26話『この世界の友』
お店を開店して一年半。
そんなに来ないだろう、と勝手に思っていたお客さん。
しかし、いざ開店してみるとかなりのお客さんが来た。
『あー、まあ皇狼と紅大山猫を連れていたからねぇ』
『かなり目立ってたよ。あれでひっそり店を開きたいっていうのは無理があるんじゃないかなー』
『引きこもり狩人の孫が町に来たんだから、みんな気になるって』
みんな苦笑いしたり、生温か~い目をしたりしながら、そんなことを言っていた。
ちなみに「引きこもり狩人」というのは、美穂の祖父のことだ。
美穂たちは、神がなんやかんやして、この世界に元からいた存在となっているため、祖父母や両親もいたことになっているのだ。
だから、存在そのものは認識されていた。
ただし……高い塀に囲まれた安全な街の中ではなく、魔物がいる森に暮らす──変人一家として。
初めて聞いたときは、神へ「どういうことだ!」と、ピキッときたが、おかげで使徒であることがバレにくくなっているのも事実。
ひとまずその認識は受け入れた。
しかし、決して変人だと認めたわけではない。
──カラン、カラン
「いらっしゃいませ」
扉につけた鈴の音に、美穂は顔をあげた。
「じゃまするよ」
店へと入ってきたのは、狼の肉厚な耳とふさふさな尻尾が素晴らしい常連、狼獣人のロイターだった。
(うん、今日も素晴らしいお耳とお尻尾だ)
「今日はお茶会かい?」
「はい、久しぶりにみんなの休日があったので。私は……まあ、一応働いてますけど」
店にいても、働いているとは言い難い自覚はある。
「いいじゃん、別に。むしろ、私としてはこの店のそういうところが来やすくて好きだよ」
「うむ、店員や店主を気にせず自由に、というのは存外に客側も楽なものだ」
「野菜を食べつくしても怒られないしねぇ」
「お前はもう少し遠慮しろ」
あははは!と、店の中に笑いが満ちた。
エルフ族のナタリー、鬼族のルイーザ、人馬族のルルエ。
種族も年齢も違うが、この店の常連であると同時に友人でもあった。
「相変わらず仲がよさそうだな」
そんな女同士の遠慮ないやり取りに、魔法鍵を購入し、軽食と飲み物を手にするロイターは微笑ましげだ。
「今日もゆっくりさせてもらうよ」
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
ゆったりと尻尾を振りながら二階へと行くロイターを見送る。
ついつい尻尾を凝視してしまった美穂に、友人たちは苦笑いを浮かべている。
「相変わらず獣人の尻尾が好きねー」
「獣人さんの、じゃなくてふさふさのもふもふが大好きなの。ねー、椿ー」
美穂は膝の上で丸くなっていた椿の頭をなでる。
いつも一緒にいる蘭は、近くに家族以外がいるときは近づいてこない。
今はキャットウォークから行ける店の出窓にいる。
椿がゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「ロイター殿なら大丈夫だろうが、あまり男を凝視するものではないぞ」
「そうだよ。ミホは美人さんだし、心配……は、きな吉たちがいるから大丈夫だろうけど」
「ちゃーんと人は選んでるし、店の外だとやらないよ。男好きとか噂が立っても困るし」
その振動とビロードの毛は、相変わらずうっとりとするほど魅惑だ。
「でも、ミホは見た目だけならおっとりして、気が強そうに見えないからねぇ。勘違いした男が馬鹿をしでかす可能性はあるわよ?」
「……実際は見た目を裏切るけどね」
「ミホが存外に気が強いと知ったときは驚いたぞ」
好き勝手に言っている友人たちに、美穂は肩をすくめた。
ルイーザが言っているのは、友人たちや他の常連もいたときに来た、迷惑客の話だ。
