牛を喰らう
馬車の旅を続ける五十鈴一行であったが、食料が底をつき朝から何も食べていなかった。
「おなかへったのです」
「我慢しろ、もうすぐ町につく筈だ」
「キノコを食べるのです……モグモグ……」
「よせ、そのキノコは毒だぞ」
「大丈夫よ、そっちのは毒はないよ」
「いーや、俺は死にかけたんだぞ! もう二度とあんな恐ろしい目は御免だ……」
「五十鈴さん、昨日は寝てただけじゃないか」
「……そうなのか?」
「でも、他の食材も確保しないとね」
「そうだな、今度こそ、ちゃんとした獲物を捕まえて来るか。楽しみに待っていろ!」
五十鈴とすづは、再び狩りに出かける事となったが、危険な森で大物を狙うのは避け、小さな獲物を狙って、草原を歩いていた。
何もないのどかな草原であったが、肩車されていたすづがいち早く遠くにいる生き物の姿を見つけた。
「五十鈴さん、大きな生き物がいます」
「何! 早速獲物か、予定とは違うが、このチャンス逃すわけにはいかん、どんな生き物だ?」
「角が生えています」
「角か……狂暴そうだったらやめとくか……」
「草を食べています」
「草食なのか、それなら捕まえられそうかな……おや、あれは……」
――モオォー
「これは牛だな。首輪も付いて居るし、この近くに牧場があるのか」
「牛はおっきいのです。もーう、もーう。面白い鳴き声なのです」
すづは、四つん這いになり、牛の真似をして遊んでいる。
「あまり近づくと、蹴られるぞ。牧場なら食料を分けてもらえるかもしれんな、行ってみるか」
「もーう、もーう」
「すづ、牛の乳を吸うんじゃない、腹を壊すぞ!」
「貴様何をしている!」
すづを牛から引き離そうと引っ張ていると、いつの間にか数人の農夫に取り囲まれていた。
「いや、俺達は旅の者だが……」
「その子牛をどうする気だ! さては、牛泥棒だな!」
「えっ? 子牛……? このデカさで、子牛なのか……この世界侮れん……」
「もーう、もーう」
「子牛を人質、いや、牛質にして、親牛までさらおうとするとは、許せん!」
「なっ、違うだろう、これは牛じゃない、人間だ」
「もーう」
「黙れ、牛泥棒め、観念しろ!」
「ちょっと待て、話を聞いてくれ……」
「ここで縛り首にしてもいいが、姉御に直々裁いてもらうぜ!」
五十鈴の抗議は聞き入れられず、農夫たちに連れられて、牧場に向かう事となった。
引っ立てられた先は大きな建物の並ぶ牧場で、何人もの人間が干し草を運んだり、沢山の動物の世話をしている。
建物の脇を抜けて、少し離れた場所にある住居らしき建物へ連れていかれると、入り口の前に跪かされた。
「ひろねぇ、居ますかい?」
「どうした、麦わら」
扉から出てきたのは、この牧場を取り仕切っている大柄の女だった。
背丈もあるが、その腕は牛でも絞め殺せるほどの逞しい筋肉が付いていた。
「牛泥棒を捕まえましたぜ」
「なんだと! 牛泥棒は縛り首だ!」
興奮したひろねぇは、木製の手すりの頭を圧し折りながら叫ぶ。
「待ってくれ、俺は牛泥棒じゃない!」
「なんだと! では、牛泥棒はお前か!」
「ひろねぇ、俺は……麦わら……だ……」
五十鈴を引っ立ててきた男が、ひろねぇに首を絞められながら足搔いている。
(こいつは……とんでもなく、やべぇ……。どんな相手でも牛と人間の区別もつかない男よりは、ましだと思っていたが……こいつは、さらに、その上を行く……)
見境なく暴れる大女に、五十鈴は背中に流れる冷たい汗を感じていた。
「ゴホッ、ゴホゴホ……こいつだ、こいつが牛を連れ去ろうとしてたんだ」
「フシュー! フシュルゥー!」
「違う、あの牛が草原ではぐれている所に、偶然通りかかっただけだ」
「なんだと、しらばっくれる気か! 子牛を抱えて逃げようとしていただろう」
「あれは、子牛じゃない! 俺の連れの人間の子供だ!」
「俺が人間と子牛を見間違えるわけがない!」
「お前の目は節穴だ! あんな牛がいるか!」
どちらの首を絞めるか思い悩んでいたひろねぇは、埒のいかない言い合いに一つの結論を出した。
「うーん、どういう事だ? とりあえず、その子牛はどこに居る? それが牛か人間か確かめれば話はつく」
「へい、牛舎に繋いであります」
天井の高い小屋の中は、木のぼうで簡単に区切られて、その一画にサイズの小さい牛が並んで繋がれ、干し草の入った桶に顔を突っ込んでいた。
「子牛共、みんな居るか! 番号!」
――モオォ―
――モオォ―
――モオオォ―
「もーう」
――モオォ―
「うん、全部いるな」
「おい、間違いなく、一人違うだろう、どう見ても人間が混ざっているじゃないか!」
「なんだと、どれのことだ? じゃあ、もう一度……」
「もういい、すづ、草なんか食わずにこっちに来るんだ」
「もーう」
「これか?……これは子牛じゃないのか。うちの子牛に名前まで付けて、手なずける気だったのか! 子供の内に手なずけて、牛が成長した暁には、扇動して反乱を企て、この牧場を乗っ取る気だな……」
「どんだけ、気が長いねん! もっと、よく見ろ、牛じゃないだろう!」
「もーう、もーう」
「き、さ、ま、た、ば、か、る、き、かー!」
(ダメだ、全く話が通じない……このままでは、この怪物にやられる……。)
戦わなければならない、五十鈴がそう覚悟した時、咄嗟にある言葉をひらめいた。
「すづ! 飯の時間だ!」
「はい! 手を洗ってきます」
「まさか……子牛が立った…………」
「……子牛が……立った……」
「子牛が立ったぞー!」
「おー! 子牛がっ!」
「おぉー! 子牛がっ立ったぞー!!」
その日、牧場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「……だから、牛じゃないって…………」




