きのこ鍋を喰らう
「それで、今回も獲物が取れなかったのかい?」
「いや、違うぞ! まぁ獲物は取れなかったんだが、すづの獣並みの嗅覚で、キノコの群生地を発見したのだ! これを見ろ」
「大漁なのです」
二人で収穫した山のようなキノコをすづが自慢げに披露した。
これだけの量があれば、当分は困らないだろう。それに、リエナの料理の腕前があれば、同じ食材でも飽きる事の無いメニューが作れる筈である。
一口にキノコと言っても、切って天日干しにするものや、そのまま風当たりのいい日影に置いとくなど、保存法は種類によって様々らしい。
五十鈴達は、キノコの種類分けを始めたが……。
「これは、そっちの仲間じゃないのか?」
「形が違うのです。みよーんみよーんが付いて居るのが仲間なのです」
「それくらいは仲間でいいだろう。これは色が違うぞ?」
「それは、お兄さんなのです。道にパンをまいて歩くのがお兄さんです」
「キノコの兄弟で色が違うのか? キノコ兄がパンを撒きはしないと思うが、そういえば弟は緑っぽい気がするな」
「これは……モグモグ……」
「よく分からないからと言ってとりあえず食べるな!」
半分はすづの腹に入る事になるのではないだろうかと、考えないでもなかった。
しかし、そうこうするうちに、いいにおいが漂ってくる。
「そろそろ、煮えたようだね。飯にしようか、今日はキノコをふんだんに使った鍋さ」
「まぁ、同じキノコでも種類によっていろいろな食感が楽しめるのですね」
「料理法によっても、変わるけど、今日は種類も量もたくさんあるから、シンプルに素材を生かして煮込んだのさ」
「おかわりをして食べるのです。たくさん食べて大きくなるのです」
すづがクリスティーナの椀にキノコをよそいでいた。
随分、懐いているな。すづよりは年上なのだが、何にしても、仲のいいのはよい事だな。
しかし、うまいなこのキノコ鍋、これならいくらでも食えそうだ。
「俺にもおかわりをくれ……なんだ、何か様子が……」
そこには、鍋をつつくいつもと変わらぬ彼女たちの姿があるだけなのだが、何か普段と違って見えた気がした。
談笑しながら鍋を取り分けるリエナに、上品に少しづつ食べるクリスティーナ、鍋の周りを走り回るすづ、特に変わった所は無いはずだったが……。
いや、よく見てみれば、リエナの頭にキノコが生えている!
クリスティーナにもだ…………すづはキノコその物に!
「みんな、それ以上食うんじゃない! そのキノコはやばいぞ!」
五十鈴の警告も時すでに遅く、彼女らの体からは次々とキノコが生え始め、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「……もっと……食べるのです……はやく……大きく……」
倒れた彼女たちは、苦しそうに熱にうなされたうわ言を繰り返している。
「リエナしっかりするんだ! どうしてこんな事に……」
「五十鈴さん、これは毒キノコだ……森の泉のほとりに生える薬草があれば……」
「森の泉の薬草だな、待っていろ、直ぐに取って来る!」
五十鈴は走った。
ひたすらに走った。
振り返る事なく森の中を駆け抜け、うっそうと茂る木々の間にひっそりとたたずむ泉へとたどり着いた。
澄んだ水が鏡の様に木々を写し出す神秘的な雰囲気も、五十鈴にはそれに浸る余裕は無かった。
「ここに薬草が生えているのか? どこだ? どの草が薬草なのだ?」
泉の周囲には、美しい花や、さまざまな種類の植物が生えていたが、五十鈴にはどれが薬草なのか、皆目見当がつかなかった。
「こうなれば、全部の種類を持って帰るだけだ!」
端から草を摘み始めた五十鈴の背後で、鏡のような水面が輝きだしていた。
水面から放たれる光が、ふわりと集まり、それは一人の美しい女性を形造る。
それは、清らかな水のように美しい肌と木漏れ日のような優しい笑顔の泉の女神だった。
「…………こほん、こほん」
「…………」
「……あの……もしもし?」
「今忙しいんだ、後にしてくれ」
「……あの……五十鈴さん?」
「あーもう、何の用だ!」
「ひぃ……こほん。私は泉の女神です」
「そうか、じゃーな」
「……あの、そうじゃなくて、もう少し聞いてください」
「俺は忙しいんだ、見ればわかるだろう!」
「……えーっと、話を進めますね。貴方の落としたのは、金の薬草ですか、銀の薬草ですか?」
「金でも銀でもない、キノコに効く薬草だよ! それに、落としてもいないぞ!」
「まぁ、何て正直者なんでしょう」
「はっ、まさか、……キノコに効く薬草をくれるのか?」
「はい、正直者のあなたには、……私の頭に生えたキノコを差し上げましょう」
突如、美しい泉の女神の頭にキノコが生えだした。
「なんだと……?」
それによく見ると、今まで必死で集めていた薬草は、腕の中ですべて毒々しい色のキノコに変わっていた。
泉の周囲に生えていた草も、美しい花だと思っていた物もすべてキノコ、いや、背の高い木々でさえ、巨大なキノコであった。
「こんな馬鹿な……ここも既にキノコの魔の手が?」
五十鈴は走った。
ただ、ひたすらに走った。
キノコの生い茂る森の中を走り続けたが、いくら走ろうとも、キノコの森に終わりはなかった。
「まさか、既に世界中がキノコに支配されてしまったというのか……」
絶望に打ちひしがれながら、走り続けていた五十鈴もついに力尽き、生い茂るキノコの上に倒れ伏した。
体がキノコに覆われ始め、ゆっくりと視界が闇に閉ざされて行く……。
「このまま、キノコの養分にされてしまうのか…………」
薄れゆく意識の中で、名を呼ぶ声が聞こえていた。
「五十鈴さん……五十鈴さん……」
どこか懐かしい感じのする、悲し気な幼い声は、女神エディシアのものだった。
「五十鈴さん、私にもキノコ鍋をください……」
「……ダメだ……、それを、食べちゃダメだ!」
自らの叫びが、五十鈴の意識を呼び戻した。
天に向かって手を伸ばし起き上がった五十鈴は、辺りがすっかり暗くなっている事に気が付く。
そして、空になった鍋の周りで眠る彼女たちは、キノコなど生やしておらず、健やかな寝息を立てていた。
「夢だったのか……」
寝返りをうったすづに毛布を掛け直してやると、五十鈴は一人夜空を見上げていた。
「……おかわり、出来なかったな…………」




