えているかなんて考えずとも分かるから、『それじゃあ、例えば?』と聞こうと顔を向ける。お母さんはそれに応えて何かを言おうとしたのだけど、それに先んじてお父さんが口を開いていた。

 お父さんには聞いてないのに。

「ああ。そりゃああるさ。例えば大飯喰らいなところとかな」

 それ全然素敵じゃない。ていうか思いっ切りイメージダウンじゃない。

 でも、ご飯をたくさん食べている自覚はあるから、その言葉を完全否定できない。むう、なんかちょっと悔しい。

「部活けっこうハードなんだから、食べなきゃやっていけないのっ。それに、今は育ち盛りなんだからっ」

「それは認めるけど、にしてもだな――」

 とここで、杏先生がやや呆れ気味に「はいはいそこまで。親子漫才はあとで好きなだけすればいいから、今だけは大人しくしてなさい」と割って入り、お母さんたちは同意するようにクスリと笑みをこぼしていた。

 まあ確かに、ここは杏先生の言うとおり。まさか、スペシャルゲストを無視して喋り続けるわけにもいかないから。

 ということで私もお父さんもすぐに無駄話を止めた。

 そうして場がひとまず落ち着くと、ようやくことみちゃんの家族の出番がやってきた。

「みなさん、お久しぶりです。相変わらず、とっても賑やかですね」

 微妙にイントネーションが間違っている日本語でそう言ったのは、旦那さんのオブライエン・ラインバックさん。

 実はオビーさん、日本語が喋れるのです。イントネーションに若干問題があるけど。ちなみに日本語を覚え始めたのは七年前。なんでも、ことみちゃんのことをもっと知り、もっと理解したかったからだとか。

 そしてもう一点。オビーさんの言葉どおり、私たちと会うのは今回が初めてじゃない。一度目は二人が結婚した七年前、そのお披露目で。それから四年前に一度、三年前に一度と、計三回会っている。どれもことみちゃんと一緒に。

 というわけなので、自己紹介の必要もなく、オビーさんは私たち一人一人とハグして再会を喜んだ。もちろん、私とも。

「汐さん、前会ったときよりもずいぶんと大きくなりましたね。それに、もっとチャーミングになってます」

「まあ、一年半振りですから」

 チャーミングという部分は照れくさかったのでスルーしたつもりだけど、なんとも微妙。それに、顔はきっとにやけている。だって、チャーミングだなんてそうそう言ってもらえる言葉じゃないし、言われて嬉しくなっちゃうのは女の子の性なんだから。

 続いて、オビーさんのお父さんのショーンさんとお母さんのメアリさん。二人の顔は、ことみちゃんが毎年送ってくれる写真で知っているけど、会うのはこれが初めてなので、ことみちゃんがまず紹介してくれて、それからショーンさんとメアリさんが挨拶した。こちらは英語で。

"Hello, I'm Sean. nice to meet you."

"I'm mary. I've been looking forward to meeting you."

 ショーンさんのは分かったけど、正直メアリさんが何て言ったのかは分からなかった。それはお母さんもお父さんも、杏先生も同じ。でも智ぴょんは、言わずもがな。加えて、外人さんの患者さんと接することもあって、単純な会話ならどうにかなると言っている椋ちゃんもちゃんと理解していた。その証拠に、後で私に教えてくれていた。

 そして最後は、可愛らしい子供たち。ことみちゃんの手を握っている、長女のシャーリーちゃんに次女のベティちゃん。それと、オビーさんに抱きかかえられている末っ子のトマスくん。トマスくんはまだ二歳とあって、お父さんの胸の中でこちらをきょろきょろと見るばかりだったけど、六歳のシャーリーちゃんと五歳のベティちゃんは、しっかり挨拶していた。しかも日本語で。

 数年前から子供たちがいくらか日本語を話せるようになったということは、ことみちゃんからの手紙で知っている。だから、そう驚くことでもない。

 のだけど……。

「はじめまして、シャーリーですノ」

「ベティですノ」

 二人の発音はしっかりしていて、オビーさんみたいなアクセントの癖はない。それに、日本語で挨拶する二人はとても可愛らしい。それだけに、なんていうか余計に気になるんですけど。

 でもここはまず、二人の挨拶に笑顔で答えるべきところ。もし変なこと言ってこの子たちを傷つけでもしたら、それこそ最悪。

 あ、でもその前に、余計な一言が得意な誰かさんがここにいるんだ。早くお父さんの口塞がなきゃ。

 などと反射的に考えを巡らせたのもほんの一瞬。子供たちに英語で答える智ぴょんの声で我に返った私は、とにかく言葉を返してあげなきゃと、「はじめまして」と笑顔で応えた。お母さんたちも、私と同じ微妙な間を置いてにこやかに返事をしていた。ちょっと心配だったお父さんも、何か言いたげだったけど、そこをグッと飲み込んで応えていた。

