19話『ワンコたちは軽自動車』
獣人、エルフ、ドワーフ、妖精、巨人、鬼、人魚、竜人、只人。
この世界には、そんな様々な種族がいる。
そんな中、魔法に最も秀でていると言われる種族──妖精王の一族が王族として君臨するアルヴェリア王国。
この国は、種族による差別や迫害を行わず、取り込むことを選んだ国だ。
身体能力が優れている種族、魔法技術が優れている種族、あるいは手先が器用で、物作りを得意としている種族。
様々な特性を持ち、様々な分野に秀でた種族が、多く集まった。
武力、魔法技術、武具や道具の加工技術、農業、漁業、畜産、教育。
それらに支えられる文明、芸能、娯楽。
あらゆる面で優れた国になるのは必然だった。
『──最も平和で、自国を脅かす脅威がないほど強大な国に行きたい』
そんな欲張りな要望の結果、美穂が送り出された場所はそんな国だった。
◇
美穂はがさごそと鞄を漁る。
お店の準備は完了した。
しかし、制度がしっかりとしているこの国では、お店を開くには営業許可や開業届のような、各種届け出が必要になる。
そのためには、日本でいうところの保健所や税務署のような公的機関に行く必要があった。
もちろん、収入に合わせた納税も必要だ。
日本とは違って税金を支払わずにいると、役所から怖ーい護衛を引き連れたお役人さんが徴収にやってくる。
(そんなにせかせか稼ぐ気もないし……私の納税額なんて微々たるものでしょうけど)
「よし、大丈夫かな」
鞄にしまっていた必要書類の最終確認を終えた美穂は、鞄を持って私室を出た。
「準備できたよ~」
「こちらも準備は終わった」
「いつでも出れるわよ~」
家の外を見ると、もふもふ姿の家族が勢ぞろいしている。
「お出かけだね!お出かけ久しぶりだよね!楽しみだな~!」
「はっちゃけすぎ」
「そのテンションで走り回って迷子になんないようにね」
ぶんぶんとご機嫌で、元気いっぱいなきな吉。
そんな彼に椿が呆れ、のんびり屋の蘭は、くわ~っとあくびをしながら、そんなことを言う。
「そういう椿だって美穂が猫じゃらし振ると蘭と夢中になってるじゃんっ!」
「ずっと元気なあんたと違う」
「きな吉は一日走り回って、よく疲れないよね」
「ふふんっ!すごいだろ!」
「……別に褒めたわけじゃないんだけど」
やいのやいのと騒ぐ子供組の横。
お座りしているおはぎの背中には、見慣れないものがある。
「おはぎも随分と便利なスキルを頼んだよね」
おはぎの背にあるのは、鞍と鐙だ。
「何があっても騎乗者を絶対に振り落とさないって、すごすぎでしょ」
正確には、おはぎの『人狼一体』というスキルによって作り出されているものである。
騎獣となるおはぎがどれだけ爆走しようが、アクロバティックな動きをしようが、「騎乗者には振動も向かい風も、遠心力も一切伝わらない」なんていう、とんでもないスキルだ。
「だって乗りやすさがまったく違うでしょ?」
「うん、私のことを考えてくれてありがとう」
「うふふ、どういたしまして」
ぎゅうっと毛の厚~いおはぎの首元に抱き着く。
ずっしりと詰まった秋田犬の毛は相変わらずもこもこだ。
すりすりと頬を擦り付けていると、おはぎのくるんとした尻尾がご機嫌に揺れていた。
大きくなったおはぎの尻尾は、当然ながら秋田犬だったころよりでかい。
太さもモフモフ具合も段違いである。
そんなもふもふがフリフリしてる。
超かわいい。
(こんなにおっきいのに可愛いとか……うちの子最っ高)
デレデレしていると、きな吉が顔を覗き込んできた。
「行かないの?」
「行くよー」
(帰ってきたら、ブラッシングさせてもらおう)
