24話『本の迷宮喫茶の高度な技術』
──本の迷宮喫茶
一時は不安の声が大きかった店だが、この国は元々他種族国家。
多種多様な価値観や習慣、能力を持った種族が集まる国である。
住人たちは、自分と違う存在を受け入れることに慣れている。
通う常連たちに怪我人がいないのだから、店の存在が受け入れられるのは、あっという間だった。
(受け入れられる事と、実際に行く度胸があるかはまた別だがな)
警備隊に勤める無類の本好き、狼獣人のロイターもまた、本の迷宮喫茶の常連だ。
「open」と洒落たプレートが下がる扉を押す。
穏やかな音楽が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
年若い女性店主は、今日は店にいるようだ。
カウンター席に座る彼女の膝の上には、丸くなって眠る紅大山猫。
愛らしい外見だが、その正体は恐ろしい高位の幻獣だ。
それを、この店主はただの猫のように扱っている。
(俺には絶対に無理だ……)
「今日もゆっくりさせてもらうよ」
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
(あいかわらず……とんでもない技量だな)
ゆったりとした店主の挨拶とは裏腹に、店の中に施されているのは、高度な魔法の数々。
幾度となく抱いた感想であるが、来店のたびに感嘆してしまう。
魔力が比較的少ない傾向にある獣人の中でも珍しく、ロイターはエルフ並みの魔力を持つ。
それを生かそうと、警備隊の育成学校で魔法や魔力の分野を専攻していた為、魔法を解析することが非常に得意だ。
そんなロイターから見たこの店は、異常の一言だった。
一体、何十もの魔法を同時に展開しているのだろうか。
どれも魔方陣を起点とする魔方陣魔法のようだが、制御しているのは店主自身だ。
魔方陣魔法というと『魔方陣が魔法を制御している』とよく勘違いされがちだが、そんなことはない。
人の制御を必要とせず稼働するのは、魔力回路や、魔力文字コードを内部に刻む"魔法工学による機械技術"だ。
魔方陣技術は、あくまでも『魔法の制御を補助する』魔方陣を使用した"魔法を使う技術"だ。
魔法の制御そのものは、術者本人が行う必要がある。
──悪意ある存在の侵入を防止する"防御結界魔法"。
──室内の温度を一定に保つ"空調魔法"。
──カウンターで回っているレコードの音を、店全体に均等に響き渡らせる"音響魔法"。
──本の盗難を防止する"盗難防止魔法"。
──無銭飲食や、盗みを働こうとした客をつまみ出す"防犯魔法"。
──暖炉の火の延焼を防ぐ"防火魔法"。
有名どころだけでも、これだけの魔法が使われている。
この居心地のいい空間を維持するための、細々とした魔法は他にもある。
無人販売機や冷蔵庫の設置。
魔法鍵と、盗難防止魔法や防犯魔法を連携させる、魔力回路の構築。
それらすべてを、店主が行ったというのだから驚きだ。
(しかも、これで基礎教育しか受けていないというのだからな)
つまり、それらの魔法や魔法工学の知識、技術は、すべて店主の独学。
『もともとオタク気質があったので』
店主はのほほん、とそんな事を言っていたが、それだけでできるようになるほど、魔法も、魔方陣も、魔法工学も甘くない。
店主は再び読んでいた本へと目を落とした。
いつも通りの店主を気にせず、ロイターは無人販売機へと向かった。
軽食と飲み物を購入し、二階へと続く階段を上っていく。
この店のさらに驚くべきところは、きっとこの二階だろう。
外から見れば、普通の木造二階建ての建物だ。
しかし、階段を上りきると。
──一気に視界が開けた。
塔のように、高い高い吹き抜けの天井。
その壁は、全て本棚となっている。
本がぎっしりと詰め込まれ、壁に沿って螺旋階段がある。
そう、この店の二階部分には……
──"空間拡張魔法"が使われている。
現存する魔法の中でも、適性保有者が非常に少なく、最高難易度と言われている魔法。
それが、森の奥にひっそりと佇む店に使われているのだ。
(最初は……普通の二階だったのになぁ……店主は場所が足りなくなったから、と言っていたが)
ロイターはこの店が開店したころから通っている。
いわば、古なじみの常連だ。
最初の頃は外見通りの内装だった。
この店がこうなったのは、開店してから半年ほどたってからだ。
仕事が忙しく、一か月ほど来れなかった間に、二階が変貌していたのである。
『ご要望いただいた本を片っ端から仕入れているうちに、本を置く場所がなくなってしまって……』
一体、開店から半年で、どれだけの本を仕入れたというのか。
それだけの財力も驚きだが、魔法に深い知識のあるロイターとしては、この空間の方が衝撃だった。
初めて見たときは、顎が外れるかと思った。
(この光景にも見慣れたものだ)
しかし、数ヶ月もすれば慣れるというもの。
螺旋階段を上り、目的の本を取ったあと、ロイターは螺旋階段にぽつりぽつりとある踊り場に向かった。
その横には、ゆったりと本を読むことができる空間が広がっている。
ゆったりと、深く腰をかけられる、座面の広いソファー。
本や飲み物、軽食を置ける小さなテーブル。
この2階には、ぽつりぽつりとこのような部屋がある。
ロイターが入ったこの場所のように、数人の客がくつろげる部屋もあれば、無人販売機で魔法鍵を購入して使える完全個室もある。
ホットコーヒーとホットサンドをサイドテーブルに置き、深く腰掛け背もたれによりかかる。
さて、今日も穏やかな読書の時間を、楽しむこととしよう。
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本編で入れられなかったので、あとがきで少し補足を。
この世界、というかこの国にも義務教育があります。
文字の読み書き、基礎的な計算の他、集団生活、簡単な国の歴史、地理、一般人が知っていなければいけない法律など、様々な一般教養を学ぶ場です。
ただ、種族としての風習や性質から、長期間の拘束が難しい種族も居るので、5歳からその種族の成人年齢までのうち、最低3年間が義務教育期間となっています。
ロイターが言っていた基礎教育というのは、この一般教養のことを指します。




