毒を喰らう
結局、領主の屋敷を半壊させ、サルバティアの港町を逃げるように出発した五十鈴たちは、一路シトラス領へと向かって、馬車を走らせていた。
「五十鈴さん、ご飯の用意ができたよ」
「おー、チーズホンデュとは、うまそうだな」
「おいしいのです……もぐもぐ……」
垂れるほどチーズを絡めた串を無心でかじるすづの隣で、五十鈴も串の一つに手を伸ばす。
「すづ、頬張って串に刺さるなよ、どれ、俺も一つ……、これは、スルメじゃないか! 何でこんなものが? こっちも、スルメかっ……」
「他に食材がないからだよ」
リエナに言われるまでもなくわかっていた、港町から持ち出せた食材は、すづの被っていたイカに、サルバトレの屋敷でかき集めたチーズくらいだったのだ。
チーズとスルメが互いに味を主張しあい、見上げた幌の上で、天日に干されたスルメが風に揺れていた。
「何か、捕りに行くか……」
目に映える美しい緑がなだらかに上る草原をゆっくりと歩いていた。
小高い丘の向こうに松林が見え、川のせせらぎが聞こえてくる。
「あの林の向こうには川があるのか、海の近いこの辺りなら鱸が釣れるかもしれないな」
「スズキを釣るのです」
「餌が必要だな、あの辺に転がっている丸太の下に、バッタがいるだろう、それを捕まえて餌にするか」
「はい、バッタも食べるのです」
「バッタは、餌だから食べちゃダメだぞ」
早速、いくつか丸太を蹴飛ばしてみると、その下に隠れていたバッタが慌てて飛び跳ねる。
大きく育ったバッタに目論見をつけて、さっと、手のひらで抑え込もうとすると、バッタは素早く、五十鈴の手を掻い潜って飛び去ってしまった。
(そうか……気温の低い朝ならともかく、日も高く、暖かくなってから素手でバッタを捕まえるのは大変なんだ……)
いきなり当てが外れたと、思案しながら四方に飛び去るバッタを同じように飛び跳ねながら追いかけるすづの姿を眺めていた。
「きゃー! やめて、食べないで!」
「どうしたんだ、すづ!」
「バッタを捕まえたのです。餌だから食べてないのです」
「……それは、バッタじゃないぞ」
すづが抑え込んでいたのは、同じくらいの背丈の女の子だった。
見れば、足をトラバサミで挟まれて動けなくなっているらしい。
「罠を踏み抜いてしまったのか」
「はい、薪を拾いに来たのですが、草むらに仕掛けられていた罠に気が付かなくて……」
五十鈴は、罠から足を外してやると、固定してあった杭ごと引っこ抜いた。
(こんな所に罠を仕掛けても、怪我人が出るだけだろうに……、よし、この罠はもらっておくか)
「家は近くなのかい? その足では歩けんだろうから、家まで運んでやるよ」
「ありがとうございます」
「五十鈴さん、罠も運ぶのですか?」
「ああ、これで獲物が捕まえられれば、肉が食えるぞ」
「わーい、肉を食べるのです。獲物を捕まえるのです」
五十鈴は、足を怪我した女の子を背負って、村へと歩き出す。
子供一人で薪を拾いに来るだけあって、それほどかからずたどり着いた村であったが、さびれた村の住人はよそ者とのかかわりを嫌うようで、女の子を背負った五十鈴の姿を見かけると、そそくさと家の窓を閉めてしまった。
「随分、愛想のない村だな」
「アイソーナシなのです……アイソーナシを食べるのです」
「それは、食えん梨だ」
「すみません、うちは、お父ちゃんも出稼ぎに行ったまま帰ってこず、働き手がいないので、薪を拾って村に置いて貰っているので……」
「まぁ、気にするな、俺は気にせんしな」
彼女の言う通り、村はずれに建つ家は、みすぼらしく小さなものであった。
まだ日も高い、少し休んでから罠を仕掛けに行くかと、出されたお茶を飲んでゆっくりしていると、怪我の手当てを済ました女の子が、五十鈴に申し出た。
「本当にありがとうございます、大したものはありませんが、ぜひお礼をさせてください」
出されたのはとても豪華とは言えなかったが、それなりの食事であった。
腹の空いていた五十鈴であったが、とても裕福とは思えぬこの家で、かなり無理をしているように思える料理をご馳走になるのは、気が引けて仕方がなかった。