 杏先生も堪えていたっぽいから、とりあえず細かいことは後にしておこう。

 トマスくんについては結局、オビーさんの口から紹介された。そんな三人の可愛らしい子供たちに、何はともあれ和やかな歓声が上がらないはずもなく、特に杏先生が瞳をきらきら輝かせて歓声を上げていた。

「うっはあ~、小憎らしいうちの園児らと違って、かっわいい~」

 その発言、保育園の先生としてどうかと思うけど、当時の自分というか情景を思い返せば、先生の大変さは想像に難しくないだけに、元教え子の私としては半分申し訳ない気持ちで苦笑せざるを得ない。

 この歓迎ムードに子供たちの緊張がいくぶん和らいだようで、ことみちゃんに笑顔で何やら話し掛けている。ここはさすがに英語。私は、やっぱり子供の外人さんなんだなあと当たり前の事ながらしみじみ思いつつ、所々聞き取れる単語を拾って、なにを喋っているのか推測しようとしていた。結局、拾った数少ない単語と雰囲気から何となく想像することしか出来なかったけど。

 こうしてことみちゃんの家族の紹介が終わると、今度は私たちの番。私たちは一人ずつ順番に、自分の名前を言ってはショーンさんとメアリさんと握手していった。

 お父さんより少し背の高いショーンさんの手はとても大きくて、お父さんよりもずっとゴツゴツしていて、お父さんとあまり変わらない背丈のメアリさんの手は、ちょっとだけ硬い感じがしたけど、とっても温かかったのが印象的だった。

 ゆかりちゃんが椋ちゃんに励まされながらご挨拶をして、智ぴょんが英語で歓迎の言葉を言うと、とりあえずのご挨拶は終了。総勢十四人もいると、名前もそうだし顔もそう、これだけで記憶しておくのは一苦労なんだろうけど、お互いに話や写真では知っていたので、改めての自己紹介という感があり、誰が誰だったっけ、といった雰囲気はほとんどなかった。

 もちろん、ゆかりちゃんやことみちゃんの子供たちは別として。

 ただここで、私たちのことがことみちゃんの家族にどう話されているのか、と言うよりオビーさんがどう話し伝えているのかを考えると、ちょっと恐くもなる。いかんせんオビーさんは、お父さんと陽平おじちゃんと杏先生の三人の、ある意味壮絶な漫才を、日本に来るたびに目の前で見ているだけに。

 悪い評価じゃないとは思うけど、変な人たちという印象を持たれている可能性は十二分にある。それどころか、その可能性が非常に高いと考えるべきかもしれない。まあ、その印象は間違ってないんだろうけどね。

 ようやくお互いの挨拶が終わると、間髪入れず「ところで」とオビーさんが言った。

「スナハラさんは、今日はいらっしゃらないのですか?」

「ああ、スニハラなら、今日は仕事です」とお父さん。

「そうですか。スルハラさん、ジョブですか。ちょっと残念です」

「ということだ、ことみ。アホアホ病のスラハラは、アホアホ病撲滅のために自ら出向いて――」

 とここで、杏先生が「アホアホ病はあんたも同じでしょうがっ!」と鋭いツッコミ、というか延髄への回し蹴りという激しいツッコミを入れた。それをまともに受け、もの凄い勢いで見事に倒れたお父さんは、その衝撃を物語るかのように後頭部から煙を立てている。

 この光景に、椋ちゃんが「お姉ちゃん!」と慌てて咎め、智ぴょんは深いため息とともに額を押さえ、お母さんはというと、ちょっと困った顔で「パパってばもう……」と苦笑い。私は当然、いつものことと小さく笑った。一方ことみちゃんの家族は、初めて見るこの光景にてっきり唖然としているかと思いきや、ショーンさんやメアリさん、それに子供たちも大喜びしていた。

"Oh! Japanese KARATE! Fantastic!"

 なんて言いながら。

 そういえば、オビーさんも初めて杏先生の殺人的なツッコミを目前で見たとき、お父さんの心配よりも、杏先生の蹴りに拍手喝采で喜んでいたっけ。これは外人さん特有の感覚? それともオビーさんのご両親と子供たちだからこその感覚? まさかとは思うけど、これが普通のリアクション?

 といった、私にとっては毎度お馴染みのカオスチックなこの状況の中、ことみちゃんが残念そうにぽつりと呟いていた。

「杏ちゃんに、先越された……」

 ええと、とりあえず深く考えないようにしよう。うん。

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