20話『ね、ねぇっねぇっ!あれ!』
首都の周囲に広がる城下と言われる街の一つ。
首都が王族の住まう王城、貴族や富裕層が住まう屋敷などが立ち並ぶ高級住宅街だとするならば、城下町は一般的な市民が暮らす中流階級地域だ。
猛スピードで森の入口から近くの町まで駆けていったモフモフたち。
大人の足だと3時間、この世界の一番早い移動手段でも30分はかかる距離。
そこを大福丸たちは、ものの5分で駆け抜けた。
(これでジョギング感覚っていうんだから、全力で走ったらどうなるんだろ……)
引きつった顔の門番に身分証を提示して、町の中へと入る。
(徐々に手前1kmくらいから減速して町まで来たけど、まだ早かったかなぁ)
家族が一般的には恐れられる存在、ということを忘れている美穂の後ろを、人の姿になった大福丸たちがついていく。
町に入ってから、美穂は違和感に首を傾げた。
異世界情緒にあふれるが、特段町の風景におかしなところはない。
(ん?あ、そういうこと。でも、なんで?)
「……ねぇ、獣人の人たちがあなたたちを見てぎょっとするのは何故かしら」
活気に満ちた大通りは様々な種族が居て、異世界情緒溢れる。
しかし、すれ違う人、すれ違う人………特にケモミミと尻尾を持つ獣人の多くが人化した大福丸達を見てぎょっとしていく。
最初は彼らの美形っぷりに注目が集まっているのかと思っていた美穂だが、どうにも様子が違う。
何せ驚き、それからどこか畏怖するような様子を見せるのだから。
「気配で俺たちの本性に気づいているからだろう」
「え……ばれてるってこと?」
「気配を殺してないからな。よほど鈍感でなければ気配に敏感な獣人や魔力に敏感なエルフや妖精は気づく」
むしろ、要らぬトラブルを寄せ付けないように、あえて皇狼の気配を抑えていなかったようだ。
「皇狼の成体が2人、幼体が1人、幼体とは言え紅大山猫が二人居れば、よっぽどの馬鹿でない限り絡んでこないだろう」
そういう事らしい。
◇
パパっと手続きを済ませ、美穂たちは町から家に帰ってきた。
「おかえり〜」
「ミホ!おかえり!」
「皇狼たちと紅大山猫たちもおかえりー」
「ただいま」
「変な人はいなかったよ〜」
「うん、お留守番してくれてありがとう」
そりゃいないだろうとも。
美穂、大福丸、おはぎが張り、三重となっている結界の中に侵入者がいたら、逆にびっくりする。
「明日以降から、知らない人が入ってくるかもしれないけど、いきなり攻撃しないでね。お店じゃなくて家に来ようとする人がいたら教えてくれる?」
「ん、分かった」
「はーい」
素直に返事をした精霊たちがそれぞれ自分の住処に帰っていく。
「あなたたちも、モモちゃんに伝えてくれる?」
ブンブンブンブンと飛んでいた森林桃色大蜜蜂の働き蜂たちに伝えると、彼らはこくんと頷いて巣の方へと飛んで行った。
(これで、大丈夫かな。みんな野生の蜂とか動物とかとは違うし、意思疎通も取れるし)
そんな彼らに攻撃されたのなら、それはよほど怪しい行動をしていたということだろう。
「僕遊んでくるー!!」
「いってらっしゃーい。夕飯までには帰ってきてねー」
「はーい」
あれだけ走って、跳ねて、転がって雪に突撃しまくったというのに、きな吉はまだ動き足りないらしい。
「蜂たちに遊んでもらうー!」
「……お仕事の邪魔はしないようにね」
たぶん、働き蜂たちは冬に花を咲かせる魔花から蜜を集めている最中のはずだ。
さっさと家の中へと入っていった蘭と椿に続いて、美穂たちも家の中へと入る。
再び茶の間で炬燵の中に埋もれた。
「ああ〜、あったかいいー」
炬燵の中に肩まですっぽりと入り、冷えたからだがじわじわと温まる。
指先やつま先がじんじんと痺れた。
「私の足を〜跨いだのはーどっちだ〜」
もふもふ、ふわふわのお腹の毛が露出したふくらはぎにさわさわと当たった。
最高。
「私ー」
椿だったらしい。
炬燵に懐いていた美穂は、しばらくしてから炬燵からもぞもぞと這い出た。
ぽふん、と目の前で伏せている大福丸のお腹に飛び込んだ。
厚い毛に手を埋めてわしゃわしゃする。
毛の中は大福丸の体温でとても暖かい。
「んー、あー」
「どうした?」
美穂が腹に飛び込んでくるのは気にならなくても、自分の腹でうめき声をあげられると、さすがに気になるらしい。
大福丸が前足の上に乗せていた顔をあげた。
