その一声は慎重に その3
ショッピングモールの一件から一週間以上経ったけど、その話題は依然として消えずにいた。ただし、今は沈静化する傾向にある。どうやら、話の内容があまりにも大きくなり、そしてメチャクチャになりすぎて、そもそもこの話題はでっち上げられたものなんじゃないかという声が出はじめ、その意見が主流になってきているのが原因らしい。
お父さんの活躍が無かったことのように扱われるのはちょっと悔しい気もするけど、騒ぎ立てられるよりかはいいかなと思い、完全に消えるのを待つことにしている。
そのかわり、というわけじゃないだろうけど、新たな話題が人気となっていた。それは、ファミリーレストランでの一件。歴史は繰り返されるとはよく言われる言葉だけど、これも早々に原型を失ったようだった。
なお、件の人物が誰かなど早々に知れ渡ってしまうものと思っていたけど、信じられないことにバレていない。あれだけあっきーが早苗さんの名前を連呼していれば、すぐに面が割れるだろうに。
なぜ? 見えない力でも作用しているの?
まあ私としては、真実は闇の中のまま風化してくれることを期待しているからちょうど良いんだけど。だって、自慢できる話じゃないでしょ。
ということで、亜矢ちゃんから「ねえ、ウッシー知ってる? 噂の女王様のこと」とその話題を振られても、どう答えるかに迷ったりすることは微塵もなかった。
「うん。聞いたよ」
「ほんとすごいよね~。十人ぐらいのヤクザみたいな人を正座させて、『申し訳ございません女王様!』って謝らせてたんでしょ? 私も一度、そんなことしてみたいなあ」
正座させたっていうより、自分から正座したっていうのが正しいんだけどね。謝らせたっていうのも、謝るようなことを自分からしたからだし。なのに女王様扱いされるって、う~ん、なんか早苗さんがさらに可哀想に思えてきた。
それにしても、なんでこうも情報って正確に伝わらないんだろう。
「ああでも、ひれ伏すのはイケメン限定だけどね。っていうか、全員イケメンじゃなきゃ許さない」
「許さないって。恐い人よりは格好いい人の方がいいだろうけど、誰に対して許さないって言ってるの?」
なんとも亜矢ちゃんらしい発想というか発言というか。
とここで、美樹ちゃんが加わった。
「その女王様だけどさ。ひょっとしてその人って、たった一人で町の不良を次々と倒して、その人と渡り合えるのは一人しかいなかったっていう、伝説の女の人なんじゃない?」
この町って、けっこう伝説が多いのかな……。
それに、その伝説の女の人って智ぴょんだよね。
「なに、そんな伝説あんの? ウッシーは知ってる?」
本当はお父さんから少し聞いて知ってるし、当の智ぴょんからもちょっとだけ教えてもらっているのだけど、ここは知らないことにした方が無難だと思うので、「知らないよ?」と何食わない顔で答える。そして話題はその伝説にまつわるものとなっていったのだけど、予想通り、原型はほとんど残っていなかった。
この日の授業が終わり、部活も終わり、制服に着替え終えた私は部室のそばで私を待っているお母さんのもとに向かう。
なぜお母さんが学校にいるかというと、今日は二人で映画を観に行くことになっていて、私が一度家に戻ってからだと上映時間に間に合わないからと、わざわざ来てくれたのだ。映画館前で待ち合わせという提案もしてみたのだけど、私の練習している姿も見たいしと言われ、じゃあいっかと。
映画を観に行くことになった経緯は、そもそもお父さんが昨日、職場の人から映画の特別鑑賞券を二枚もらってきたことから始まった。
仕事から帰ってきたお父さんからそれを聞いたとき、三枚だったらちょうど良かったのにと思ったけど、映画のタイトルを見てその考えはすぐに消えた。冗談でお父さんに「一緒に行かない?」と言ったら、案の定「勘弁してくれ」と心底嫌そうな顔で拒絶されてしまったのも当然。女性向けのラブロマンス映画じゃあね。
そしてチケットの有効期限を見たら、なんと今週の金曜日まで。友達と観に行くという選択肢もあったけど、タイトルを知って興味を示したお母さんを見て、折角だからお母さんと行こうと。
ということで今に至っている。
部室を出ると、お母さんは倉橋先生と楽しげにお話をしているところだった。
「先日は本当に妻がお世話になりました」
