いのししを喰らう
「それで、一晩中うろついた挙句に何も獲れなかったのかい? ほんとにそんなでっかい獣が居たのかい?」
五十鈴達の帰りを待っていたリエナは少し呆れていた。
「ほんとだって、こっちは死ぬ思いだったんだぞ、帰り道で眠ったすづを背負っていたら、寝ぼけて頭をかじられるし……」
「お肉は空を飛んで逃げたのです」
「飛べる獣?……羽でも生えてたのかい?」
「いや、羽は無くて……そうか、あの高さの崖から落ちたのだから、下で死んでるはずだ。あそこまで行けば、イノシシ鍋にありつけるぞ!」
五十鈴達は森を抜け、緩やかな坂になっている場所から崖を下り、かなり大回りをする事になったが、何とか落下したイノシシを見つけることが出来た。
崖から落ちた巨大なイノシシは、見事に頭から地面に突き刺さっていた。
「いたぞ! ほら見ろ、言った通りだろう」
「これは、トンジールじゃないかい、皮は分厚いが、肉は柔らかく、大変美味らしい。この辺りの森ではめったに見かけない代物だよ」
「そうなのか、まぁいい、早速切り分けて、料理開始だ」
慣れない作業であったがリエナの指示のもと、順調にトンジールを解体し、鍋で煮込み始めていたが、すづは一人で大きな獲物を引っ張ったり、押したりしていた。
「すづ、そっちの方がでかいからと言っても生では食えないぞ」
「トンジールが子供を産んだのです」
すづはトンジールの下から何かを引っ張り出そうと踏ん張っていた。
「子供? そんなのがいたのか? …………すづ、それは人だ!」
下敷きになって、すづに足を引っ張られていたのは、仕立ての良いドレスを着た女の子だった。
「大丈夫ですか、お嬢さん……すづ、水を!」
「……あなたは……?」
「わーい、トンジールの子供が目覚めたのです」
飯を食う以外で、すづがこれほど喜んでいる所は見た事が無かった。
「トン……? 私はクリスティーナと申します。助けていただいたようで……、ありがとうございます」
「女性が一人この様な所に居ては危険ですよ、ちょうど鍋が煮えた所です、ご一緒にいかがですか?」
相変わらずのすづと、クリスティーナも負けぬ程よく食べたが、何分デカい獲物の肉は、とても数人で食べきれる量ではなかった。
皆十分満足したところで、五十鈴達は彼女の話を聞く事にした。
「どうしてこんな森に一人で?」
「はい、私はシトラス公爵領に住んで居たのです、しかし、我が家の領地を狙ったユピノ教の法皇クライに屋敷を奪われ、弟のライトハルトは幽閉されて、数名の供と共に命からがら逃げ伸びて来たのですが、領地を離れた後も執拗に追手を掛けられ、道なき道を進み、森の中を彷徨い、いつしか一人になってしまい、……昨夜、突然、空から降って来た怪物に襲われて……」
「そっそうか、大変だったな……しかし、ユピノ教め、許せん。この五十鈴が法皇を倒して屋敷を取り戻してやるぜ!」
「本当ですか! ありがとうございます、五十鈴様」
「シトラス公爵領と言うと、随分遠いね、よくここまで来られたものだね」
「遠いのか……食料も手に入ったし、何とかなるだろう」
五十鈴達が話し込んでいる横で、すづがうつらうつら舟を漕ぎ始めていた。
「すづもそろそろ眠ってしまいそうだし、今日は、もう寝るか」
「はい、すづは、お布団で寝ます」
すづは、あくびをしながら、ふらふらと寝袋に潜り込む。
寝袋も持ってきていたのか、用意がいいな……。
いや、すづが潜り込んでいる肉の塊は、餓鬼魂だ!
あれは寝袋にもなるのか!
眠っている間に消化されたりしないのか?
……見なかった事にするか。
こうして森の夜は、暮れて行った。




