ピザを喰らう
すづが試合を盛り上げて注目を集めている間に、五十鈴はうまく屋敷の中へと潜入できた。
この屋敷のどこかに、クリスティーナが囚われているはずだった。
「長い廊下に、ありえないほどの部屋の数、ひとつづつ探していては、埒が空かん……」
それでも、慎重に部屋を調べて行っていたが、焦る気持ちが五十鈴の警戒心を緩めさせ、廊下を駆け出した時、部屋から飛び出してきた人物とぶつかってしまう。
(しまった! 声を上げる前に抑えねば!)
「キャー、何するのよ、この変態!」
「俺は変態じゃねぇ、大人しくしろ! ……警備兵じゃねぇ、お前は、盗賊の首領・摩姫。」
「あんたは、五十鈴さんかい? こんな所で何してるんだ? さては、食い詰めて盗みにでも入ったのかい?」
「お前のような盗賊と一緒にするな」
「失礼ね、私は取材に来てるのよ! 前に出した『絶対もうかる儲け方』が好評だったから、財テク第二弾として、『絶対たまる貯蓄術』の取材よ」
「一筆にインチキ本を売りつけたのはお前だったのか……」
「インチキじゃないはよ! これでも何冊もベストセラーを出しているんだから、『絶対もてる美容術』は、かなりのヒット作なのよ」
「どう考えても嘘くさい名前だが……取材って何してるんだ?」
「ここの領主サルバトレは、善人の仮面の下で、かなり私腹を肥やしているからね、その金の流れを追っているのよ……それだけじゃないは、その財力にものを言わせて、さらった娘に、熟したトマトの汁をぶっかけて、自らの欲望を満たしているのよ」
「なんてやつなんだ……許せん。さらわれた娘はどこにいるかわかるか?」
「そうね……バルコニーからロープを伝って潜入した時、サルバトレの部屋に連れられて行く身なりのいい娘を見たから、たぶん上の階で、お楽しみ中じゃないかしら?」
「上の階だな、ありがとう」
走り出して五十鈴の背に、摩姫の不敵な笑みが向けられていた。
「せいぜい、警備の目を引き付けてもらおうかしら……その間に、お宝をいただかして、もらうわ……ふっふっふ」
その頃、さらわれたクリスティーナは、兵士に連行されて、豪華な扉の大きめの部屋に通されていた。
発酵した乳製品のように油の匂いの充満した部屋に、思わず顔をそむけたが、後ろから背中を押されて部屋の中へと追い込まれる。
(この匂い……この部屋は、何なの……)
「お待ちしておりましたよ、クリスティーナ様。やはり、お美しい……法王クライがご執心なのもわかりますな……」
薄暗い部屋に窓辺から差し込む光が、陰湿な声の持ち主を照らし出す。
脂ぎった指を舌で舐め回しているこの男こそ、この町の領主、サルバトレだった。
「下がりなさい無礼者! 私は、法王クライの思い通りになどなりません!」
クリスティーナの毅然とした声が、歩み寄ろうとしたサルバトレの足を止めさせた。
「クックックッ……、何も法王クライにあなたを差し出そうというわけではありません……その逆、ここで、私があなたを守ってあげましょう、ここで暮らせば一生何不自由する事なく、安全に暮らせるのですよ。……さぁ、私と共に!」
「誰が、貴方のような脂ぎった化け物と、暮らすものですか!」
「誰が化け物だと……」
その時クリスティーナの前に、歩み寄ってきたサルバトレの顔が、月の光に照らし出される。
その顔、首、手、服の下から覗く皮膚は、黄色く溶けかけたチーズのように垂れ下がり、それが揺れるたびに、むせ返るほどの匂いが立ち込めた。
「いやー! 来ないで!」
「そこまでだ!」
クリスティーナの悲鳴が上がると同時に、扉をけ破って、五十鈴が部屋に飛び込んで来た。
「わしの部屋に土足で踏み込むとは、貴様ただでは済まさんぞ!」
「ただで済まないのは、貴様だチーズの化け物め!」
「誰がチーズの化け物だ、これはチーズパックだ! こうして全身にチーズを塗ることで、つやつやモテモテボディになるのだ!」
「どっかの民間療法に騙されてるみたいな話だが……チーズだと……」
その言葉を聞いた時、妙な胸騒ぎがした。
部屋中に立ち込める匂い、奴の体から発せられたにしては、これほどの匂いになるのか?
