25話『本の迷宮喫茶で一番恐ろしいのは』
──本の迷宮喫茶
この店には、ご要望箱というものがある。
例えば──こんな本が読みたい。
──こんな軽食が食べたい。
──こんな飲み物がほしい。
──こんな椅子は用意できないか。
そんな要望を、カウンターに置かれたアンケート用紙に書き、投函するのだ。
店主の気が向けば、投函した要望が店に反映される。
今のところ、要望した本は全て数日後には入荷していた。
椅子やテーブルなんかの要望も一週間以内に全て通っている。
しかし、軽食や飲み物、売り物の雑貨などが反映されるのは、非常に遅い。
面倒くさがり屋の店主である。
店主自身の手間がそれなりにかかるものは、店主の気質を表すかのように、のんびり自由気ままだ。
要望を書いた客が忘れたころ店に出ることも多い。
珍しく即日対応したかと思えば、ひと月だけの期間限定だったこともあった。
しかし、店の客の一番の目的は本。そして、ここで過ごす居心地のいい時間。
本さえ入荷すれば、他はあまり気にしない客が大半だった。
ハイネスは個室の利用定期券を購入し、定期的に入り浸っている研究家だ。
おそらく店主の次に店の蔵書を把握しているくらい、この店に入り浸っている。
なんなら個室を研究室代わりにし、ひと月ほど滞在し続けていたこともあった。
店主からは何も言われなかったが、これでは迷惑客だと、慌てて自宅へと帰ったものだ。
……帰ったら、妻にどちゃくそ怒られた。
(ふむ、先月のあれで個室の定期券の期限は切れたしな……)
同じことを繰り返さないために、定期券の購入はやめるべきだろうか。
(……きっと、またやるだろうし)
ハイネスは自分の性格をよくわかっている。
絶対、本に夢中になったり、本を読んでいる間に思いついた研究に没頭し、また入り浸るだろう。
(店主には迷惑をかけるし、妻には怒られる……)
怒った妻は怖い。
普段は優しいだけにめちゃくちゃ怖い。
(もしや、店主もだろうか……)
おっとりしていて、客が一か月も個室を占領してもまったく怒らない店主。
ハイネスは、ああいった人種は怒ると怖いのをよく知ってる。
だって、妻がそうだもの。
穏やかな森の音が聞こえる小道を抜けて「open」と書かれたおしゃれなプレートが下がる扉を開く。
いつもと変わらぬ穏やかな空気が流れていた。
『ただいま、店主はお昼休憩のため、不在です』
タブレットが店主の不在を知らせていた。
その隣にあるご要望箱を見て、ハイネスはふと、とある本の存在を思い出した。
数万年前に、たったの10冊だけ作られ、現存するのは片手で数えられるほどしかないと言われている魔法大辞典、その初版だ。
すでに失われた古の魔法や、小さな部族のみが使っていたとされる魔法すら載せられているとされている、究極の魔導書。
現在、確実にその保管場所がわかっているのはたったの三冊だけ。
しかも、全て国宝として大国が所持し、厳重に保管している。
(もしや、ここの店主ならば手に入れられるだろうか)
手に入らないことが当たり前すぎて、要望しようとすら思わなかったほど、非常に貴重な本である。
しかし、今まででも絶版となって久しい本や、在り処がそもそも分からない、といった本であっても必ず入荷要望を叶えてきた店だ。
(さすがに、魔法大辞典の初版となると難しいだろうが……)
ダメで元々だ。
大して期待もせずに、ハイネスは魔法大辞典の入荷を希望することを書いたアンケート用紙を、ご要望箱へと投函した。
──数日後。
「いらっしゃいませ」
ハイネスが再び店を訪れると、店主が店番をしていた。
その傍の小上がりには、モモフモフ姿でくつろぐ皇狼が勢ぞろいしていた。
「あ、ハイネスさん」
「ん?何かね」
ハイネスの姿を見た店主が立ち上がる。
「先日ご要望いただいた本、入荷しましたよ」
「……」
ハイネスは何を言われたのか分からなかった。
直近でハイネスがアンケートを投函したのは、あの魔法大辞典のみ。
それ以前の本は既に入荷済みだ。
「こちらですよね?」
