道草を喰らう
世界を救う旅に出た五十鈴一行であったが、その道行は困難を極めていた。
襲い来る魔物、自然の驚異、いや、彼らの前に立ちはだかるは、もっと根源的な、生命そのものを脅かす恐怖……。
「食い物がねぇ! まさか、自然の中で食べ物を探すのがこれほど難しいとは……」
――少し前。
「おなか減ったのです」
「食材もあまり持ってこなかったから、もう、料理も作れないよ」
「食料か……食材はどこで調達すればいいんだ?」
「そりゃ、市場で買ってくるに決まってるだろ?」
「こんな森の中に、市場がある訳ないだろう!」
「だから、人は町に住んで居るのさ」
「すづが、市場を探してくるのです」
「……分かった、俺が何かを捕まえて来ればいいんだな」
獲物がいない訳ではなかった。
空を飛ぶ鳥に、木々の間を走る小動物、川には泳ぐ魚の影が見える。
だが、居ると捕まえられるは別であった……。
「野生動物はすばしっこく捕まえられる訳も無し、木の実は酸っぱくて食えたものじゃない……頼れる仲間は町娘と子供しかおらず、そもそも、こんなメンバーで旅に出る事が無謀だったのだ……」
「五十鈴さん、どうしたのですか? ……モグモグ」
「ん? 何を食っているんだ?」
「すづは、道草を食べています。よく噛んで食べます」
「……聞くんじゃなかった。何か食えるものを探さねば……しかし、道具も無しに捕まえられるものと言ったら……」
――ガサガサ。生い茂った繁みが揺れている。
「すづの奴、繁みの中で何か見つけたのか?」
いや、期待はすまい、きっと、ろくな物じゃないしな……しかし、何を暴れているんだ、すづにしては草の揺れ方が大きいような……。いや、これは、大き過ぎる!
「何かいるのですか?」
側らで、不思議そうにすづが、藪を眺めている。
「すづ! そこに居たのか……では、あれは?」
背の高い草を踏みつけて姿を現したのは巨大なイノシシだった。
「でかい……イノシシってこんなにでかくなるのか? こいつは餓鬼魂で……。いや、こいつを捕まえれば当分食料に困らないんじゃないか? よし、うまく取り押さえて……」
イノシシは唸り声をあげて、前足で掻いた地面の土を撒き散らせている。
「……無理だな。絶対無理!」
五十鈴が躊躇った隙に、イノシシは物凄い勢いで突進を始める。
余りにもの勢いに、身構える事も出来ず、絶体絶命のピンチであった。
「五十鈴さん、あぶない!」
「すづ!!」
五十鈴を庇い、イノシシの前に飛び出したすづの小さな体が跳ね飛ばされる。
すづが身を挺して、突進を止めようとしたが、イノシシは少しも勢いを落とす事なく迫って来る。
「すづ……すまない、お前の犠牲は無駄にしないぞ!」
五十鈴は背を向けて逃げ出すしか出来なかった。
しかし、イノシシは尋常ならざるスピードで追って来る。
「こうなったら、食料にするのは諦めて倒すか……いや、今、立ち止まるのはまずい、立ち止まったとたんに踏みつぶされてしまう……あの大きさに、このスピード、野生動物がこうも手強いとは……」
迫るイノシシを肩越しに振り返りながら逃げ続ける五十鈴は、何か違和感を感じていた。
イノシシの背に何か小さな物が張り付いている。
見覚えのあるその小さな生き物は……すづであった。
「何でそんな所に……跳ね飛ばされて背中に着地したのか? そんな所に、ノミの様に張り付いて……」
ゴクリとつばを飲み込むほど嫌な予感がした。
「ノミの様に、イノシシの背に張り付いて血を吸っているのか……? まさか、そこから肉を食い破り体内に侵入しようというのか!」
さらに、嫌な予感は膨らんで来る。
「いや、既にイノシシの中枢神経を乗っ取り、最早あれがすづの本体で、この俺を『踏みつぶして食べるのです』と襲って来ているのかもしれない!」
「そんな事はしないのです。五十鈴さん、前、前を見るのです」
――崖!
すづの声で正面を向くと、目の前に崖が迫っていた。
五十鈴は叫びながら、地面を転がり勢いを殺して何とか崖の手前で止まることが出来たが、巨大なイノシシは、そのまま崖に飛び出し、はるか下の木々の中へと消えて行った。
「助かった……」
「お肉が飛んで行ってしまったのです」




