保存食を喰らう
町を守る防護壁は思いのほか早く完成し、五十鈴達は馬車を手に入れることが出来た。
十分な旅支度を整え、シトラス領に向けて出発した筈であったが、数日と経たずに問題が起きたのだった。
「食料が底を尽きかけている……なぜだ、あれほど買い込んでいたのにこうも早くなくなるとは、予想外に食べ過ぎていたのか? いや、それだけでは無いはず……何が起きたんだ、考えろ……考えろ……」
確かに、リエナの作る料理はうまっかった。昨日の晩も……。
「今日はシチューだよ。しっかり煮込んで、野菜と肉のうまみも引き立てられてるからね」
「まぁ、ほんとに素晴らしいですわ。この濃厚なチーズの味を引き立ててるのは何かしら?」
「ふふふ……、それは隠し味に白みそを使っているのよ」
「そうなのですか。リエナさんの料理の腕前には、感服いたします」
「……モグモグ……モグモグ……」
いや、普通に料理談議に花を咲かせていただけだ、特におかしなことは無かったはず。
だが、何か気になるのだが……。
「どうしたんだい、五十鈴さん。今日はローストビーフだよ」
「……そうか、とりあえず、飯を食ってから考えるか」
だが、五十鈴が箸を伸ばした瞬間、皿の上の肉が一瞬で消え去った。
なぜだ! まさか、何者かが俺達の食料をこっそり奪っているとでもいうのか!
気づかれぬうちに周囲に身を潜め、出来上がった料理をこっそりと奪って行く、何と恐ろしい敵だ……。
五十鈴は、気配さえ感じさせぬ敵がすぐそばに潜んでいるという恐怖に背筋が凍りつき、幾重にも張られた糸に絡まった羽虫のように冷や汗を掻いていた。
「……モグモグ…………」
そして、驚愕する五十鈴の側に無言で寄り添う、すづは……目にも止まらぬほどの驚異的なスピードで、料理を口に運んでいた。
「俺のローストビーフを食ったのはお前か!」
「モグモグ……モグモグ……」
掴みあげられても、すづはひたすらに食事を続けている。
普段から、よく食べる娘ではあったが、これまでは何を食べるにしてもよく味わって食べていた。
それが、まるで、何者かに強制されているかのように、次々と料理を口に押し込み、急いで食べ続けるその姿に、五十鈴は例えようの無い恐怖を感じていた。
「……どうしたんだ、すづ?」
「……モグモグ」
「……何をそんなに慌てて食べているのだ?」
「……モグモグモグモグ」
「よすんだ、それ以上、無理に口に押し込むんじゃない! もう、やめてくれ……すづ…………」
「……モグモグ…………これを見るのです……」
すづが差し出したのは、食べ物が入って居た空の袋だった。
唯の空き袋、……何の変哲もない空き袋であった。
それに何の意味があるのか分からず、五十鈴はすづに疑問の眼差しを向けた。
「ここに『お早めにお食べ下さい』と、書いているのです! 速く食べないと傷んでしまうのです!」
「すづ、その『お早め』は、意味が違うぞ!」
「傷んでしまう前に、すづが全部食べるのです! 食べない後悔はしたくないのです! ……もっと速く、食べるのです……もっと速く……もっと速く!」
加速し続ける彼女の動きは、複雑に入り組んだ岩の隙間を吹き抜ける風の如く。
その動きを見極める事など出来はしない。
それに追いつける言葉などありはしない……。
驚異的なスピードで食べ続けるすづを止められるものは誰も居なかった。
「……モグ……モグ…………」
荒ぶる彼女がようやく眠りについた時、町で買い込んだ保存のきく食料は全て、すづの腹の中に納まっていた。