「んー、看板作らないとなーって思ってるんだけどー、やる気が出ないー」
ぬくぬくした炬燵から出たくないし、大福丸のモフモフから離れがたい。
「のんびりやればいいさ。そんなに客はいらないんだろ?」
「うん、むしろたくさん来られると困る」
美穂の引きこもりライフの危機だ。
かといって来ないのも困……りはないが、収入がなければ納税も発生しないのだ。
開業したのに……と、脱税を疑った役人さんが来る。
この国にはハガキでの事前通達はない。
決断力もあれば、行動力もあるというお国柄なのだ。
決めたら即行動。
疑わしいと思ったら即調査。
ちんたらしない。
(税務署っぽいところの職員さんも言ってたし)
『──万が一調査が入ることになりましたら、拒否せず調査を受け入れてくださいね。拒否すれば後ろめたいことがあると言っているようなものですので』
と、大福丸たちをチラチラ見て、若干顔を引きつらせながら言っていた。
(あんなに怯えなくてもいいのに……)
「こーんなにモフモフなのにね!」
「ん?そうだな?」
(看板には皇狼と紅大山猫がいますーって事前に書いておこう)
そう決めて、美穂は首を傾げる大福丸のお腹に顔を埋めた。
◇
白いチョークが数本並ぶ。
「ふんふんふ~んふん♪」
スマホスピーカーから流れる音楽を聴きながら、美穂は鼻歌を歌っていた。
美穂の目の前に置かれているのは黒板看板。
白いチョークを持った美穂は、機嫌よくチョークを黒板に滑らせる。
白いチョークだけで綺麗に濃淡を使って描いているのは、くっつきながら丸まる黒猫兄妹。
美穂が通っていた高校には、珍しい黒板アート部があった。
体験入部でドはまりしてしまい、そのまま三年もお世話になった。
そこで磨いた腕で、森の入口に置く看板を描いていた。
やる気になるまでに時間はかかるが、一度スイッチが入れば早いのが美穂だ。
魔本でちょっと大きめの黒板看板とチョークを取り寄せたあとは、見事に絵を描いていく。
看板なので店の名前もちゃんと書く。
その周りを囲うように、家族の絵を描いて、野菜の絵を描いて、ひっそりと小さく蜂……一応、普通の蜂を描いていく。
「よしっ!OK!」
日が暮れ始める頃にできあがったのは、店名よりも周りの絵が主役では?というほどに絵が描きこまれた看板だった。
(ちょっと……やりすぎたかな?)
「……でも、通行人の興味は惹けるでしょ。うんうん」
途中から店の看板を作るというより、絵を描く方に熱中してしまっていた気がするが、気のせいだ。うん。
そのまま看板を魔本に仕舞い、森の入口に設置した。
「明日からついに開店かぁ」
ぐぐっと凝り固まった体を伸ばす。
(まぁ、初日だしお客さんは来ないでしょうけど)
──美穂は知らなかった。
「──ねぇ、皇狼と紅大山猫が町に来たって知ってる?」
「ん?あー、なんか聞いたな。でもあれってデマだろ?」
「違うわよ!契約獣として契約している女の子がいたの!」
「は?マジで?」
──美穂が思っている以上に、皇狼と紅大山猫の存在は、この世界の人々に強烈な印象を与えたことに。
「あの女の子、お店を開くらしいわよ」
「え?そうなの?」
「うん、たまたま皇狼様とお話しているところを聞いたの」
──そして、その存在は……
「私……行ってみようかしら」
「え?本気?危なくないかな……」
「契約獣でしょ?むしろ、女だからって絡んでくる迷惑な人とか、危ない人とかは来なさそうだし、安全じゃない?」
「そう言われると……確かに」
「まあ店主さんも女性だしねぇ」
「う~ん、防犯面だと、逆にこれ以上なく安全な店なのかなぁ」
──これ以上ないほど、店の宣伝となっていたことを……。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
次回より、ようやくお店が開きます。
大変お待たせしました。
異世界人たちの反応をぜひ、お楽しみに!
〇納税制度について
日本ではないので、開店によって発生する税金の制度は日本とは違います。
細かい違いにつきましては、異世界だからか~と思っていただければと思います。
〇「皇狼様」という表記について
神獣フェンリスの末裔である皇狼は、一部の狼系獣人の中では畏敬を抱く存在となっています。
そのため誤記ではありません。




