14話『女王様は毎日ほっぺが落ちそう』
森林桃色大蜜蜂の蜂蜜は"天上の蜂蜜"とも言われるほどに極上の蜂蜜である。
味や香りはさることながら、非常に希少な品でもあった。
人と共生関係にあろうと、野生だろうと、彼らはただお願いしても蜂蜜をくれはしない。
当然だ。
だって蜂蜜は彼らの食料だもん。
苦労して集めたそれをくれと言われて、はいどうぞ、と渡す筈がない。
かといって彼らから力ずくで奪うのも不可能だった。
見た目こそ人の頭サイズで魔物としては小さめな蜂だが、ただの蜂ではなく立派な蜂型の魔物――魔虫である。
上から順にS、A〜Fと分類されている脅威度の中でも、森林桃色大蜜蜂は強力な毒を持ち、単体での脅威度はBとなる。
世界でも上位に位置するような強者でなければ太刀打ちできない。
それが群れになると、その脅威度は一気にSまで跳ね上ってしまう。
この世界でも弱肉強食の頂点に立つ存在の一角にあるのが、森林桃色大蜜蜂という魔虫なのだ。
美穂とのやり取りからわかる通り、彼らは理性的だ。
彼らは巣へ攻撃したり、不用意に近づいたりしない限りは攻撃してこない。
その脅威度の割には、比較的安全な魔虫に分類される。
しかし、無理やり彼らの食料でもある蜂蜜を奪おうとすれば、その脅威度に見合うだけの苛烈さを、その身に味わうことになるだろう。
彼らの針に刺されて死ぬか、彼らの縄張りから出るまで執拗に追い掛け回されることになる。
仮に巣に近づけたとしても、今度は巣に残った働き蜂たちが羽を高速で動かし、最終手段に出る。
熱を発生させ、巣を溶かして蜜と混ぜることで、他の生き物にとって害となる強烈な異臭を発生させ、襲撃者を追い払うのだ。
そうなった蜜は"天上の蜂蜜"と言われるほどの味も香りも消え、とてもではないが食べられたものでなくなる。
森林桃色大蜜蜂にとっては害はないが、激マズになるため、本当に最終手段である。
しかし、それでも巣を守るためなら彼らはやる。
ならば、遠くから攻撃しようとすればどうだろう。
結論は、──ムリ
一見、サイズ以外は普通の蜂の巣と変わらぬように見える、巨大な蜂の巣。
しかし、その実態は、女王の種固有異能によって強化され、高い物理防御 & 魔法防御を兼ね備えているのだ。
そんな巣に放った攻撃は跳ね返され、自分の攻撃と怒り狂った働き蜂たちに襲われることになる。
彼らから蜂蜜を貰う方法は、ただ一つ。
草花に魔水蜜を撒き、その魔力を吸った花の蜜の味を、彼らの女王に気に入られることだ。
滅多に巣の外へと出ない女王蜂が巣から出てきて、喜びの舞と呼ばれる踊りを見せてくれたら、気に入られた証だ。
……ちなみに、欲望剥き出しの魔力は非常に不味い。
気に入られるどころか、怒り狂った女王の伴侶と働き蜂たちに執拗に追い掛け回される事になる。
我慢強く、蜂蜜を黄金に見る欲を持たず、忍耐強い稀な人間だけが、彼らの希少な蜜を得られる。
希少性という付加価値もある彼らの蜜の価値は、小指一本分の小さな瓶一つで、物価の高い首都に豪邸が建つ値がつけられていた。
オークションにかけられでもすれば、その値段は天井知らずまで跳ね上がるほどだった。
──ぱたん
美穂はびっしりと文字が書かれた本を閉じた。
「あー……」
そして、目元を手で覆って天を仰ぎ、呻く。
……思ったより、やばい子たちだった。
(これ、ばれたらどうなるんだろ……お店、開けるかな)
せっかく頂いたし、と焼いたパンケーキにかけ食べた蜂蜜。
そのあまりの美味しさに嫌な予感がし、最も詳細な森林桃色大蜜蜂の専門書を魔本で取り寄せた。
