4話『雪だあああ!走りたい!走りたい!走りたい!』
「う~ん、どろどろ」
毛だらけ、ヨダレだらけになっている自分の姿に、美穂は苦笑いした。
家の中ならまぁいいやと、放置するところだが、流石にお客さんが来る店の中をヨダレでベトベトの手で触る訳にも行かない。
「うーんと、異能の使い方は」
ふわっと浮かんだイメージに両手の手のひらを目の前で上にしてみると、銀色の光の粒が集まり、一冊の本──魔本が現れた。
それは、美穂の意思に従いそのまま宙に浮いている。
「検索、ハンカチ、犬柄、猫柄」
小さく呟くと、一人でに開いた本のページがパラパラと捲られて行く。
そして、止まったページの両面に、手ぬぐいの写真が浮かび上がった。
これは美穂が神にお願いしていた生活の保証の一つ。
最初は日用品とか、食材が得られればと思っていたのだが、もはや某ネット通販サイトも真っ青なレベルで何でも手に入る能力に変貌している。
ベタベタの手で触らないように宙に浮かしながら、手で触れずにページを捲っていく。
「あ、これ可愛い」
黒猫のハンカチに、美穂の目が止まる。
じゃあこれ、と選ぶと手元に選んだハンカチが現れた。
「うんっ、凄い便利」
言葉尻に♡が付きそうな音色で、美穂は楽しげに言う。
欲しいと思ったものが欲しい時に手に入る。最高の異能だ。
ちなみに異能が本なのは美穂の趣味。
(あの神様は異能を発動したら、頭の中に候補一覧が表示されるようにする、なんて味気ないこと言ってたけど)
魔本を消し、手に持ったハンカチをお店の厨房の水道で濡らす。
ここの水道はすべて近くの湧水から引っ張ってきているものだ。
排水された水は、設置された魔法で浄化し、近くの川に流しているらしい。
それで手を拭いて、顔を拭いて、最後に手袋に魔力を流して浄化した。
「……うん、魔力の制御も大丈夫ね」
本来なら、使徒であっても魔法は魔力を制御するという基礎から始める必要があるという。
しかし、美穂は最初からある程度の制御ができるようにしてもらっていた。
何しろ大魔法の内、結界の大魔法だけは発動できる状態にしてもらったのだ。制御出来なければ発動できない。
ただし、使えるようにしてもらったのはそれだけなので、他の魔法はきちんと自力で覚えなければいけない。
「さてと、まずは……お店の探検、してみない?」
ハンカチをそのままシンクに掛け、美穂は思い思いにお店のあちこちで匂いを嗅いでいた家族に、そう提案した。
というわけで美穂たちのお城の探索だ。
この建物は二階建てで、一階部分にある小さな厨房はカウンター内にある対面式。
男女別のお手洗いもある。
お店側からは見えない位置には、犬猫たち用のトイレを置く部屋もあった。
見知らぬ人が来るお店で人目がある場所に置くと落ち着かないかな、と思ってお願いしていた部屋なのだが……
(たぶん、使わないよね……?元から山の中でトイレすることも多かったし)
美穂は巨体になった家族の姿を眺める。
(うん、この巨体だとむしろ中のトイレは窮屈かも)
ちょっとでかすぎる。モフりがいはあるが。
階段を上ると、扉も仕切りもない広い空間が広がっていた。
階段正面には、一面に木枠のガラス戸が4枚とテラス。
「うわ、すっごい雪」
そのテラスから見えた真っ白な景色に、美穂は目を奪われた。
一面に広がる白銀の世界。
冬なのに葉っぱがあるのか、白銀の中にちらほらと緑が見える。
とっても寒そうだ。
(でも、誰も歩いたことがない、真っ白な雪の上を歩いて足跡をつけるのは楽しそう)
そう、思ったのは美穂だけではないらしい。
子犬の頃からの山を駆けているきな吉の褐色の瞳がきらきらと輝く。
くるんと丸まる尻尾が、ぶんぶん!と勢いよく振られ始めた。
笑いながら一階へと降り、カウンター奥の扉を開けると……
「うっわぁ……」
一面に広がる白銀の雪景色が視界を埋め尽くした。
石畳が敷かれた道だけは、神が最初のサービスだと言って横幅1mほどを除雪をしてくれていた。
そこに、しとしとと降る雪が、薄っすらと積もり始めている。
とても冬らしく美しい光景だ。
しかし……
「さ、さむ………っ」
美穂は入り込む冷たい冷気に身を震わせた。
美穂が今着ている服はブーツを履いている以外、ここに来る直前に着ていた冬用の部屋着だ。