大福丸たちの存在で知名度があり、そして大福丸たちが安全だと知れ渡れば、当然やっかいな客は来る。
一度だけだが。
しかし、美穂に「お客様は神様」なんていう精神はない。
『──当店のお客様ではないようですね』
もふもふ姿の大福丸たちが殺気立っていたが、契約獣だから暴れないとも思っていたのか、単に頭が足りなかっただけか。
強気だった男の言葉を遮り……
『申し訳ございませんが、当店はお客様以外のご入店は固くお断りしております』
『はあ?それが客にたい──』
当然、容赦なく店から締め出した。
『大ちゃん、さっきの不法侵入者が外で騒いでるみたいだから、町まで送り届けてくれる?お客様の迷惑になるし』
防犯結界で入れなくなり、怒鳴り声が店に届くほど逆上していたが、大福丸が丁寧に町の警備隊に引き渡してきた。
そのとき、大福丸は相当威圧してきたらしい。
二度目の来店はなかったし、同じような迷惑客は来ていない。
『だ、ダイフクマル殿……めっちゃ怖かった……』と、目撃してしまったらしい常連が言っていた。
「あそこで下手に出ても舐められるだけだからね」
「別にあの対応を非難しているわけではないぞ?ただ意外だと思っただけだ」
「ああいうのは、ガツンッて言わないと舐めた態度を取るからねぇ」
「そういう発言もだ」
ルイーザがくつくつと笑った。
「私たちは慣れてるけどね」
「初めて聞いた人はびっくりよ」
「それが私よ」
「それだけ毛が好きならさ……結婚はやっぱり獣人がいいの?」
「毛って……言い方」
間違っていないが、美穂は毛なら何でもいいわけじゃない。
ジト目になった美穂に、ナタリーは「ごめんごめん」と笑う。
「もふもふね、もふもふ」
「そうそう、毛とモフモフは全然違うから」
友人たちは苦笑いする。
美穂のこのこだわりは、何度聞いても彼女たちには理解できないようだ。
(結婚ねぇ、考えていないわけじゃないけど……どんな人かって言われると)
「結婚したい人の種族を考えたことはないかな」
「へぇ、意外」
ナタリーは、美穂が焼いたクッキーをつまみ、ぱくりと食べた。
「あ、これも美味しい」
「ありがとう」
美穂も抹茶クッキーを一つ食べる。
サクリ、と軽い感触がした。
(うん、今日も最高の出来栄え)
「私はてっきり結婚するなら獣人なのかと思っていたぞ」
ルイーザが彼女の体の大きさに合うティーカップを傾け、ミルクティーを一口飲んだ。
その隣で、厚めの絨毯を敷いた床に足を畳んで座りくつろいでいるルルエが、人参で作ったカップケーキのカップを剥いていた。
「あれだけもふもふ、もふもふ〜って言ってたものねぇ」
「モフモフは好きだけど、結婚したい人ってなったら別じゃない? 性格とか相性もあるし」
「あ、ミホは性格重視派なんだ」
「外見がどれだけ好みでもさ、性格合わなかったら嫌じゃない?」
使徒という秘密がある美穂の場合は、信頼できるという要素は絶対条件だ。
「みんなは違うの?」
「う〜ん、私はイケメンだったらなんでも許せちゃうかも」
「相変わらずだな……」
「あー、ナタリーはそういうタイプなんだ。ダメ男ばっかり引っ掛けそう」
「私はそのうち、顔だけの男に騙されないか心配だぞ」
美穂が呆れ、ルイーザが本当に心配そうに言うと、ナタリーは、むむむっと唇を尖らせた。
「私が好み言うと、みーんなそう言う」
「みんな、あなたを心配してるのよ?」
「分かってるけど〜」
(まぁ、個人の好みだし、外野が何を言っても変えようがないしね)
「ダイフクマルとか、すっごいかっこいい」
「……大ちゃんは、おはぎがいるからね?」
「分かってるって〜」
美穂に対しては過保護な好々爺的保護者だが、一般的には無表情で近寄り難い雰囲気をした、冷たい感じのイケメンだ。
女性客の中には、そう言う美形に蔑まれたいという性癖の人がいる。
