かき氷を喰らう
五十鈴達は盗賊のアジトのある山へと向かっていた。
牧場の猛者でさえ手も足も出なかった相手、それと対峙する事となる緊張に武者震いが止まらなかった。
「この先どれ程の罠があるか分からない、気を引き締めてかからねば……」
「五十鈴さん、お腹が減ったのです」
「俺の分まで肉食っただろう、盗賊を倒すまで我慢だ、何処に盗賊が潜んでいるか分からんからな、道草も食うんじゃないぞ」
「お腹が減らないように、歌を歌うのです。のっこ~のこのこ~のっこ~のこ~」
「……すづ、その歌はなんだ、これから強敵と戦うのに、もう少し緊張感をだな」
「のこのこの歌です。あの人に教えてもらったのです」
「ほう、歌を教えてくれる面倒見のいい人が居たのか……って、あれはどう見ても盗賊だろう」
すづが指差した相手は、曲がった刀を持ったいかにも盗賊らしい格好の男だった。
「我らのアジトに、のこのこやって来るとはいい度胸だ、ただで帰れると思うなよ」
「ほう、ここが盗賊のアジトなのか、わざわざ出迎えてくれるとは気が利くな」
「随分デカい口をきくじゃないか、貴様何者だ!」
「ふっふっふ、俺の名は……」
「のっこ~のこのこ、のっこっこ~」
「……すづ、今いい所だからちょっと静かにしてくれ」
「すづもいいところが食べたいです」
「今盗賊を倒すから、飯は帰ってからだ、もう少し、待て」
「はい、すづはおにぎりを食べて、待ちます」
「おにぎりなんて持ってきてたのか、用意がいいな」
「それは俺の昼飯だ! 貴様いつの間に許せん、者どもであえ!」
盗賊の号令を合図に、かなりの人数が一斉に飛び出し、まるで一匹の生き物のように滑らかに隊列を組んで山の坂道を駆け下る。
(かなり組織だった盗賊団だ。この動きは訓練された軍隊か! だが、これぐらいの人数ならまとめて、片付けてやるぜ)
五十鈴が盗賊を迎え撃とうと、身構えたその時!
一斉に坂道に設置されていた罠が発動した。
あらかじめ計算され尽したように滑らかな動きで、先頭の者から順に罠に絡め捕られて行く。
そして、坂を下りきる頃には、だれ一人残ってはいなかった。
「お前ら、罠の無い裏道を通れと、いつも言っているだろうが!」
「……何がしたかったんだ?」
「……ふっふっふ、見たか、この罠を、これは御頭の作った絶対誰も通れない罠だ! 貴様らは絶対に山の上のアジトには辿り着けん!」
「ならば、罠の無い裏道を通らしてもらおうか」
「何故、その秘密を知っている! それを知られたからには生かして返すわけにはいかん」
襲い掛かって来た盗賊はかなりの手練れであった。
五十鈴と剣を交えること数十合、しかし、それでも決着はつかなかった。
「くっ……中々やるな」
「……貴様こそ」
「のっこ~のこ~。こっちにもおにぎりが落ちているのです」
「すづ、そっちへは行くな!」
「のこ~」
五十鈴の叫びも虚しく、おにぎりを追いかけていたすづが罠に引っかかり、降ってきた網に絡め捕られた。
その一瞬の隙をついて、盗賊がすづを人質に取り、山へと駆け上がった。
「はっはっは、この娘の命が惜しければ追って来い!」
「待ちやがれ!」
五十鈴はすぐさま、盗賊を追って山道を駆け上がるが、複雑に入り組んだ坂道に足止めされ、すづを抱えて走る盗賊との距離は開くばかりであった。
それでも、姿の見えなくなった盗賊を追って必死に走り続けた。
ただ、すづの身を案じて……。
盗賊のアジトに血相を変えた男が飛び込んで来た。
「御頭、摩姫様! 大変です、この砦に敵が攻め込んできました!」
「ほう、それで、門番のお前は何をしてるんだい?」
「かなり手強い奴でして……」
「それで、おめおめと逃げ帰って来たのか?」
「……いえ、……その、奴の仲間を一人捕らえてきました!」
「そんな子供一人、捕まえて何になる! この役立たずが、消えてしまえ! その侵入者とやらも、私が片づけに行くか……」
「わざわざ出向いてくれなくても手間はとらせんよ、片づけられるのは、お前だがな」
入り口に姿を現したのは、五十鈴であった。
堂々と正面に立ち、盗賊の首領を見据えていたが、表情に出さずとも、その能力に焦りを感じずにはいられなかった。
かなりの使い手であった、すづをさらった男、それが、目の前で塵一つ残さず消え去ったのだ。
油断ならぬ相手、得体の知れぬ強敵であると感じていた。
――餓鬼魂顕現!
