21話『本の迷宮喫茶の初来店』
『──本の迷宮喫茶』
美穂がそう名付けた店へと最初にやってきた客は、一人の女性だった。
ちょうど昼時で、美穂が店から家へと戻り不在の時間。
──ナタリーは来店した。
「お、お邪魔しま~す……」
そっと、びくびくしながら入ってきたのは、役所にあったこの店のチラシに皇狼と紅大山猫がいると書かれていたから。
(人を襲わないって書いてたし……)
友人たちからも、家族からも、危ないしやめとけと言われたが、好奇心と欲望に抗えず、来てしまった。
(だって……だって、たった10リーンの魔法鍵を購入すれば、24時間本が読み放題なんだよ?)
自他ともに認める本の虫にとってそんな環境は天国と言ってもいい。
図書館とは比べ物にならない圧倒的なコスパの良さ。
実家の数部屋を本で潰し、「これ以上買うなら出てけー!!」と母に怒鳴られ、しぶしぶ国立図書館に通っていたが……
(入館料高すぎ!わかるよ!未来ある子供たちが格安で使える代わりに、稼いでる大人が金を出せって!言いたいことはわかるよ!私だってお世話になったし!ありがたいよ!でもさ、でもさー!!)
社会人二年目であろうと、容赦なく搾り取られる入館料。
ナタリーは実家暮らしにも関わらず、懐がピンチだった。
(背に腹は代えられない……っ!)
そう覚悟して来店したのだが……
「ひっ?!」
店に入ってすぐの小上がりに寝ころんでいた巨体を見た瞬間、体がすくみ上がった。
(こ、皇狼だ……て、店主さんとか店員さんはどこに……)
「って……不在ですぅ?!!」
カウンターキッチンに置かれたタブレット。
そこに表示される『店主は昼食のため不在です』の文字を見てのけぞり、叫ぶ。
こんな恐ろしい存在を置いて不在にならないでくれ、という悲鳴をこめて。
「あ……」
さーっと血の気が引いていた。
ぎ、ぎ、ぎ……とぎこちなく皇狼を見る。
(あれ……?)
いきなり叫んだナタリーに不機嫌になる様子もなく、クリーム色のもふもふした被毛を持った皇狼は、不思議そうにナタリーを見ていた。
(思ったほど……怖く、ない……?)
孤高の高位魔獣らしい恐ろしさや威厳はない。
シュッとした凛々しい顔とは真逆の、ふわふわと丸い顔は、どこか愛嬌がある。
(い、いや……でも、ランクオーバーだよ?私みたいなへっぽこ宮廷魔術師なんて、ワンパンだよ)
「う、うるさくしてごめんなさい」
ぺこぺこと頭を下げたナタリーは、皇狼をチラチラと見たいのを我慢して、恐る恐る店へと足を踏み入れた。
店へと入ると、入口のすぐ目の前に案内用のタブレットが設置されていた。
よく今まで気づかなかったものだ。
(えーっと……)
────────
いらっしゃいませ。
ご来店いただき、誠にありがとうございます。
当店につきまして、簡単ではございますが、ご説明させていただきます。
当店は、完全前払い制となります。
無人販売機より、魔法鍵をご購入ください。
【本の貸し出しにつきまして】
〇サービス内容〇
当店の蔵書は、全て店内にてお読みいただくサービスとなります。
魔法鍵の有効期限は24時間となります。
《貸出手順》
①無人販売機より、『本利用の魔法鍵』を購入
※詳しくは無人販売機の案内をご覧ください。
②防犯魔法の鍵が解除され、本が開けるようになる。
③好きな本を取る
〇取り置き対応〇
本の取り置き対応を実施しております。
取り置き期間は、最長一ヵ月とさせていただきます。
《取り置き手順》
①カウンターに設置している『栞にお名前を記入』。
②カウンター横に設置されている取り置き用本棚へ入れる。
③次回利用時に取り置き用本棚より取り出す。
※栞には個人識別魔法を施しております。
栞をご記入いただいたお客様以外は取り出せません。
────────
ふむふむふむ、と画面をスクロールしていきながら読んでいく。
すると、「これを見ろ!」と言わんばかりに、どデカい赤文字が目に飛び込んできた。
────────
※!!注意!!※
当店の蔵書は全て店外への持ち出しは禁止とさせていただいております。
《持ち出そうとされた場合》
防犯魔法にて敷地内より強制退去の上、以後の入店を固くお断りさせていただきます。
────────
ナタリーはゴクッと唾を飲み込んだ。
悪いことをするつもりはないのに、注意書きを見ると緊張してしまう。
何故だろうか。
そのままスクロールをしていくが、本が目的のナタリーは、本に関係ない後半をほぼ読み流し、頷いた。
顔を上げると、カウンターの横、『無人販売機はこちら』という大きな看板の下に置かれた無人販売機へと向かう。
覗き込むと『商品購入の魔法鍵』『本利用の魔法鍵』というアイコンが画面に大きく配置されている。
(おおっ画面が見やすい)
ナタリーは、迷うことなく『本利用の魔法鍵』を押した。
ポイン、と小さく柔らかな音が鳴った。
『一日のご利用 料金10リーン』
『定期券のご購入はこちら
※期間が長いほどお得となります』
切り替わった画面にあるアイコンの数は、変わらず二つ。
(ん?定期、券?え、定期券が買えるの?)