「いいえ、こちらこそ無理を言って、遅い時間まで引き留めてしまって」
「そんなこと。とても喜んでましたよ。それはもう、家に帰ってから寝るまでの間、ああだったこうだったと、ずっと喋りっぱなしだったほどに」
「そうだったんですか」
なんとなく、今はお母さんに声を掛けるタイミングじゃないかなと思ったけど、私を発見したお母さんが先生との会話を切って「しおちゃん。もういいの?」と言っては、タイミングも何もない。
「うん」
「それじゃ、行きましょうか」
「いいの? 先生とお話してたんじゃないの?」
私がそう言うと、先生が「私のせいで上映時間に間に合わなかったとあっては、後でお前に何言われるか、恐くてたまらないからな」と笑った。
「そんな恐いこと言いませんよ。せいぜい、お腹がいっぱいになるまでケーキを奢ってもらうだけですから」
「それが恐いって言ったんだ。まあでも、そうなったら、岡崎だけ練習量を二倍にするまでだがな」
「なんでー」と抗議する私。すると先生は、急に真剣な顔をしてこう答えた。
「辛いことだが、これは監督としての責務なんだ。いいか、急激に重くなった体重は、お前のプレー全てに支障をきたし、本当の力を発揮できなくなってしまう。それにだ、お前のお腹回り悪影響がやがて――」
「先生それセクハラ発言!」
「おっと。これはマズイ」
私の強い指摘に先生の表情がとたんに崩れ、「では逃げるとするか。それでは失礼します」とお母さんにお辞儀をして、何事もなかったかのように職員室へと歩いていってしまった。その後ろ姿に、私は「もうっ! なんで男の人ってみんなデリカシーないんだろ」と文句を言わずにはいられなかった。
学校を出た私たちは駅に向かった。これから観に行く映画館は駅二つ向こう。夕方とあってホームも電車もけっこう混んでて、鞄とスポーツバッグは邪魔になるから駅のロッカーに押し込む。
駅に着くと、すぐに電車がやってきた。夕方の六時過ぎということでそれなりに混んでいて、着替える際にボディスプレーをたっぷり吹きかけてきたけど、汗臭さが残ってないかちょっとだけ心配になった。
目的の駅に下りると、お母さんが時間を確認。思っていたより早く着いたようで、上映時間まで三十分以上余裕があった。そこで、お母さんが「何か軽く食べておく?」と提案。すでにお腹が空き始めていて、お腹の虫が今にも喚き出しそうだった私としては、これに飛びつかない手はない。
ということで、時間を考慮してファストフードに入り、私はハンバーガーを一つとポテトを食べた。ちなみにお母さんは、私のポテトを少しつまんだだけ。
なお、注文する際に一つじゃ足りないとお母さんに言ったのだけど、見終わった後にちゃんとした食事をするから、その分にとっておきましょうと諭され、それが美味しいものならと条件を出して妥協していた。
小腹を少しだけ満たした私たちは、ファストフード店を早々に出て映画館に。公開当初は結構観る人多かったらしいけど、終了間近とあって館内はがらがら。観客は私たちを含めて十数人程度だった。
映画の内容は、愛し合う二人にはそれぞれに事情があって、周囲の人は二人の仲を認めようとせず反対ばかりで、中には嫌がらせをする人も。それでも互いに愛し続け、そして最後は二人めでたく結ばれて、反対だった人たちの数人が、二人を祝福して終わるというもの。
面白かったかと聞かれれば面白かったと答えるけど、ただ、二人の仲を認めない人たちの言い分がよく分からなかったし、そもそも、なんで素直に祝ってあげようとしないのよと腹立たしくなる場面も多々あった。
そんな私の感想をお母さんに言ったら、「しおちゃんにはちょっと難しかったかもね」と言われてしまった。そりゃまあ、民族間のなんたらかんたら言われたってよく分からないし、大人が考える良い悪いだって、子供の私には理解できないことばっかりだけどさ。
ちなみにお母さんの感想は、「とっても感動しました」でした。
映画を観終わると、次はお待ちかねの夕食。時刻は八時半をまわったところで、空腹への我慢の限界もすぐそこ。そんな私のお腹の状況を知っていたお母さんが映画館を出たところで「しおちゃんは何が食べたい?」と聞いてきたので、大きな声でこう答えた。
「美味しいもの!」
「もちろん美味しいものにするけど、もっと具体的に」
「高いもの!」
「今はそれを具体的とは言いません」
