ハンバーグを喰らう
五十鈴の仕事は苛烈を極め、働けば働くほどリエナの店は繁盛し、さらに仕事が増え続ける、無限地獄に陥っていた。
「このままでは、過労死してしまう……これだけ働いたんだ、もう飯代には、十分じゃないのか?」
「五十鈴さん、……モグモグ……どうしたのですか?」
「すづ、もう飯か?」
「いえ、これは、ご飯前の腹ごなしです。梨です」
「……こいつ、まさか、俺が働けば働くほど、食う量が増えているんじゃないのか……何とかしなければ、骨の髄まで食われてしまう……リエナはどこだ? これ以上餌を与えないように言っておかねば!」
「リエラさんなら、見かけない男の人と話していましたよ」
「ほう……、さては、逢引きだな、こっそり調べて弱みを握るチャンスだな」
「一人で、合い挽きとは、……何としても現場を押さえるです」
「くっくっく……」
二人の思惑が一致した瞬間であった。
「待って……。お願い、考え直して……」
すづの言う通り、リエラは見慣れない男と二人で合っていたが、蜜月を楽しむという感じではなく、二人とも、かなり真剣な表情で話し合っていた。
「なんだ? 修羅場なのか」
「きっと、ハンバーグにするか、そぼろ丼にするか、迷っているのです。ハンバーグは捨てがたいけど、そぼろ丼にするとボリュームが増えるのです。迷うです、これは難問なのです」
「俺達が、今までどれほど苦労して生きて来てのか、お前は忘れたのか! その日の食事にもありつけず、住む場所も無く、どこへ行っても、俺たち兄妹の居場所が無かったあの頃を!」
「今は、この町が、この店が、あるわ!」
「この町が、俺達に何をしてくれた! 幼かった俺が、『にこーる、にこにこ』の一発芸で稼ごうとした時の町の奴等が向けた白い眼を、忘れたか! 何処に行っても迫害され続けるだけだった……」
「でも、今は幸せに生きていけるじゃない」
「ああ……、お前が朝から晩まで、奴隷の様に働いてな……」
「死ぬ思いで働かされているのは俺だ」
「ハンバーグをトレイに入れて……たれに漬けるのです……ハク貝は味噌汁に……」
メモを取りながらつぶやく、すづの声が気になって、二人の会話に集中できない。
繁みから獲物を狙う肉食獣のような眼をした彼女には、二人の会話がどの様に伝わっているのか……皮膚の上を無数の虫が這い廻る不安を感じずにはいられなかった。
「すづ、ちょっと静かにしろ」
「お前が苦労して擦り切れて行くのを見るのは耐えられない! 俺は、大神殿に行き、ユピノ神の力を授かって、お前に楽をさせてやる。……もう、止めるな」
「待って、ニコル兄さん!」
「次に会う時は、お前が幸せになる時だ……」
彼女の言葉は、兄に届く事は無かった。
歩き出したニコルの背ではためくマントが、彼女の叫びを掻き消していた。
「お金が無いのも、居場所が無いのも、みんな…………兄さんが、働いていないからなのよ!」