大福丸に真正面からお願いして、常連の間では勇者扱いされている、若い只人の女性だ。
大福丸に冷たーい目で見られて、キャーキャー言っていた。
「私の話はもう終わり!ねぇルルエは?」
「私?」
これ以上はもう突っ込まれたくない、と言わんばかりにナタリーが、次にルルエを指名する。
水を向けられたルルエは、くすくすと笑いながら「そうねぇ」と少し考える。
「食の好みを受け入れてくれる人、かしら。でも、同族はないわねぇ」
「え?なんで?」
苦い顔をしてそう言ったルルエに、ナタリーがキョトンとし、聞く。
美穂も気になって、カップケーキのカップを剥いていた手を止め、顔を上げた。
「だってあいつら、自分たちだって野菜が好きなくせに私の野菜好きは異常って言うのよ」
「ありゃりゃ」
「うっわ……」
「うむ、人の好みを否定するのはよくないな」
「逆に同族じゃない男性は、人馬族が野菜好きって思ってるから、人馬族らしいねって言ってくれるの」
「それは確かに同族が嫌になるわ……理解しろとまではいわないから、否定するのだけはやめてほしい」
美穂もそれは耐えられない。
「うむ……ルルエもそうなのか。私も同族は少しな……」
「ん?そうなの?」
苦笑いするナタリーは、理由を知っているらしい。
「どうして?」
「私の好みは知的な男だ」
美穂は、うんうんと頷く。
ルルエが、何か気がついたように「あ……」という顔をした。
「しかしな……」
ルイーザはため息をついた。
「我々鬼というのは、脳筋が多い」
「……あー、そういうこと」
そして、美穂も理解した。
「だが、この国であっても、異種族と結ばれるのは難しい」
「……そうだね」
この国は他種族国家であり、多種多様な種族が暮らしている。
しかし、異種族間で結ばれるというのは、地球でいう国際結婚に近い。
(むしろ、それ以上かも)
何せ、あちらは人間同士。
そして、こちらはそもそも種族が違う。
種族間の価値観や習慣の差というのは、本能的な習性に起因していることがほとんどだ。
例え惹かれあっても、お互いの習慣が受け入れられず別れる、ということがそれなりに多い。
だから、他種族国家であるこの国でも、異種族同士の夫婦というのは非常に少なかった。
(ままならないもんだなぁ……)
◇
「──はぁ……結婚かぁ」
すっかりと日が沈んだ夜。
夕飯も食べ終え、美穂は茶の間でゴロゴロしていた。
今は夏。
毛布を取っ払った座卓の下で蘭がゴロンと寝転がり、椿はキャットタワーの上にいた。
ワンコたちも、美穂と一緒に畳の上でゴロゴロしている。
「美穂はどんな人がいいとかないの?」
「う〜ん、そうだなぁ」
縁側の開け放った窓から、涼しい穏やかな風が入ってきた。
風鈴が涼やかな音を立てる。
自作した蚊取り線香もどきの香りが、鼻を抜けた。
「……大ちゃんみたいな人が良いなぁ」
「あら、あらあらあら」
「……そうか」
ポツン……とこぼした美穂の言葉に、おはぎが楽しそうに笑う。
体を伏せたままだった大福丸の声は、相変わらず淡々としている。
しかし、その丸まった尾は、先ほどより少し早く、パタパタと畳を叩いていた。
この世界の住人たちは、神がなんやかんやしたことで、実際に美穂たちを見た記憶があります。
美穂が小さい頃の記憶もありますし、美穂のお母さんが美穂を妊娠していたときの記憶もあります。
なので、美穂たちの存在を知っています。
ただし、話したことがある記憶を持つ人はいません。
あくまでも「町に来たのを見たことがある」程度です。
知人と呼べる程度に親しくしていた記憶を持つ人もいません。
それなのに「生活はどうしてたんだー」とか、「いつからあそこに住んでるんだー」とか、違和感をだれも抱かないのは、神のお力のすごいところです。