「先手必勝! 何もさせない内に、機先を制す! 動く間もなく、餓鬼魂に食われてしまえ!」
床、天井、壁、いたる所から湧き出た餓鬼魂が一斉に襲い掛かる。
一瞬のうちに食い千切られ、決着がつくかと思われたが……。
「絶対動くな!」
盗賊の首領・摩姫が一声叫んだだけで、無数の餓鬼魂は、その場に固まったかのように動かなくなった。
いや、それだけでは無い。
五十鈴の体も指先をピクリとも動かせずに、その場に固められていたのだった。
「体が動かない……何故だ……?」
「ふっふっふ、この領域内では、私の言葉は絶対! それが絶対領域なのよ!」
「何てめちゃくちゃな能力だ!」
「お前のちんけな餓鬼魂など、蹴散らしてやろう。絶対零度! ……それから、絶対無敵パンチ!」
動きを止められた餓鬼魂が一瞬にして凍り付き、そして、バラバラに砕かれた。
「なんか、技の名前が適当になっているぞ!」
「ふっふっふ、強がっても貴様の恐怖は手に取るようにわかる! 絶対音感、これでどんな音も聞き取れる、貴様の震える心臓の鼓動が聞こえるぞ!」
(何て奴だ、何かがおかしいが何から突っ込んでいいのか分からん、だが、それ以上にこいつは強い……このままでは、何もできないままやられる……。)
「カチカチに凍っているのです。……シャリシャリ……冷たくておいしいのです」
(考えろ……何か突破口があるはずだ。……奴の言葉、領域……そもそも、絶対音感ってそういう意味じゃないだろう。いや、今は、そんな突込みを入れている場合じゃない、これも奴の罠か!)
「シャリシャリシャリシャリ……」
(急げ……急がねば……餓鬼魂が全て、すづに食われてしまう!)
「はっ! すづ、何食っているんだ!」
「シャリシャリシャリシャリ……キーン…………頭がキーンとするのです」
「冷たい物を勢いよく食べるから……」
「シャリシャリ……キーン……シャリシャリ……キーン……」
すづは凍った餓鬼玉をかじっては、頭を押さえ痛みに耐える様子を見せたが、それでも、かじるペースを落とさなかった。
「すづ、食うのをやめろ……」
だが、無理に冷たい物を食べるすづを止めようとした五十鈴は、すづが頭を押さえると同時に、盗賊の首領も頭を押さえて苦しんでいる事に気が付いた。
「何この音は! 頭の中でキーンと鳴り響く音は!」
(何故だ? そうか、奴の能力で、すづの頭に響くキーンと鳴る音を聞き取ってしまっているのか! この際、意味の違いなどどうでもいい。)
「すづ、その調子だ、もっと早く食うんだ!」
「シャリシャリシャリシャリ……キーン……シャリシャリシャリ……」
「うう……頭が……頭が痛い……。このままでは、絶対絶命! ……しまった…………」
突然、盗賊の首領・摩姫は地面に倒れて動かなくなり、五十鈴の体は自由になった。
恐る恐る倒れた摩姫をつついても、ピクリとも動かなかった。
「しんだのか? これでいいのか? ……しかし、意味や漢字の違いも、物ともしない恐ろしい能力の敵だった……」
「……シャリシャリシャリ」
感慨に浸る五十鈴の側で、すづは溶け切らないうちに急いでかき氷を食べていた。




