8話『対価は猫吸いと犬吸い』
南の空を通る太陽が、徐々に西へと沈んでいく。
気付けば時刻は18:00──午後の6時を過ぎた。
一年の日数は違うが、一日の時間は同じ二十四時間。つまりはそろそろ夕飯時だ。
畑のお世話が終わった美穂は、のんびりと夕飯の支度を始めた。
とは言っても、用意するのは美穂のものだけだ。
大福丸たちは既に森に入って狩りをし、夕飯を食べて来たらしい。
彼らはもともと、私有地の山の中を好きに出入りしては鼠や鳥、蛇なんかを自由に捕っていた。
ペットフードは彼らからすれば主食ではなく栄養補助食品的な立ち位置である。
あるいは獲物が取れなかったときの非常食に近い。
異世界に来てもそれは変わらなかった。森の中に入った彼らは、既に今日分の食事を済ませてきたようである。
食事も終えたモフモフ軍団は茶の間でまったりとしていた。
「今日はどうしようかなぁ〜」
台所に向かいながら、美穂は今日の夕飯を考える。
「今日はお米、うんお米が食べたい。」
(早炊にすれば30分くらいで炊きあがるし……うん、炊いちゃおう)
お米を研ぎながら、おかずはどうしようかなぁ、と考える。
今日は寒いし煮物とか、汁物とか温かいのが良いだろうか。
「……おでんにしようかな」
でき上がるまでかなり時間はかかるが、あれが食べられると思えば、我慢できる。
おでんに入れる具材は一通り揃ってるはずだ。
大根、じゃがいも、糸こんにゃく、昆布、卵もある。
餅巾着とはんぺん、練り物系は無い………が。
美穂は今、無性にあの味が染みに染みたはんぺんが食べたい。
とっても食べたい。
(うん、はんぺんは異能で用意しよう)
「あと……鶏の手羽元も確か昨日買ったものがあったはず」
小川家では、おでんのお肉といえば手羽元だ。
家庭によってはウィンナーだったり、牛スジ肉を入れるらしいが、美穂にとっては、おでんのお肉 = 鶏だ。
(おでんなら、これは捨てないでとっとかないと)
お米の研ぎ汁を、シンク下から取りだした鍋に投入。
多かったら後で捨てればいいやー、と取り敢えず全部入れる。
(おでんを作るのならそれなりに時間がかかるし、早炊じゃなくていいかな。極旨にしよう)
炊飯器に釜を入れ、スイッチをオン。
続いておでんの準備に取り掛かるべく、美穂は冷蔵庫へと向かった。
ドバドバドバー
おでんの具を茹でたお湯を、厚揚げや練り物にドパーっと豪快にかけていると、トットットッと小さな足音が聞こえてきた。
「にゃぁん」
──ねーねー
「なぁに~?」
甘えた声をあげながら、蘭が美穂の足に頭や体を擦り付けていく。
美穂の顔がデレッと溶けた。
「食べたいの?」
トンっと軽やかにシンクの上へと飛び乗った蘭は、ぐいっと体を伸ばして美穂の腕や顔に魅惑のもふもふを擦り付けていく。
「にゃにゃっ」
──うん、ちょうだい?
「んもう、仕方ないなぁ」
そんなに全力でおねだりされたら、猫好きが選べる選択肢なんて、一つしかないじゃないか。
菜箸で茹でたばかりの手羽元を一つ取り、水で冷やす。
そうしている間に、この家のもう一人のお猫様もやってきた。
「ん?椿も食べたいの?」
「にゃぅんんっ」
──私も食べる
ダイニングテーブルに飛び乗り、そのまま腰を落ち着けた椿は、食べる気満々だ。
「仕方ないなぁ」
蘭の時と同じことを言いながら、美穂は笑ってもう一つの手羽元を水で冷やし始めた。
無言のお猫様たちは、その手元を凝視。
「う~ん、そろそろ良いかな」
食べやすいように骨から外そうとして
「んにゃつ」
ピトッと蘭にお手々を当てられ、止められた。
むにっと感じるぷにぷにの肉球が素晴らしい。
「ん?このまま?え、食べづらくない?」
「んにゃうっ」
「うなー」
骨についてるのがいいんじゃーん的なことを言われた。
「えー、まあいいけど、じゃあ、ここに置いとくよー」
取り出した小皿に丸ごと置いて、後ろのダイニングテーブルに置く。
蘭もテーブルに飛び乗り、二人は揃って手羽元を丸かじりし始めた。
あぐあぐ、にゃうにゃうと美味しそうに食べている。
そんなお猫様達に、美穂はついつい手を伸ばす。
ぽふんっ、と蘭の頭に柔らかく触れ、そのまま背中、尻尾まで一息になでていく。
頭のすべすべした毛。
背中のもこもこ、猫特有の柔らかな感触。
輪を作った指を、するんっと抜けていく、しなやかな尻尾。
指の先から手根まで、手のひら全体で蘭の感触を楽しむ。
普段から美穂にされるがままな蘭は、食べ物に夢中になっている間も、好き放題されたって全く気にしない。
「わふわふっわっふん!」
──あーー!僕も僕も!