お母さんは人差し指を立ててぴしゃりとそう言うけど、顔は笑っている。もちろん、私も笑っている。
「ん~と~、とにかくお腹ペコペコだから、ボリュームのあるものがいいなあ」
「そうなると――、あれ?」
急に、お母さんが何かに気付いたように声を上げた。私が「どうしたの?」と聞くと、とある方向を見てにこりと微笑む。知っている人を見かけたといった様子だったので、誰だろうと私もそちらを向いた。
「こんばんは。渚さん。汐ちゃん」
そこにいたのは、控えめながらもきれいにドレスアップした、笑顔の有紀寧お姉ちゃん。本名、榊有紀寧さん。お母さんとお父さんのお友達で、喫茶店のママさん。以前は普通の会社で働いてたんだけど、居場所のない子たちのための居場所を作りたい、という理由で会社を辞めて、いろいろとあって旦那さんと喫茶店を経営している。
なんで喫茶店なのかはよく分からないけど、有紀寧お姉ちゃんの「スナックだとやっぱり問題ありますから」というのは頷けた。
「こんばんは。有紀寧さん」とお母さん。私も「こんばんは」と答える。
有紀寧お姉ちゃんはおっとり優しくて、私の大好きな人の一人。先生や智ぴょんほどには会えていないのがちょっと残念。
「ひょっとして、この映画を観てらしたのですか?」
「はい。パパが券をもらったもので」
「そうですか。それで、岡崎さんは?」
この質問には私が答える。
「一緒に行こうって言ったら、ヤダって言われちゃった。お父さん、こういうの好きじゃないから」
「まあ。それは残念ですね。とっても素晴らしい映画なのに」
「有紀寧お姉ちゃんも観たの?」
「ええ。一ヶ月ぐらい前に」
こうして、映画館の前で思いも寄らなかった立ち話をし始めた私たちだったけど、それを邪魔する輩が早々に現れた。
二十代前半らしき、スーツ姿の男の人が「すみません。ちょっと道を教えて欲しいんですけど」と私たちに声を掛けてきた。見た目は悪くないし、軽薄さや粗暴さは見受けられないけど、すでに小物臭が。
またなの? なんだってこうも立て続けにこういう展開になるのかなあ。誰かの策略?
「私の知っている場所であれば。それで、どちらに行こうとなさってるのですか?」そう答えたのは有紀寧お姉ちゃん。私もお母さんも、この辺りのことはよく知らないので、有紀寧お姉ちゃんに任せることにした。
「『じん・ばらーる』っていうレストランなんですけど。グルメ雑誌でたまに紹介される、スペイン料理のお店で。この辺りだと聞いたんですけど、なかなか見つからなくて」
「そのお店でしたら、ちょうど私もそこへ行くところだったので、良かったらご案内しましょうか?」
「え、マっジでぇ?」
あ、素になった。しかも軽薄さを丸出しにして。
「っと、すみません。ホッとしてしまったもので。そうして頂けると助かります。ええと、私もってことは、そちらの方々は違うんですか?」
「あ、はい。私のお友達で、ばったりここでお会いしまして」
「へえ……。それじゃ、まさかとは思いますが、お一人で?」
「いえ。私の大切なお友達とです。実はそのお友達のお祝いをすることになっているので」
あ、軽薄さがアップした。ついでに小物臭も。
「ということなので渚さん、汐ちゃん。すみません。こちらの方を私たちの立ち話に付き合わせるわけにもいきませんので、これで失礼しますね。あ、そうだ。近いうちに、お引っ越しのお祝いにお伺いしようと思っていますので、そのときはよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ。それでは失――」
「ちょっとタンマっ!」
慌てて、私は言葉を被せてお母さんの返事を止めた。
「どうしたの? しおちゃん」
「あの、有紀寧お姉ちゃん。そのレストランの料理って、美味しいの?」
「はい。とても美味しいと評判ですが」
なら考えるまでもない。私はお母さんに「私もそのお店のお料理食べたい。晩ご飯、そこにしよ?」とねだる。
「そう……ね。探し歩くのも大変だし。あの、お邪魔じゃなかったら、私たちも一緒に行ってよろしいですか?」
「ええ、かまいませんよ。むしろ大歓迎です」
有紀寧お姉ちゃんのこの言葉に、男の人が小さくガッツポーズをとっていたのを、私はしっかり見ていた。
