23話『本の迷宮喫茶のもふもふアイドル』
「──なぁ、ナタリー、本当に大丈夫なのか?」
鬼族のルイーザは、自分よりもずっと小柄な幼馴染を心配そうに見下ろした。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃない。毎回怪我一つしないで無事に帰ってきてるでしょ?」
ルイーザのちょっとおっちょこちょいな幼馴染はそう言っているが、彼女は自分よりはるかに力が弱いエルフだ。
そんな彼女が皇狼や紅大山猫なんている店に通っているのが心配で心配で、こうして店に行く彼女についていくことにしたわけだ。
不安いっぱいだったルイーザは店へと入った瞬間……
「──なんて……ことだ……っ!」
その不安が吹き飛ぶこととなった。
「──いらっしゃいませ」
店の扉を開けると、穏やかな音楽と共に、そんな出迎えの声が聞こえた。
しかし……
──ルイーザの意識はすぐに、そこにいた存在に奪われた。
がっしりとした胸板と太い脚。
背中で力強く、どこか楽しげに渦を巻くフサフサの巻き尾。
その凛々しい体躯の上にちょこんと乗る、前に傾いた三角形の耳と、困ったように優しく下がる目元。
ふわふわとした丸い顔と、白く柔らかいマズル。
ハッハッハ、と長い舌が覗く口元を笑みの形にさせながら見上げてくる、きゅるんとした愛らしい目。
可愛いものが大好きで大好きでたまらないルイーザは……
「……こ、こんな」
その生き物を見た瞬間、カァッ!!と目を見開き……
「愛らしい存在がこの世に……っ!!」
「わっふーん?」
──ズッキューンッッ!!と。
……胸を撃ち抜かれた。
「ほら、言ったでしょ?この子はキナキチっていう名前なのよ」
こうなることが分かっていたナタリーは、そう言って笑う。
走り回った直後なのか、舌を出しながらヘッヘッヘッと早い呼吸をしているきな吉の頭を、彼女はそっと撫でた。
「キナキチは今日も可愛いねー」
「ナタリーも可愛いよ!」
きな吉はブンブンと嬉しそうにしっぽを振る。
「あ、あ、あ……そんな、そんな……なんて……」
ルイーザはぶるぶると身体を震わせた。
一般的には巨体と言われる体格を誇るきな吉。
しかし、鬼族というのはでかい。もうめっちゃでかい。
でかい男なら3mは超え、男より小柄な傾向がある女でも2mは余裕で超える。
鬼族として平均的な体格のルイーザは2.3mはある。
そんなルイーザからしてみれば、きな吉のサイズは巨体のうちに入らない。
さすがに成体のおはぎや大福丸は、ルイーザからしても巨大と言えるが、きな吉は小動物とまでは言わなくとも、ルイーザの感覚からしたら普通の動物サイズ。
「──なんて、かわいいんだ!!」
(ナタリーは、今までこんな愛らしい生き物と触れ合っていたのか?なぜ、なぜ私はあのとき、ナタリーと一緒にこの店に来なかったんだ!)
あのとき一緒に来れば、半年前にはこの愛らしい存在を知ることができたというのに。
(私は、私は、なんて勿体ないことをしてしまったんだ……)
「どうしたの?」
床に崩れ落ちたルイーザは、近くで聞こえた愛らしすぎる声に硬直し、それから恐る恐る顔を上げた。
心配そうに見つめてくるクリクリの目と……目が、あった。
「大丈夫?」
すりっと擦り寄られ、もふもふとした至高の被毛の柔らかさが頬を撫でた。
(こ、これは……?!)
ルイーザは再びカァッ!!と目を見開く。
(撫でてもいいのか?撫でていいのか?いや、これは……撫でろというご下命に違いない!!)
ルイーザは恐る恐るきな吉の体に手を伸ばす。
ふわっ
「ああ……」
(なんという触り心地なんだ……)
まるで高級絨毯のように厚いダブルコート。
そっと手を埋めれば、指先がどこまでも沈み込んでいくような錯覚を覚える。
その豊かな毛並みの奥から、ドクドクと刻まれる温かい鼓動を感じた。
「神よ!」
つーっとルイーザは涙を流した。
「この世に!この世に!このような愛らしさの化身を遣わしてくださったことに!心からの感謝をぉぉっ!!」
ついには床に泣き伏し始めた。
「──ここまで褒めて貰えてよかったわね、きな吉」
「うん!」
普通はドン引きしそうな光景だ。
しかし、ここにいるのはマイペースな店主と、人懐っこいワンコ、おっとりした天然美人、家族以外に興味のない無表情美男子、爆睡中の黒猫兄妹。
そして、ルイーザをよく知る幼馴染である。
「ごめんね、ミホ」
「いいのよ、あれだけ喜んでもらえてうれしいわ。お友達?」
「うん、その……心配だって言って」
ナタリーは言葉を濁したが、何が心配なのか、美穂には伝わった。
「あなたを心配してくれる良いお友達ね」
この店が、周りからどう思われているのかは、よく客から聞いている。
それでも心配して一緒に来てくれたのだ。
……結果は、その心配の原因に、一目で心を奪われてしまったわけだが。
「うんっ!とっても優しい子なの!ミホも私みたいに仲良くなってほしいな」
「仲良くなれる気がするよ?あなたのお友達とは、とっても気が合いそうだもん」
そのモフモフ好きなところが、特に。
「あ、そうだ!以前教えてもらった本、入荷したよ」
「ほんと?やった!ありがとう!早速読んじゃお!」
「どうぞゆっくりしていってね」
まだ床に泣き伏しているルイーザが我に返ったのは、カウンター席で本の続きを読み始めた美穂が、一冊読み終えたときだった。
美穂/ミホ、きな吉/キナキチの表記について
この国の人は日本語名を正しく発音できていないため、意図的にカタカナにしています。