「あ、ばれちゃったか」
新しい茶の間の開け放った襖から、きな吉が尻尾をぶんぶん振りながら、台所へと駆け込んで来た。
忍者なお猫様と違って、チャッ、チャッ、とフローリングに爪が当たる音が聞こえてきた。
「キュンキュンッ、クーン、キューンッ」
──ね、ね、僕も僕も!僕も食べるー!
「はい、はい、ちょっと待ってねー」
「ワンッ」
──はい!
お行儀よく返事をしたものの、食べたくて仕方がないらしい。
きな吉はキュンキュン鳴きながら、美穂の周りをウロウロする。
(あー、手羽元あと四個しかない。でも、三個じゃ足りないよねー。練り物も追加しよう)
彼らは幻獣となったことで、猫や犬だったときには害があったものでも食べられるようになった。
「じゃあ冷ますからちょっとまっぷ……ちょっ」
ちょうど頭の高さが美穂と並ぶきな吉が、ベロンベロンと美穂の顔を舐め始めた。
「わかった、わかった。わかったから、ちょっと待って」
それでも、何とか手元を見ながら、美穂は手羽元と練り物を冷まそうとする。
しかし、その巨体の力でグリグリされると中々難しい。
「きな吉!」
ピンッ!と、その耳が立った。
「──おすわり!」
ピシッ!と、きな吉がおすわりした。
幼くて感情に素直な体になっても、これには反射的に体が反応してしまうらしい。
(う〜ん、でかい)
モッフモフだ。
「はい、ど〜ぞー」
体が大きいので、手羽元を三個と練り物をお皿に置くと、きな吉が凄まじい勢いで皿に顔を突っ込んだ。
「いっぱい食べな〜」
ガタガタと音を立てる皿がひっくり返りそうだ。
「にゃぅん」
「はいはい、二人も練り物ねー」
お猫様二人は、もう手羽元を食べ終えたらしい。
催促の声に、練り物を一個ずつ二人の皿に置いた。
「大ちゃんとおはぎは食べる〜?」
「俺はいい。それは美穂の夕飯だろう」
「そうよ〜、あなたたちもそれくらいにしときなさい。美穂のご飯が無くなっちゃうでしょ!」
「美穂もあまり甘やかさないように」
「はーい」
大人組からのお叱りにより、子供組のご飯タイムは終わりで〜す。
◇
コンロの火を弱める。
「これも魔力で動いてるのよね……」
ファンヒーターや冷蔵庫同様に、魔道具となったガスコンロ。
家庭設備の動力源となっている魔石に定期的に魔力を込めれば、家庭設備は全部問題なく使える。
美穂は調味料入れから鰹顆粒出汁を手に取った。
かぱっと蓋を開けて計量スプーンにすくって、さっ。
ちなみに美穂は出汁は取らない。
だって面倒くさいもん。
世の中は「本格料理派」と「料理は効率派」がいる。
美穂は「効率よりの、美味しければ良い派」だ。
美味しい物の為に手間は惜しまない。
しかし、どっちも美味しいなら当然ながら楽な方を選ぶ。
蓋を開け、スプーンですくって入れるだけで出汁が取れるのだ。
これぞ、技術の進歩。
(この時代に生まれてよかった)
現代技術、バンザーイ!