今の時期は日本も冬。それも年始を数日過ぎただけの真冬である。
夜であっても………否、夜であるからこそ安全のためにストーブを消していて、そうなれば真冬の冷え込む夜は非常に寒い。
冬らしく半纏を羽織っているが、それでも外に出るには向かない格好。
何故家ではなく店の方に転移させたのか、と神を少し恨む。
「んにゃっ」
「ひゃっ!?」
首筋に唐突に冷たい感触がして、体が跳ねた。
なんだと思っていると、どうやら椿の肉球のようだ。
美穂の肩に飛び乗った椿のぷにぷにした肉球は、今の美穂の手の様に冷え切っている。
「えっと………椿さんは何をしているのかな」
戸惑う美穂を他所に、器用に肩のあたりをぐるぐるとしていた椿が、これまた器用に美穂の首を腹に抱え込むように丸まった。
もこもこふわふわのお腹の毛が首を覆う。
(たまらん……最っ高)
「にゃ」
「あ、はい」
──寒かったからここであったまる
その毛の感触に、うっとりとしていたら……そう、返事が返って来た。
てっきり美穂が寒いと言ったから、天然湯たんぽになってくれたのかと思った。
しかし、逆だったらしい。
天然湯たんぽの役目が与えられたのは、美穂の方だった。
美穂はちらっ、と蘭を見る。
蘭もまた寒いのか、大福丸の頭の上で香箱座りをしていた。
寒さに震える人間とお猫様を他所に、元気いっぱいなのがワンコだ。
「わっふ、わふわふ!わっふん!」
──行かないの?行かないの?
きな吉はに雪の中に突っ込み、美穂たちを振り返った。
「ふふふっ、行こうか」
寒さなんてへっちゃらだと雪の山に突っ込むさまは、流石は東北の雪山を駆ける犬種だ。
『犬は喜び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる~』と、有名な歌が美穂の頭の中に流れた。
「大ちゃんとおはぎはいいの?」
「あまり走り回りたい衝動はないな」
「そうね~、ゆったりしたお散歩で十分だわ」
そう言った二人は、尻尾をふりふりとゆったり振りながら、石畳の上を歩く美穂の傍をのんびりと歩く。
石畳は雑木林の中を突っ切るように続いている。
そこを歩いた先に、美穂たちの家があった。
田舎らしく縁側があって、畳部屋もある6LDKの家。
二階建ての家屋は、美穂の両親が亡くなる直前にリフォームしたと聞いている。
それまでは、囲炉裏のある田舎の日本家屋らしい茅葺屋根の家だったらしい。
しかし、目の前に立つのは現代的な建物だ。
美穂が生まれたのは日本屈指の豪雪地帯だ。
その屋根は雪が落ちやすいよう、非常に急な角度となっている。
窓は当然ながら、冷気を通しずらい二重構造だ。
その家の裏手には見慣れた畑がある。
「わっふ、わんわんわん!!」
興奮したきな吉の声に彼がいる場所を見ると、茶の間の窓側に見慣れぬ広い芝生が広がっていた。
人の背丈はある柵に囲われている広大なドッグランは、神にお願いしていたものの一つ。
この世界は動物よりも遥かに危険な魔物がいる世界。だから、家族が安全に遊べる場所が必要だった。
どんな種族になるか、わからなかったからこそ頼んでいたが、今の彼らには、もしかしたら不要な配慮だったかもしれない。
そう思うも、雪をかぶり始めた様々な遊具も並んでいて、きな吉が大興奮していた。
「うっわ……広」
家がいくつ入るんだろう、と思ったドッグランは向こう側の柵が肉眼では見えない。
「早く開けて、早く早く!」と、きな吉が騒ぐ。
「あはは、これ見たら走りたいよね~」
家の中からだけではなく、玄関側の柵からも入れるドッグランの柵を開けると、まるでロケットの様に彼は飛び出していった。
「怪我しないようにね~」
とは言ったものの、よっぽど体力が余っていたのか、思いっきり芝生に突っ込んでいったきな吉。
たぶん、美穂の声は届いてない。
「犬だった頃より頑丈になってるんだ。そうそう怪我はしないと思うぞ」
「そう?」
「それより早く家の中に入りましょう?体が冷えちゃうわ。女の子にとって冷えは大敵なんだから」
ぐいぐいとおはぎに鼻先で体を押され、ペットドアから先に家の中へと入っていった蘭の後を追うように、美穂たちも家の中へと入っていった。
冬のお猫様の肉球って冷たいですよね~