その結果判明したのは、座卓においてある蜂蜜がとんでもないお宝であるということだ。
森林桃色大蜜蜂たちがやってきてからはや一月。
よほど美穂の魔力が気に入ったらしい女王蜂は、この一か月の間に毎朝喜びの舞を踊っていた。
よって、美穂も毎日蜂蜜をもらっている。
そう、彼らがここに来て毎日だ。
比喩的表現でも、ほぼ毎日でもない。
一日も欠かさず、文字通り毎日だ。
これは彼らの食料でもあるのだから「毎日は……」と遠慮したのに「いいからいいから」と、近所の世話焼きの小母さんのように渡され続けてしまっていた。
(しかも、めちゃでかいし……)
丸くほどほど弾力があって、落としても割れない丈夫な蜜蝋に詰まった蜂蜜は、一つにつき500mlほどある。
繰り返そう。
それが、毎日だ。
蜂蜜が主食な森林桃色大蜜蜂や、どこぞの森のくまさんのような重度の蜂蜜好きならともかく。
美穂たちが消費する蜂蜜の量など、たかが知れている。
蜂蜜漬けでも作らなければ、せいぜいが飲み物にティースプーン一杯入れるか、料理で少量使う程度。
毎日500mlなんて消費しない。
もし、森のくまさんみたいに蜂蜜好きでも、美穂たちがあんなに蜂蜜ばっかり食べていたら病気まっしぐらだ。
(蜂蜜の一つ目すら消費しきっていないんだよね~)
だから、異能の本の収納には大量の蜂蜜が貯まっていた。
……希少性がいまいち分かっていない美穂だが、普通は気に入られても毎日なんてもらえない。
しかも、一度蜂蜜を手に入れたとしても、その金額に目がくらんで欲に満ちた不味い魔力になるか、金額にビビって二度とやらないかのどちらかになるのがほとんど。
美穂が自家消費ばかりして価値があまりよく分かっていないことは、ある意味幸運だった。
「今更じゃない?畑とか温室とかその蜂蜜と同類ばっかじゃん」
「う……それは、そうだけど」
隣でググッと伸びをした椿からの指摘に、美穂は今の畑の状況を思い出す。
そう、森林桃色大蜜蜂の蜂蜜もやばいが、畑に植えられている色んな植物だってやばい。
ものによっては、森林桃色大蜜蜂の蜂蜜以上に希少なものだってあった。
全部売ろうとしたら、たぶん誰も払えない。
王侯貴族やお金を持っている大商人はもちろん、国だって無理だ。
「ああ~、なんかそれ考えたら怖くなってきた……」
「安心しろ。悪意や欲望を抱けばどのみち結界の中には入れない。仮に入ったとしても俺たちがいる」
「大ちゃ~ん」
辛辣な椿とは真逆で優しい大福丸は包容力たっぷりだ。
美穂はモフモフ状態の大福丸にヒシッ!と抱き付きいた。
あぁ……
(もふもふの冬毛……たまらん)
「そうよー、それにモモたちだって強いわ。防衛戦力が上がったと思えばいいのよ」
モモというのは女王蜂の名前だ。
女王蜂、女王蜂と呼ぶのもあれなので、美穂が名付けた。
由来はお尻の毛がピンクだから。
毛色から付けた大福丸たちと同じである。
「それに畑だって精霊たちが常にお世話のためにいるのよ。畑に手を出そうなんて、精霊たちが許すはずないでしょ。」
「……」
それはそうだが。
美穂は遠い目をした。
(なんでこうなった……)
言葉にすればするほどここの異常さがよくわかる。
おかしい。
美穂が求めていたのは、「お金の心配がない自給自足のスローライフ」だった筈なのに、二ヶ月ちょっとで敷地の中が魔境と化している。
もう一度言おう。
──何故、こうなった。
「あ、そうだ……」
(精霊たちとモモちゃんに、万が一の時にはしっかり手加減して殺さないでって言っておかないと)
私有地の中で人の死体が生み出されるのは勘弁してほしい。
悪人さん、どうか来ないでください。