「おはぎー、伏せさせてもらっていい?」
「いいわよー」
おはぎの地面から頭の高さは250cmほどある。その背中の位置は馬より高い。
さすがに乗れない。
ちなみに、大福丸はおはぎより一回りでかいので、さらに高い。
一度伏せてくれたおはぎの背中に跨る。
「立つわよ」
「は~い」
おはぎが自然な速度で立ち上がる。
一気に視界が高くなった。
「おお~!見晴らしめちゃいい!」
スキルの効果で揺れが全くないので、恐怖はない。
そこに、ピョンッと黒い塊が二つ飛び上がってきた。
「蘭と椿もおはぎに乗せてもらうの?」
「うん」
「私たちとは体の大きさが違うから追いつけないもん」
「ちゃんと鞍の上に乗るのよ~」
おはぎは二人が追加で乗っても大して負担になっていないらしい。
気にせず歩き始めた。
「じゃあ、行ってきま~す。お留守番よろしくね~」
「任せて!いってらっしゃい~!」
「不審者は撃退しておくわ!」
「……加減はしてね」
見送りに来た精霊たちや、ブンブンと飛ぶ蜂たちがやる気満々だった。
ちょっと不安になりながらも何度か念を押したところで、おはぎたちが走り出す。
「これ割と早めに走ってる?最初から飛ばして大丈夫?」
「ん?大丈夫よ。まだ助走くらいだもの」
「……これで、助走……」
たぶん、優に40kmくらいは出ている。
店の軒先から森の入口まで続く小道を駆け、木々があっという間に背後へと流れていく。
そして、敷地を出た……その瞬間。
──元気いっぱいのワンコのテンションが爆上がりした。
「わっふわっふ、キャウッキャウ~ンッ!!」
──わ~いっ、広~いっ、雪だー!
きな吉は、テンションが上がりすぎて、人間語ではなく犬語が飛び出している。
その興奮のまま、道の端に退けられている雪の山に突っ込んだ。
どしゃーんっ!と、雪山が弾け飛ぶように飛び散る。
「きゃあっ!」
美穂はびっくりして身をすくませる。
しかし、モフモフたちは一切動じない。
美穂にくっつきながら丸まっているニャンコたちは、日本にいた時ならきっと、しっぽをブワァッと太くさせていたはずなのに。
「きな吉~、遊ぶのはいいけどちゃんと着いてくるのよ~」
「はーいっ!」
おはぎにそう言い返すきな吉は、今度は国が管理している雪除け結界の外側──整備された道を外れ、雪が積もる場所を爆走し始める。
「えっと……あれはいいのかな……?」
森に出ず敷地の中に引きこもっている美穂は、あれだけ大興奮のきな吉を初めて見た。
「いつものことよ」
「人がいれば、ぶつかる前に引きずってくるから安心しろ」
「あ、うん……」
(あれ……平常運転なんだ……)
美穂の記憶にある仔犬時代のきな吉は、確かに元気いっぱいでやんちゃだった。
それでも、あくまでも常識的な秋田犬サイズ。
びっくりサイズの今のきな吉だと、周囲に与える影響の規模が桁違いだ。
グンッ!と、おはぎと大福丸が速度を上げた。
どんどん加速していくのに、美穂は風の抵抗も感じなければ、振動も感じない。
「おお~!」
その加速に、最初は目を輝かせていた美穂。
(……あれ?)
しかし、どんどん加速し続ける二人に、ちょっと首を傾げて……
「おおぉぉぉおお?!!」
(ちょっ、早い早い早い!これ、電車の速度くらい出てるんじゃないの?!!)
瞬く間、という以上の速度で周囲の景色が流れていく。
──ブモオオオォォォオォッ!!
「……」
……何か、聞こえた。
「……ねぇ、今のは??」
「きな吉が猪でも轢いたんじゃないかしら?」
「前に美穂に渡した猪は、きな吉が遊んでいたときに弾き飛ばしたやつだぞ」
「……え?マジで?」
初めて知った。