こうして、私とお母さん、有紀寧お姉ちゃん、そして声を掛けてきた男の人一人とで歩き始めたのだけど、案の定、一分も経たないうちに四人から七人の集団になっていた。なし崩し的に加わった三人は、言うまでもなく男の人の友達で、いかにも偶然会ったようにしてたけど、この人たちもグルだということはすぐに分かった。
だいたい、加わった三人が、俺らもそのレストランで食事をすると言い出せば、疑わない方がどうかしている。
お店に着くまでの間、小物さんたちは私たちに、褒め言葉を中心にずっと喋り続けていた。途中、お母さんと有紀寧お姉ちゃんが既婚者だということを知って驚いていたけど、すぐに気を取り直していた。まるでショッピングモールの帽子男みたいに。
私に対しては、まあ当然だろうけどあまり興味を持っていないみたいで、ほとんど話し掛けられなかった。そのことにホッとしていたけれど、一方で、こう何度も相手にされないとそれなりに悔しい。
どうせ私はお子様ですよーだ。
なお、やっぱり私とお母さんを姉妹だと思っているようだったけど、その話題に触れることがなかったので、あえて何も言わなかった。
そうして映画館から歩くこと十数分、不安を胸に目的地へとやって来た。
「さ、着きましたよ」
有紀寧お姉ちゃんがそう言うと、最初に声を掛けてきた人が「ありがとう。じゃあ、案内してくれたお礼に、ここは自分らに奢らせてもらうよ」とかっこつけて言ってきた。
「そういうわけにはいきません。それは申し訳ないので」
「奢らせてくれよ、そうでないと俺らこそ申し訳なくて死んじゃうよ」第二の人も調子を合わせ、第三の人も「ここで君たちみたいな美人に奢らなかったら、男として失格だし」と言い、第四の人も「きみのお友達の分も出してあげるからさ」とか言ってる。
そんな小物さんたちの言葉に、この先の展開がなんとなく分かってしまった自分がちょっと悲しい。そして思ったとおり、店の前で小物さんたちの相手をしていると「おい」という男の人のやたら低い声がした。
「ああ? んだよ」
肩を掴まれた小物さんの一人がそう言って振り返ると、ヒッという小さな悲鳴を上げた。それに気付いた別の一人が「どうした」と言うも、すぐに口を結んで固まった。残り二人も、異変に気付いて周囲を見て、顔を青くさせた。
有紀寧お姉ちゃんから大切なお友達とお祝いをすると聞いた小物さんたちは、間違いなくこう思ったはず。そのお友達は女の人だ、と。となれば、やっぱりこういう展開になるよね。
そして、小物さんたちを取り囲む一団の一人、田嶋さんが有紀寧お姉ちゃんに言った。
「有紀姉、なんです? こいつら」
「こちらの方たちは――」
少々穏やかじゃない雰囲気に有紀寧お姉ちゃんが焦った様子で説明しようとしたところで、私が割って入った。さすがにうんざりしていたのと、空腹だったのと、お母さんと有紀寧お姉ちゃんに何度か気安く触っていたので、その腹いせというか天罰として。
「有紀寧お姉ちゃんとお母さんをナンパしてた人たちです」
「なにいっ!」
一瞬先にそう声を上げたのは小物さんたち。もちろん、驚いた理由は私の「お母さん」発言。
それからほんの一瞬遅れて「ンだと!」と怒鳴ったのが、有紀寧お姉ちゃんのお友達の方々、総勢十数名。言うまでもないだろうけど、お友達はみんな男の人で、しかもみんなの声と顔には迫力がある。私はお母さんやお父さんと一緒に田嶋さんたちと何度か会っているので、ちょっとだけしかこの迫力に押されなかったけど、小物さんたちは足をがくがくと震わせていた。
そして私は、追い打ちをかけるようにこう付け加える。
「ついでに言うと、有紀寧お姉ちゃんとお母さんにベタベタしてた人たちです」
この言葉に、田嶋さんたちの怒気が明らかに増した。
「ガキどもぉ。良~い度胸してるじゃねえか。ああ? そんなに俺らにぶっ殺されてえのか? ああっ!」
「ひゃあっ! ひゃの……! ひ、ひ……!」
さらに怯え震える小物さんたち。まあ、普通こうなるよね。やっぱり。ただし、お父さんだったら怯むことはないだろうけど。
「何とか言ってみろや!」
「覚悟は出来てんだろうな!」
「生コン詰めにしてやろうか!」
「ミンチだミンチ!」
一斉に声を荒げる田嶋さんたち。でも、有紀寧お姉ちゃんが「みなさん、落ち着いてください!」と言うと、怒号がぴたりと止まった。こう言っては何だけど、有紀寧お姉ちゃん、猛獣使いみたい。というか、みんなわざと怒鳴ってた?