ぴーっぴーっ
「あ、もうご飯炊けたんだ」
炊飯器の音が聞こえ、美穂は鍋に蓋をした。
すぐ側にある炊飯器の蓋をカパッと開ける。
勢いよく開いた蓋の下から、炊きたてご飯特有の香りがしてきた。
白く艶々のお米が顔を覗かせる。
「おーいーしーそぉぉっ!」
炊きたての白米はなぜこうも食欲をそそるのだろうか。
「どうしよう……焼きおにぎり食べようと思ってたけど、白米も食べたい」
美穂は悩む。
(……うん、どっちも食べよう)
お茶碗一杯分を白米にして、残りは焼きおにぎりにしてしまえばいい、という画期的な結論である。
白米で食べる分だけ残し、しゃもじですくってボールに取り、まずはおにぎりを握っていく。
「ひゃああっ、冷たい!!」
手を冷水……というかひえひえの水道の水で冷やして、お米を手に取る。
「よっ、ほっ」
「あちちっあちちっ」と言いながら、固くなりすぎないよう、ふんわりと三角形にしてお皿に並べる。
少し小さめにしたおにぎりが三つ並んだ。
「お味噌~、お味噌~」
美穂はコンロの下の棚を開ける。
小川家では、焼きおにぎりといえば味噌だ。
一般的に焼きおにぎりには醤油を使う、というのを美穂は最近まで知らなかった。
たまたまつけた料理番組で「調味料はこちらです!」と、醤油が用意されていた時の衝撃たるや……今でも忘れられない。
焼きおにぎりに使う味噌は、祖母曰く古い味噌が良いらしい。
小さい頃にちらっと聞いただけなので理由は覚えてない。
しかし、たまに焼きおにぎりが食べたくなる美穂は、焼きおにぎり用の味噌を確保していた。
美穂が手に取った陶器製の容器に入っているのは、小川家の自家製味噌だ。
祖母から教わって小さいころから何度か作っているので、美穂も作り方を知っている。
醤油は知らない。それは祖母も市販のものを買っていたからだ。
陶器の蓋を開けると、市販の味噌よりも大豆の原型が少しだけ残り、粒が荒い味噌が顔を出す。
この味噌は美穂の祖母が亡くなる少し前に大量に仕込んでくれていたものだ。
普段は消費しきれないからとそんなに作っていなかったのに、明らかに2年分以上。
腐らない程度は持つ、というほど大量に仕込んでいたのだ。
祖父母が亡くなって落ち込んでいた気分が落ち着いてから、ようやく気が付いた。
孫娘の性格をよく知っている祖母は、きっと自分の死期を悟っていたのだろう。
自分たちがいなくなったあと、喪失感で美穂が何も手につかなくなると分かっていたから、ひもじい思いをしないように作ってくれていたのだろう。
外にある蔵には味噌以外にも、自家製の梅干しや梅酒、漬物もある。
蔵いっぱいに詰められていたのを見た瞬間、祖母の想いを知り泣いてしまった。
同時にそれを見たおかげで「いつまでもめそめそしていては祖父母が安心できない」と、立ち直ることもできた。
「お味噌はそろそろ仕込まないとダメかなぁ」
祖父母が亡くなってもう2年。
完成するまでの期間を考えると、そろそろ仕込みをしないと無くなってしまう。
今までは農家の時間の無さを言い訳にしていたが、お客が来ない限りは無職に等しい今、自由時間はたっぷりある。
(今月中にやろうかな)
そう思いながら、美穂は味噌をボウルへと出した。
そこにみりんをトパッ、箸でぐりぐりと混ぜ、ペタペタぬりぬりと、おにぎりに味噌を塗っていく。
塗り終わったおにぎりはトースターへ、イン。
ツマミをぐりーっと捻った。
美穂は表面に焼き目がついて、カリカリになるまで焼くのが大好きだから、時間は少し長めに。
網の跡がついたおにぎりが好みだから、アルミとかも敷かない。
くっついた味噌は後で洗えばいいのだから。
次回より、金曜日、土曜日、日曜日、月曜日の夜20:30に投稿を行います。




