18話『お勉強が必要だったんです』
ひとつ、質問です。
Q.
とあるところに、面倒くさがり屋の女性が居ました。
彼女は一年近くも引きこもったあと、いきなり「店をやろう」と言い出しました。
さてさて、彼女はやる気スイッチを入れることができるでしょうーか!
A.
できませーん!
少なくとも、美穂はムリ。
一年も引きこもり、好きなことだけをしていた毎日。
染み付いた引きニート思考は、そう簡単に変わらない。
そこで、美穂はピコーンッ!と閃いた。
──店に立つのが面倒くさい?
なら、
──無人販売をすればいいじゃないか、と。
この世界にはそれを可能とする、セルフレジや、無人販売機に似たシステムがあるのだ。
(むしろ、防犯面では、こっちの方がずっと優秀だし)
魔法が解除されたり、機械が破壊されない限り、防犯率は脅威の100%。
無銭飲食をしようとしたら、盗みを働こうとしたら、迷惑行為をしたら、あるいは店主の意思で、"客を店の外に弾き出す"という、とんでも魔法も存在する。
(魔法の難易度がかなり高いし、設置依頼したら高額になるから、普通の店にはないみたいだけど……)
美穂なら自力で設置できる。
だって、もう既に似たような魔法使ってるもん。
敷地を覆うように張っている"悪意のある存在の侵入を防ぐ"という魔法は、防犯魔法のひとつなのだから。
◇
──本の迷宮喫茶へようこそ
「よし、できた」
店の前に設置した看板に美穂は満足げにうなずいた。
「やーっと準備終わったんだ」
「てっきりもう店は開かないのかと思ってた」
座卓の上で、黒いもふもふがべったりと横になりながら、そんなことを言う。
この三年でもふもふ姿でもしゃべれるようになった、蘭と椿の黒猫兄妹だ。
「だってあれ、勉強しないとどうにもなんないもん」
美穂は、目の前で魅惑の黒いビロードを見せつける蘭のお腹に顔を埋める。
短い毛だが、つやつやすべすべの毛がたまらない。
神が家へとやってきて、早三年。
美穂の店は、まだ……開店していない。
ぺしん、ぺしん、と蘭の尻尾が美穂の頭に当たる。
美穂が顔を埋めているのもお構いなしに、蘭がごろりと寝返りを打った。
脱力していた美穂が顔を座卓に強打する前に、大福丸のもふもふの前足が、美穂の額と座卓の隙間に差し込まれた。
「大ちゃん、ありがとう」
そう言って、美穂は体を起こす。
「でも、やっと設置とか、防犯魔法もかけ終わったし、やっとお店開けるよ」
美穂が三年も、いったい何をしていたのか……というと。
実は、この世界独自の魔法工学の勉強をしていたのだ。
美穂がピコンッ!と閃いた無人販売。
それを行うための設備は、店に合わせた調整が必要だ。
魔本で出した機械をそのまま使う、ということはできない。
あの魔本は存在するものを手に入れることはできるが、ないものはどうしようもないのだ。
だから設備を手に入れることはできる。
しかし、美穂の店用に調整するには業者の手が必要だったのである。
「あんなの業者にやってもらえばよかったのに」
遠ざかった兄の代わりに、妹の椿が美穂の顔に頭を擦り付けに来た。
「業者はすんごいお金かかるのよ」
業務用機械の設置なのだから、当然だが。
神からもらったお金はあるが、あれっぽっちじゃ業務用設備の調整をする業者を呼べるはずもない。
「お金になりそうなものなんて山ほどあるじゃん」
「それを売ったら、私の平穏な生活が終わるから」
うっとりと、椿のビロードをなで、するんっ、と尻尾が輪っかを作った指から抜けていく感覚を堪能していた美穂の表情が、スンッ、とした。
大地の精霊たちが育てた植物、水の精霊たちの住処の水、森林桃色大蜜蜂の蜂蜜。
どれをお金に変えようとしても、とんでもない騒ぎになる。
(ぜーたい家まで来ようとする面倒なやつが出る)
侵入防止の結界があろうと、その結界の前までは人が来れるのだ。
それが、買取の交渉なのか、脅して強奪しようとする輩なのかは分からないが、家の周りが騒がしくなるのは嫌だ。
だから美穂は「じゃあ、自分でやってっちゃおう!」と思ったのである。
しかし、調整する手順が書かれている本を取り寄せたのはいいものの……
──専門知識がない美穂には、まったく理解できなかった。
八方塞がりだった。
それでも、美穂は一度やると言ったら何が何でもやる。
理解できるまで勉強してやる!と猛勉強を開始し……専門知識が身についた代わりに──三年が経った。
そして、今に至る。
目の前でゴロンッとヘソ天になった椿のもふもふのお腹に顔を埋める。
「ふわっふわっ」
「うにゃんっ……そこでしゃべんないで、くすぐったい」
「んー」
ごめんよー。
(あの本ってたぶん、どっかの業者のマニュアルよね……)
きっと社外秘資料になるのだろう。
読んで理解できたからわかる。
ちゃんと設置し終えたあと、燃やして処分したから許してほしい。
「にゃ」
──もう終わり。
ぬるんっ、と液体な猫の体は器用に美穂の顔の下から抜ける。
また強打しかけた顔面は、すっと差し込まれた大福丸の前足によって防がれた。
「大ちゃん、ありがとう」
そう言って、美穂はまた体を起こす。
「うむ」
大福丸が頷いて、ごろんと寝転がった。
「もっふ~ん」
美穂は、そのもこもこの被毛にダイブする。
猫の感触とは違う少し固めの毛。もっふりと体が埋もれた。
大福丸の尻尾がぱたり、ぱたりと畳をたたく。
「それで、今日行くのか?」
「んー?うん、そうしようかなぁって。いい?」
「俺は構わないぞ」
「私も大丈夫よ~」
いつも通り、大福丸とおはぎは、即答してくれる。
「きな吉ー、はまだ外だったわね。蘭と椿も行くの?」
「僕も行く」
「私も行くー」
「……珍しい」
自分で聞いておいてなんだが、行かなーいと言われるかと思っていた。
「……きな吉は行くのかな?」
もし、そうなら家族総出になるが……
(そもそも、あの子は今どこにいるんだか……)
いつもいつも日中は森の中で遊び回っていて、家にいないのだ。
たまに、すんごい遠くまで遊びに行って、大福丸か、おはぎが引き摺ってくる。
子供と言えどもある程度は大きくなった皇狼だ。
この辺りに脅威になる存在なんて居ない。
だからこその放任主義だが、用事がある時に困る。
「探してくるわね」
「お願いしま~す」
立ち上がったおはぎが、外へときな吉を探しに行った。
(もっふもふ……かわゆし)
そのふわふわの巻き尾をふりふりと振って美穂を誘惑しながら。
この世界へと来て4年。
──美穂は、初めて森の外へと出る。




