非常食を喰らう
五十鈴は馬車を急がせていた。
何としても町につかなければと、焦る気持ちに、振るう鞭にも自然と力が入る。
そう、それは今朝の事だった……。
「五十鈴さん、大変だ、もう食料が無いよ」
「何だって! 昨日はまだ残ってたはずなのに……」
「すづは、ご飯が食べられなくて悲しいです」
悲し気なすづの表情は、ひどく五十鈴の胸を痛め、真っ先に浮かんだ思いを、直ぐに頭から消し去った。
彼女のたった一つの望み、腹いっぱいご飯を食べる事くらいかなえてやらなくてどうする、と、自分を奮い立たせた。
「急げば、昼までには近くの町につく筈だ、そうすれば腹いっぱい食えるぞ、それまでの辛抱だ」
「はい、我慢するのです」
すづは、健気にも空腹を堪えて、素直に返事をした。
「でも、……その前に非常食が育ったか味見してみるのです」
「非常食? そんな物を用意していたのか」
馬車の中へと潜りこんだすづが、一体何を食べているのか、気にはなっていたが、五十鈴は少しでも早く町へたどり着くために馬車を走らせていた。
しかし、蹄と車輪の音の間に、彼女たちの笑い声が聞こえて来る。
「きゃはは、あっ、ダメ……」
「一体何をやっているんだ……。あの声はクリスティーナか?」
五十鈴は好奇心を抑えきれずに、こっそち中を覗き込むと、そこには、すづに足をくすぐられ、身を捩って堪えるクリスティーナの姿があった。
「ハムハム……ペロペロ……」
「すづちゃん、くすぐったい、もや、やめて……」
若い娘がじゃれ合っているだけの微笑ましい光景である筈が、五十鈴は悪夢がよみがえるように、恐怖を感じていた。
「すづ、やめるんだ……」
だが、声を掛けようとした五十鈴の目に前に、不審者を見るような表情でリエナが立ちふさがった。
「何をそんなに見てるんだい……? ちゃんと前を見て運転する!」
「いや、その……すづに食われそうになって……」
五十鈴の言い訳も聞かずに、サッと、入り口は閉じられてしまった。
(本当に大丈夫なのか……遊んでいただけなのか……?)
不安に駆り立てられながら、馬車を走らせていると、モゾモゾと這い出してきたすづが、五十鈴の隣へと、少し肩を落とした様子でちょこんと腰を掛けた。
「トンジールの子供は、まだ育っていなかったのです」
(トンジールの子供? ああ、そんな事を言っていた気がする……やはり、食う気だ、遊びじゃない、育っていたら食う気だったのだ……急がねば、皆すづの腹の中に納められてしまう……)
心の底から残念そうなすづの表情に、知らず知らずのうちに手のひらに滲み出る汗を止めることは出来ず、五十鈴は鞭を振るう手に力を込めていた。




