イカそうめんを喰らう
乾いた小石を弾き飛ばしながら走り、空の青さが増してくると、馬車の横を吹き抜ける風に潮の香りが混ざり始めた。
木漏れ日の降り注ぐ小道をアーチのように覆う背の高い木々を抜け視界が広がると、真っ青な海が広がっていた。
初めて見る海に興奮したすづは、御者台から伸びあがって眺めている。
「広いのです。ピカピカなのです」
「あまり乗り出して、落ちるなよ。……海か、今日は新鮮な魚が食えるな」
「すづは、さかなを食べるのです。たくさん食べるのです」
「よーし、沢山捕まえるぞ!」
五十鈴達の馬車は潮風を受けながら浜辺へと向かって行った。
照りつける日差しに、よせては宝石のように舞い散る波しぶき。
白く輝く美しい砂浜で、日光浴を楽しむ絹の様に滑らかな肌の二人の娘の姿があった。
そこにザラザラ引きずるような音を立て、怪しい人影が忍び寄る。
不穏な影に気づき、顔を上げた娘の目に映ったのは、全身緑色の怪人であった。
「……五十鈴さん、何やってるんだい?」
「見ればわかるだろう、今日の収穫物だ!」
「同じ海藻ばかり、そんなに獲ってきてどうするんだい……」
「全部同じじゃないぞ、これは、ちょっと色の濃い海藻に、こっちのはちょっと紫っぽい……モズクとか、ワカメとか、味が違うんだよ、きっと……」
「勇んで、潜って行った割には、大した収穫だね……」
「いや、聞いてくれ、俺もすづも精一杯頑張ったんだ、だが、泳いでる魚を海の中で素手で捕まえるなんて不可能だよ! なぁ、すづ……?」
後ろから、浜辺に上がってきたすづに同意を求めたが、すづの様子が少しおかしい顔も手も真っ白でよたよたと歩いている。
「すづ、どうしたんだ……」
よろめくすづの手を取ると、握った手のひらに伝わるのは水に濡れた柔らかい感触、真っ白になった顔を覗き込むと……。
「って、すづじゃねぇ、これはイカだ!」
それは真っ白なイカだった。
驚いて振り払おうとするが掴みあげたイカからすづの足がぶら下がっている。
……イカがすづの顔に張り付いていたのだ。
「いや、半分はすづだ、すづがイカに食われちまっている!」
「うきゅ~」
「すづ、しっかりしろー!」
五十鈴の叫び声が砂浜に響いたのも、つかの間、揃って食事のテーブルについていた。
「はい、海藻のサラダとイカそうめんだよ」
「さっきは、驚いたが、何とか飯にありつけて良かったな」
「イカそうめん、おいしいのです」
「すづちゃんのお手柄だもんね、まだ、いっぱいあるよ」
「俺の獲った、海藻も食うんだ……海藻もうまいんだぞ……やっぱり、他の魚も欲しいな」
「あそこの市場で売ってるんだがね」
「馬車と食糧で金はもうないぞ!」
「金が無ければ、稼げばいいじゃない」
「うっ……その通りです…………」
リエナの正論の前に、五十鈴はぐうの音も出なかった。
「稼ぐと言ってもな……海藻しか取れないし、もっと内陸に行けばこんな物でも売れるかもしれんが、港町で海藻集めてもしかたないよな……」
もうけ話はない物かとぶらぶら歩いていると、少し離れた場所に小さなゴザを引いただけの露店が目に留まった。
そこには、きれいな貝殻が並べられていた……。
「なるほど……こんな物でも、商売になるのか、貝殻ならおれでも集められそうだが……」
「お客さん、気に入ったら一つどうだい?」
「いや、俺は……、お前は一筆!」
「五十鈴さん、なんでこんな所に!」
「まぁ、旅の途中だからな。それより、この貝殻売れるのか?」
「もちろんさ、しかも、ただの貝殻じゃないんだぞ、こうして筆で文字を書いて……『どうしてうみはあおいのか 一筆』どうだ! さぁ、欲しくなっただろう?」
「どうだって……、こんな物……いらんわ!」
五十鈴は貝殻を全力で投げ捨てた。
「何てことするんだ! 人の商売道具を!」
「あんなものに金を出す奴がいるか!」
「売れるんだって、間違いない、この『絶対もうかる稼ぎ方』の本に書いてあったんだ!」
「そんな本どうしたんだ?」
「この町に来る途中で買ったんだが……」
「それ、絶対、騙されてるよ……」
幾らで買ったのか知らんが、騙された一筆には悪いがその露店を見て、五十鈴はある商売を思いついていたのだった。
元手を掛けずに付加価値を付ければ、それだけで商品になる。
五十鈴が考えた商売とは、名付けて『人魚と泳げるダイビング体験』であった。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。人魚と泳げるのはここだけだよー」
「本当に、人魚がいるのですか?」
「もちろんだよ、神秘的な海の底で人魚と手を繋いで泳ぐ幻想的な雰囲気、これ以上の記念になる思い出はないよ」
「きゃーすてき、行ってみましょうよ」
「うん、そうだね」
「はーい、二名様ご案内ー」
ダイビングコースへと向かうカップルを五十鈴はほそく笑んで見送った。
「ふっふっふ……海に潜るだけの事だが、人魚と泳げるのはうちだけだ! これで儲からん筈が無い。種を明かせば単純な事、客が潜ったのに合わせて予め海底の岩かげに潜んでいる半分餓鬼魂を装着したすづが泳ぐ姿を見せるだけだが、水の中でなら泳ぎまわるすづは人魚に見えるに違いあるまい」
岩場で客が来るのを待機していたすづの前に、泳いでくるカップするの姿が見える。
「来たのです。出番なのです」
すづは、岩の影から優雅に泳ぎだす。
それは、あまりにも幻想的な雰囲気であった。
「うわっ、ナマコが高速で泳いでいる!」
「いいえ、あれはナマコじゃないは、中から何かが……」
「人間の頭だ! 泳ぐナマコから人間の子供が!」
「見て! 巨大なイカがナマコに襲い掛かってるわ」
「今度は、子供がイカの足に噛みついたぞ!」
神秘的な海中で、三匹の生物の死闘が激しく繰り広げられていた……。
戦いの迫力に気圧されたカップルは、ふらふらになりながらようやく岸にたどり着いた。
「おつかれさまでしたー、人魚との海底散歩はどうでしたか?」
「ああ、凄かったよ……」
「ええ、凄い、戦いだったわ……」
(凄かった? すづはどんなサービスをしたんだ?)
「すづ、もういいぞ、次の客が来るまで休憩だぞ!」
海に向かって叫ぶ五十鈴の足元に、三つ巴の死闘の跡が転がっていた……。
「それで、やっぱり、魚は買えなかったのかい?」
「しかたないだろ、肝心のすづが……、いや、また、イカは捕まえたんだし……」
「イカそうめん食べるのです」
「魚をさばく準備をしてたんだけどね……」
「すづもイカが気に入ったみたいだったからな、はっはっは、……いやーこの醤油皿も貝殻とは、乙な物ですなー……」
「あっちにたくさん落ちてたからね、その貝殻は」
(ん? 底に何か書いてあるぞ……『さかなはおよぐ、およぐよ 一筆』…………売れなかったのか)