通い詰める気だったナタリーは興味が引かれ……
『定期券のご購入はこちら
※期間が長いほどお得となります』
を押し……
(ひゃ、100リーンで一か月読み放題!!)
──歓喜に、わなわなと震えた。
なんということだ。
さらにさらに、ナタリーは気が付いてしまった。
切り替わった画面に配置されたアイコンは一つではない。
『四つ』あるということに。
(さ、三か月で200リーン!100リーンもお得!ろ、六か月だと300リーン?!半額じゃない……!!一年もある。金額は……)
「!?%&@#!?%&@!?500リーン?!!!」
ナタリーは受けた衝撃に、叫んだ。
これは、もう……
(一年の定期券を買うしかないでしょ!!)
ナタリーは迷うことなく『十二か月定期券』へと手を向け、ぽちっ。
切り替わった画面が最終確認画面となり、右下の「次へ」を押すと支払い画面となった。
「あは、うふふふふふっ」
ついついニマニマしながら、お金を入れて支払いを済ませた。
「──魔法鍵を刻ませていただきます。手を刻印板へと当ててください」
アナウンスに従い、右下の刻印板へと当てると、ぽわん……と魔法鍵が手の甲に刻まれた。
(読める!これで読み放題だあああああっ!!)
ぱっと顔を輝かせフィーバー中のナタリーは、忘れていた。
──この店でくつろぐ、その存在に。
「わっふん?」
「ほえ?」
傍から聞こえた声に、はて、なんだろうかと首を傾げたナタリーは、何の気なしに隣を見て……
「ぎょわっ!!」
悲鳴を上げた。
そこには、さっきまで小上がりで寝転がっていたはずの皇狼。
お座りしているのに、頭の高さがナタリーの肩くらいある。
その皇狼が、ナタリーを見上げていた。
「あ、あ、あ……」
(死んだ……)
ぐいっとその顔が近づいてきて、ナタリーはぎゅっと目を閉じる。
(ああ……お母さん、お父さん、先立つ親不孝な娘を許してください……)
心の中で泣きながら両親への謝罪を言っていると……
ふわっ。
頬にふさふさした感触があたる。
そして、べろんっと頬に濡れた何かが滑っていく。
何度も何度も繰り返される感触。
「わっふ、わっふ、わっふ」
(あれ……?)
恐れていた痛みはない。
恐る恐る閉じていた目を開けたナタリーは……ドアップのもふもふに、思わずのけぞった。
「わっふ、わっふん、わっふわふ」
「え?え?え?」
ゆったりとしたひと時を邪魔してしまい、怒りに触れたと思っていた。
しかし、それはどう見ても……
(犬にじゃれつかれてるようにしか見えないんだけどおお?)
なんでだ。
その時。
カチャリ、と扉が開く音がした。
「──あら」
若い女性の声。
「いらっしゃいませ」
ふふっと楽しそうな笑い声が聞こえた。
「さっそく、きな吉と仲良くしてくださっているんですね」
(いや、仲良くっていうか、襲われかけた……って思ってたっていうか)
しかし、楽しそうな主の声にそんなことが言えるはずもない。
「えっと……店員さん、ですか?」
穏やかな声の持ち主を見る。
(うわ……めっちゃ美人。優しそうな人だなぁ。後ろの背の高い美男美女も店員さん?)
ふと、近寄りがたい雰囲気の無表情の男が、ナタリーにじゃれついている皇狼──きな吉を見た。
「バカ息子、少し落ち着け」
「……え?」
なんて?
◇
「──驚かせてしまい申し訳ございません」
「あ、いえ……全然、そんな……」
美穂がお昼を食べるため、一時家に戻っているときに来ていた、記念すべき最初の女性客。
お互いに自己紹介を済ませ、人の姿になっている大福丸とおはぎの正体に呆然としている彼女の耳は長く尖っている。
くすんだ金髪と柔らかな青緑色の瞳を持つナタリーは、エルフの女性だった。
「改めて、ご来店いただきありがとうございます。魔法鍵は既にご購入いただいているようですが、何かご不明な点はございますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
美穂は、にこにことほほ笑んだ。
「かしこまりました。当店は、本日のように私が不在の時が多いかと思いますが、どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
衝撃が未だ抜けないのか、ふらふら~としたまま本を探しにいったナタリーを見送る。
「きな吉と仲良くしてくれる優しいお客さんでよかったね~」
「うんっ!」
カウンター席に座る美穂は、膝の上にポテンと顎を乗せるきな吉の頭を優しくなでた。
小上がりに腰かける大福丸とおはぎはちらっと顔を見合わせる。
(どう見ても仲良く……ではなかったな)
(きな吉の一方通行だったわねぇ)
お金の価値の説明を忘れていました。
この国のお金の単位はリーンです。
1リーン=1円くらいと思ってもらえればと思います。
なので、美穂のお店は二十四時間十円で利用できます。うまい棒が一本買えます。
ちなみに、ナタリーが見たチラシは、美穂が開業手続きをしたときに、役所に置いてきたやつです。