「いただきますなのです。すづが食べるのです」
「通りすがっただけだし、気を使ってもらわなくていいんだが……」
「いえ、ぜひ、ご馳走させてください」
「そうか、じゃあ、遠慮なく……」
しかし、五十鈴が料理を食べようとすると、先に食べ始めていたすづがドンっと机に頭を打ち付けた。
「すづ、行儀が悪いぞ…………すづ? どうしたんだ、すづ!」
机に突っ伏したすづの顔は、熱を帯びたように赤く、頭を起こす事もできないほど苦しそうな息を吐いている。
対照的に、娘の顔は真っ青になり、震えながらその場に立ち尽くしていた。
「これは、まさか……毒?」
「……おなかが痛いのです……もぐもぐ……」
「すづ、それ以上食うんじゃない!」
「バッタのご馳走なのです。残さず食べるのです……」
「うわーん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
娘は堰を切ったように泣き出した。
「……ごめんなさい、あなた方は、領主様の屋敷を襲った悪党だから、毒を盛れと村の人たちに言われて……こうしないと、私たちは、この村にいられないのです……ごめんなさい……」
「そんな事より、解毒剤はどこだ!」
「ごめんなさい、解毒剤はありません……北の山に住む魔女の作った毒なので……魔女しか解毒できないのです……」
「北だな……」
五十鈴は、すづを背負って走り出した。
風のように速く、草原を駈け、森を抜け、険しい崖を飛び越えて、走り続けた。
(背中に背負ったすづの体が熱い)
「すづ、もう少しの辛抱だ、頑張るんだ……」
熱にうなされたすづに声をかけながら、魔物や道を阻む凶悪な魔獣を倒して、五十鈴はついに、魔女の館へとたどり着いた。
「私の館に踏み入るとは、大した命知らずよのう……」
「貴様が魔女か! 解毒剤をよこせ!」
「私は、魔女などではない! 私の名は、錬金術師、マッカランだ!」
「貴様が毒を作っているんじゃないのか?」
「毒か……、錬金術とは、毒にも薬にもなる……知識の追求とは、時に罪深いものだ……」
「そんな事はどうでもいい! 早く、薬をよこせ!」
「うう、やめんか! ほう、その娘が私の毒を飲んだのか……薬ならやらんでもない……だが、貴様がこの錬金術の謎を解くことが出来ればな!」
「いいだろう、どんな謎でも解いてやるぜ!」
(錬金術の謎だと……確か、鉄を金に変えるとか、そういうやつだよな……)
「よいか? 一度しか言わんぞ、心して聞くがよい……ここにキュウリがある。このキュウリをメロンに変えて見せろ!」
「……え? ……それって、砂糖じゃなかったか、蜂蜜かけるとかいうやつか?」
「何だと! 醤油やポン酢で散々試したが、どれも失敗だったというのに、こうも簡単に答えを出すとは……どれ、試してみるか…………確かに……甘い、が、いうほどメロンではないぞ?」
「それは見た目の色が、メロンに似てるから、甘けりゃメロンっぽい気がするんだよ! よく見て食え! むしろ、目から食え!」
「……すづも……食べるのです……」
「何をするやめろ……うわぁ! 痛い! なんで部屋の中にトラバサミが!」
「獲物がかかったのです! 食べるのです!」
「うわー、何をする、この娘ほんとに食う気か! やめろ、やめさしてくれー!」
「すづ、元気になったのか?」
五十鈴は、罠に足を挟まれ、腕を食いつかれているマッカランからすづを引き離す。
「すづ、これは錬金術師だから、食えないよ」
「残念なのです」
「ほんとにひどい目にあったよ、あんたらはいったい何しに来たんだ……」
「……うん、まぁ、お前本当に錬金術師なのか?」
「やっぱり、獲物なのです!」
「錬金術師だ! これまでも数々の研究成果を出して、今までになかったものを作り出しているのだ!」
「毒はどうやって作ったんだ?」
「それはだな、この発酵した果実の汁と、新鮮な果実の汁を合わせて……」
「……それ、カクテルな」




