羽織を喰らう
五十鈴の朝は早い。
日の昇らぬうちに起き出し、身を粉にして働く。
全ては、女神との約束を果たし、世界を救うために。
「はいはい、そう言うのいいから、ちゃっちゃと片付けちゃって」
無銭飲食の代金を労働で支払う日々が続いていた。
「ふー、ようやく飯だな。心地よい労働の疲れの後に食う飯は格別にうまいからな!」
「はい! 住み込みで働いているとまかないが出ますからいいですね!」
だが、その時五十鈴は違和感を感じていた。
初めは小さな違和感であったが、それは段々と大きく膨れ上がり、何か大切な事を見落としているのではないかと言う不安に押しつぶされそうになる。
……これは、まさか。
「羽織が無い!」
「どうしたのですか? お箸ならそこに……」
「羽織だよ、女神にもらった羽織が無いんだ!」
「ん~そう言えば、恰好が違いますね~」
「何時から着ていなかった? どこで失くしたのだ? 落ち着け、考えるんだ……」
「えーっと、今日の行動を振り返ってみたらいいんじゃないでしょうか」
「そうだな……、起きて直ぐ、いつも通り川まで水を汲みに行って」
「わたしは、野菜を洗っていました!」
「それから、ホールの掃除をしていたよな」
「わたしは、野菜の皮むきと下ごしらえです」
「そうだ、それから、今日のおすすめ定食の天ぷらを揚げ始め……」
「ランチタイムの戦場に備えてました」
すづがあの激戦を思い出し、敬礼をした。
「ああ……今日のランチタイムはまさに戦場だった……まさか、テーブルに運ぶと同時に、おすすめのヘムルーナ天ぷらが、全て息を吹き返し、客に襲い掛かるとは……」
客の悲鳴が店内に響き渡った。
「何だこれはっ! この天ぷら、生きているぞ!」
「ふっはっはっは、うちの店は素材の鮮度が違うのだよ……さぁ、本日のおすすめ定食、食えるものなら食ってみろ!」
「何だと! 腹を空かせた労働者をなめるな! 一匹残らず平らげてやるぜ!」
テーブルの上で跳ね上がったヘムルーナが入り口から雪崩れ込む客に襲い掛かる!
鋭い爪と炎の魔法がぶつかり合い、店内はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した……。
「人の店を潰すつもりか! 熱耐性が高いから、しっかり揚げろってあれほど言ったのに!」
「すいません……」
こっぴどく怒られはしたが、おすすめ定食は完売できたので、良しとしよう。
「いや、羽織だ。俺はどのあたりまで羽織を着ていた?」
「五十鈴さん!」
「思い出したか、すづ!」
「はい! 冷めないうちに、ご飯を食べてしまったほうがいいと思います!」
「おーれーのー羽織はどこだー!」
五十鈴の叫び声に、店の女主人でもあるリエナがドアから顔をのぞかせた。
「なに騒いでるんだい? あんたの羽織なら、洗濯して表に干してあるよ」
「なんだってー!」
確かに沢山の洗濯物が干されてある。
この中に、俺の羽織があるのか?
「ここから、どうやって見つければ……。いや、女神のくれた特別な羽織だ、きっと見なくても俺には感じ取ることが出来る筈…………これだ!」
五十鈴は己の感性を研ぎ澄まし、一枚の洗濯物を抜き取った!
……この肌触り、芳しい香り、間違いない!
「それは、私の寝間着だよ! あんたの羽織はこっち!」
しこたま殴られた後、何とか羽織を取り戻すことが出来た。
「ひどい目にあったな、もう、失くさないようにしないと」
「五十鈴さん、羽織を失くさないように名前を入れておけばいいのではありませんか?」
「名前か、しかし……」
「任せてください、すづは刺繍も得意です!」
「そうか、じゃあ頼むか……間違えるなよ、五十鈴露良、あ、ら、よ、し、だからな」
「はい!」
すづは目にも止まらぬ速さで、糸を縫い付けて行く。刺繍が得意と言うのは本当らしい。
「出来ました」
「早いな、もう出来たのか、どれどれ……あの……、この四角いのは何?」
「『露』です!」
「……これが『良』で、……上についてるのは?」
「『す』です!」
「す? じゃあ、その横のは……」
「『づ』です!」
「これじゃ、どう見ても『喰う』だろうが! 何で、自分の名前まで入れてるんだ!」
「すづはいつも一緒です!」
「女神の羽織だぞ……どうすんだよ、これ…………」