五十鈴の足の裏で、ぬるりと床が滑る感触。
……その予感は、いやな方に的中していた。
「はっはっは、そうだ、この部屋は、こんがり焼き上げた生地の上にたっぷりとチーズを敷き詰めてあるのだ!」
「これは、まるで、部屋全体がピザのようだ……くっ、チーズが滑ってうまく動けん」
「どうだ、人肌で溶け出す最高級チーズを敷き詰めたこの部屋の恐ろしさを思い知ったか!」
「滑って動けないのはお前も同じだろう」
「ふっあまいな。わしは、貴様と違ってはなから全身チーズまみれ、いくらでも滑って動けるのだ!」
(速い! なぜだ? 奴はなぜ、これほど早く動ける?)
チーズの上を滑走するサルパドレの動きは、目で追うのがやっとなほどである、全身に塗られたチーズと床に敷き詰められたチーズが融和して、摩擦抵抗を完全なまでになくしていたのだった。
思うように動けぬ五十鈴に、このままでは勝ち目がない。
焦りが頂点に達した時、リエナの声が五十鈴に届いた。
「五十鈴さん、チーズじゃなく具に乗るのよ!」
「具だと? そうか、ピザには具が付き物か」
五十鈴はすぐさま、近くにあった具材に飛びついたが、足場になるどころか大きな塊は、よじ登ろうとすればぼろぼろと崩れてしまう。
「五十鈴さん、ジャーマンポテトは崩れやすいから、隣のベーコンにするのよ」
「おおう、こっちか」
しかし、五十鈴が飛び移ろうとした瞬間、ベーコンはチーズの中に沈んでいく。
「罠か! ならば、こっちのトマトに、ダメだ、余計に歩きにくい、何か他の具材は……」
五十鈴は次の足場を探していたが、チーズの上の具材が次々と消えていく。
「五十鈴さん、新しい具材よ!」
「助かった!」
しかし、投入されたスライスされたオリーブは、足場にするには小さすぎる。
やはり、初めのポテトに戻ろうとしたが、崩れたポテトは跡形もなく消えていた。
(サルバトレの奴め、足場を確保させない気か)
しかし、五十鈴の考えとは裏腹に、叫び声をあげたのはサルバトレだった。
「誰だ! 俺のサラミを食っている奴は!」
(向こうでも足場が消えているのか? 奴の仕業ではないのなら、この部屋に何かがいるのか……)
精神を集中した五十鈴の心の目に、どろどろのチーズの中を素早く動き回る、何者かの気配が見える。
(……いる、チーズの中を動き回るのが、サルバトレ以外にもう一匹、いる!)
「そこだ! 具材のイカが他の具を食っているぞ!」
「何を馬鹿な、今日はシーフードの日ではないから、具材にイカなど居るはずがない!」
「では、そこでチーズを吸い込んでるのはなんだ! そこにイカがいるぞ!」
だが、チーズを吸い込むイカなど居るはずがない、チーズの中を泳ぐイカなどいない、ならば、俺の目に移っているのはなんだ、これがイカでないとすれば、俺は何を見ているのだ……。
五十鈴は自分が言った言葉に自信が持てなくなったが、イカに吸い込まれて、チーズが渦を巻いて減っていき、徐々にその姿を現したのは、イカを頭に乗せたすづであった。
「すづ、床に落ちたものを食べるんじゃない!」
「そいつも貴様の仲間か! わしのチーズを……許せん!」
(しかし、すづが食べながら入ってきたおかげで入口まで道ができた)
「みんな、今のうちに脱出するぞ!」
すづを抱えて、サルバトレの部屋から逃げ出した五十鈴たちであったが、階下から駆け付けた警備兵に挟まれ、すぐに追い詰められてしまう。
「みんな、こっちだ!」
「五十鈴さん、そっちは行き止まりよ」
追い詰められた、五十鈴は、下に降りる階段とは真逆のほうへと走り出す。
しかし、彼には勝算があったのだ。
その先はバルコニーにつながっている。
そう、摩姫の残したロープがそこにあることにかけていたのだ。
「あった! あのロープを伝って脱出するぞ」
皆をロープで降ろし始めるが、警備兵もすぐにバルコニーへとなだれ込んでくる。
「五十鈴さんも、早く!」
「なに、みんな脱出できればもう遠慮はない、置き土産だ!」
――餓鬼魂顕現!
こうして、クリスティーナを無事助け出した五十鈴たちは、警備兵の悲鳴が木霊する屋敷から、無事逃げおおせた。
……走り去る彼らを、屋敷の陰からこっそりと見送る人影が一つ。
「五十鈴さん、いい働きだったわ……ロープはサービスよ。フフフッ……」
財宝を担いだ摩姫は、誰にも見咎められる事なく、すっと闇に姿を消していった。