カウンター内へ入った店主が屈んで何かを取り出……そうとして持ち上げられず、顔をあげた。
無表情の美男子姿になった皇狼がカウンターに入り、非常に分厚く、縦横厚み全てが30cmはある巨大な本を、店主の代わりにカウンターへ置いた。
それを凝視したハイネスは目を点にし……
「……は?」
「こちら、魔法大辞典の初版となります」
はくはくと口を開け閉めし、絶句する。
「な、な、な……」
そして……
「──そ、それが手に入ったのか!!?」
カウンターに飛びついた。
「どうぞ、手に取ってご覧ください」
「お、おお……なんということだ」
すでに絶滅とされる高位魔獣の皮や魔草を鞣し、漉かし、革張りの表紙や紙が作られている。
その内容を記しているインクもまた、失われた製法で作られていた。
その耐久年数は、本としての常識の範囲外であり、その内容のみならず、本を構成するすべてに歴史的価値がある。
大国の王家でさえ、新たに手に入れるのは不可能と言われていた魔導書。
一体全体どうやって手に入れているのだろうか。
(この店主の伝手はいったいどうなっているのだろうか)
そんな疑問を抱くも、ハイネスはすべて飲み込んだ。
詮索されることを嫌がった店主が店を閉じてしまったら困る。
何より……
(ダイフクマル殿が恐ろしいしな)
常に店主の傍にいる皇狼。
契約獣たちのリーダーであり、纏め役である彼は、店主に対して非常に過保護だ。
店主と少し話すだけでも、寝ていた体を起こしてじっと見てくるのだ。
店主に害がないと分かれば体を伏せ始める。
しかし、少しでも店主を困らせれば……すぅっと目を細め、雰囲気が瞬く間に剣呑になるのだ。
怖い。とっても怖い。
(どこぞの馬鹿は、殺気立ったダイフクマル殿に首根っこ掴まれて放り出されたという話だ)
──自分の出した要望がいつまで経っても店に反映されていない。
そういって、店主を威圧的に問い詰めた男が、出禁になったと聞く。
(そんなくだらないことで、この素晴らしい店から出禁を食らうなど愚かなことだ)
ハイネスからしたら理解できない人種だ。
「こ、これを読んでもいいのだろうか……?」
「はい、防汚魔法と防犯魔法は既にかけておりますので、お読みいただいて結構ですよ」
「うっひょおおおっ!!感謝するぞ店主!」
身体強化魔法で腕力を強化したハイネスは、ハイテンションのまま近くのテーブルで貪るように本を読み始めた。
◇
美穂は、ハイネスが夢中になって本を読んでいるのを横目に、コーヒーを淹れる。
「皆もコーヒー飲む?」
「飲む」
「私も飲もうかしら」
「僕、ミルクとお砂糖たっぷりで!」
はいはいはい!と自己主張するきな吉に、美穂も「はいはい」と言って頷く。
「私はいらない~い」
トンッ、とキャットウォークから降りてきた椿が、カウンターに座った。
客がいるときは絶対に降りてこない蘭は、出窓ですっかり寛いでいるようだ。
「ねぇ、あの男にあれ見せて大丈夫なの?」
椿が、ちらっとハイネスを一瞥した。
「読めてるってことは大丈夫よ」
様々な種族や部族の魔法が載せられたあの本には、今では使用を禁じられている魔法も載せられている。
美穂もさすがに、そんな本をただの防犯魔法だけで店に出しはしない。
悪用しそうな人には、本そのものが見えなくなる幻惑魔法をかけているのだ。
ハイネスが本を読めている、と言うことそのものが、彼がそんな魔法を悪用することはないという証明になる。
「ふ~ん」
自分から聞いておいて、椿は興味なさげに寝そべった。
美穂たちがそんな話をしている間にも、ハイネスは血走った目で魔法大辞典にかじりついている。
(見た目は確かに妖しいけど……)
彼はきっと、一般的には迷惑客に分類される人だろう。
しかし、美穂からしてみればちゃんと話は通じるし、常識もある良識的な客である。
ぶちぎれた大福丸はおっかないです。
他のもふもふ家族は店のアイドルになってますが、大福丸にそんな接し方をする客はいません。
ですが、そのお陰で大福丸に睨まれたくないお客さんは、気になっても美穂にまったく詮索しません。