「すみません。有紀姉。祝いの席ってことで、俺たち気分が高揚していたもんで。で、他には何かされませんでした?」
「何も――」
と有紀寧お姉ちゃんが説明しようとしたところを、またも私がその言葉を遮る。
「奢ってくれるって言ってた。お友達の分まで」
「ちょっとしおちゃん!」
お母さんはそう言ってきたけど、田嶋さんが「本当かい?」と聞いてきたので、素直に答える。
「うん。確かに言ってたよ」
「ほおお」
田嶋さんはにやりと笑みを浮かべると、小物さんの一人の首に太い腕を巻き付け、「そいつはありがとうな。俺たちのために」と顔を近づけて呟き、そのまま引きずるようにして店の中に入っていった。残りの三人も、他の人たちに引きずられて入っていく。これには有紀寧お姉ちゃんが「ちょっと待ってください! 見ず知らずの方にそんなことさせては!」と止めようとしたのだけど、まさか本当に奢らせるわけないでしょと笑顔で言われ、半信半疑といった表情で、渋々中に入っていった。
でもたぶん、本気で奢らせるつもりだと思う。そんな目をみんなしてたような気がするから。
これでひとまずスッキリしたかな。と気分良く思っていたら、「しおちゃん、なんであんなこと言ったの?」と、お母さんがちょっとだけ語気を強めて私に言ってきた。
「だって、お母さんと有紀寧お姉ちゃんにいつまでも馴れ馴れしくしてたから……」
「だからって。駄目ですよ、こういうことは」
悪いのは小物さんたちなのに。ということで、「はあい」と生返事で答えて私は店の中に逃げ込んだ。
食事はとても美味しかったし、とても賑やかで楽しくもあった。
小物さんたちは、田嶋さんたちに囲まれて終始青ざめたままだったけど、自業自得。
有紀寧お姉ちゃんたちが集まったのは、須藤さんが結婚することになり、そのお祝いをするため。ちなみに、須藤さんのお相手は同じ職場の人で、けっこう可愛い人らしい。
そして食事が終わり、私とお母さんは一足先に帰ることになったのだけど、その帰り際にふと思い出して、私は有紀寧お姉ちゃんに相談事をした。その内容は、ここ最近似たようなことが起こり、私の性格もさっきのように意地悪になって、誰かの作為を感じてならないのだけど、有紀寧お姉ちゃんのおまじないでどうにかならないかな、というもの。
そうしたら、嬉しいことに「それなら、良く効くおまじないがありますよ」と言ってくれた。私は喜び勇んでそのおまじないを教えてもらい、みんなに挨拶をして店を出た。
そしてさっそく実践。
まず空を見上げ、右手を高々と挙げ、人差し指を空に向かってピンと伸ばし、三回唱える。
「この三流っ! この三流っ! この三流ーっ!」
「ど、どうしたの? 急に」
「有紀寧お姉ちゃんに教えてもらったおまじないをやって――、あれ、雨だ」
唱え終わってすぐ、雨雲のない夜空から、さめざめと雨が降り出した。天気雨だと思うけど、そのわりに雨の量が少し多いような気もする。
それはともかく、私の心は対照的に晴れ晴れとして、元の自分にも戻れたような気がした。たぶんこれで、ナンパされてどうだこうだっていうのは、もうないでしょう。ほんと、迷惑な話だよね。
あ。雨がちょっと強くなった。
Episode「その一声は慎重に」 -了-




