追手を喰らう
気が進まないなどと言ってはおられず、壁造りに取り掛からねばならなかった。
材料はあらかた用意されていたのだが、問題は人手だった。
町の人間は忙しく、まとまった人数を確保する事は出来なかったため、壁の製作が滞っていたらしいのだ。
町の有力者でも集められなかった人手を不慣れな五十鈴に集められる筈もなく、確保できたのは公園で暇そうにしていた一筆だけであった。
「俺もそんなに暇じゃないんだが……これどうやって組み立てるんだ?」
「とりあえず、魔物に襲われても壊されない壁にすればいいんだが……」
「そうか、なら、この材料で出来る壁の完成図を描いてみるか」
「なるほど、完成図があれば作れるか……それじゃ、それを描いている間、造るのは俺一人なのか?」
「すづが壁を作るのです」
「やる気があるのは、ありがたいが……うわぁ、すづが増えた?!」
壁作りに現れたすづが、4人並んでいる……と、思ったが、3人は餓鬼魂であった。
五十鈴の不安も他所に、すづは早速、餓鬼魂に指示を出し作業に取り掛かる。
「布団は、向こうなのです。弁当は、こっちから始めるのです」
「名前も付いてるのか、まてよ、もっと沢山出せば、簡単に壁が作れるんじゃないか? ……いや、口しかない肉の塊が、何の役に立つというのだ……そもそも、あれに何か作れるとも思えんし……!」
気合を入れて壁を作りに取り掛かったはずのすづと餓鬼魂は、あちこちに穴を掘り始めていた。
「すづ、そんな所に穴を掘ってどうする気だ!」
穴の中からすづを引っ張り上げてみたが、五十鈴の手に捕まれていたのは、大きな口の付いた肉の塊だった。
それを穴に放り投げ、隣の穴から掴みあげたのも、やはり餓鬼魂だった。
彼女ら? は、モグラのように縦横無尽に穴を掘り進めている。
「やはり、役には立たなかったか……」
どうにかして人を集めなければ……そうか、旅の途中で暇そうなやつらを雇って行けば、ある程度の人数は確保できるかもしれない、しかし、先を急ぐ足を止めるとなるとそれなりの賃金が居るかもしれんが……。
五十鈴は木陰で壁作りの様子を眺めているクリスティーナの目をやった。
彼女は豪華そうなテーブルに日除けの傘を立てて、優雅にお茶を楽しんでいる。
「前金は、あまり残ってはい無さそうだな……」
だが、その時、クリスティーナ目がけて風を切り一本の矢が放たれた。
五十鈴は、とっさに手に持った材木で矢を叩き落とし、クリスティーナを庇うように構え、襲撃者の方へと向き直る。
「これは、これは、クリスティーナお嬢様、こんな所におられたのですか……法皇クライさまも心配されてますよ……」
「こいつはえらく、物騒な挨拶だな」
五十鈴は矢を踏み折り、啖呵を切りながら、相手に悟られぬように小声で、クリスティーナに問いかけた。
「こいつらが追手か?」
「はい、私を捕らえようと、執拗に追って来ているのです」
「町まで走れるか? かなりの人数だな……」
餓鬼魂でまとめて始末したいが、先にクリスティーナを逃がさねばならない、しかし、この人数では、分かれて追いかけられてしまえばそれまでだ……一筆の奴はこんな時にどこに居るんだ。
五十鈴が作戦を考えている間にも、追手は取り囲む輪をジリジリと狭めつつあった。
「もう、追いかけっこは終わりですよ……かかれ!」
隊長の号令の元、追手たちは一斉に襲い掛かる。
だが、それと同時に、複数の悲鳴が上がった。
「うわー! なぜ、こんな所に穴が!」
「こっちもだ!」
それは、すづが掘っていた穴だった……。
一斉に跳びかかろうとした追手たちは皆、かなりの深さの落とし穴に転がり落ちていた。
「おのれ、卑怯な、こんな罠を!」
「女の子一人を、大勢で追いまわす奴らに言われたくはないな」
「なんだと! しかし、我らを捕らえても、すぐに次の追手が、お前を捕らえに来るぞ!」
「そうか、次が来るのか。じゃあ、この餓鬼魂で、穴の中を空けておかないとな……」
五十鈴の手に持たれている不気味な生き物、巨大な口で歯を打ち鳴らすその化物を逃げ場の無い穴の中に放たれれば、自分たちの末路を想像できない者は居なかった。
「やめてくれ! 俺達は法皇クライに無理やり命令されて、しかたなく追手になったんだ……頼む、命だけは…………」
「ならば、お前らは、この絵の壁を作ることは出来るか?」
「……はい、これくらいの物でしたら……。元々、追手みたいな仕事より、そういう事の方が得意な連中ですので……」
「ならば、早速、仕事に取り掛かってもらおうか、完成できなければ、餓鬼魂の腹の中に納まってもらうがな……」
それからも、追手は次々と現れては、落とし穴にはまり、壁を作る人手は増え続けた。
一筆は、何枚も完成図を描き、餓鬼魂を連れたすづがウロウロして、作業を急がせる。
そして……五十鈴は木陰でクリスティーナと甘い花の香りがするお茶を楽しんでいた。
「五十鈴さん、もうすぐ、完成しますね。私の屋敷でも、こうして眺めている内に壁は出来ましたから」
そう言った彼女の笑顔は、悪びれる様子もなく、構える事もなく、自然体そのものだった。
生まれながらに持ち合わせた気品とは、こういう物であろうか。
「ああ、全てが……順調だ」




