13話『美味な魔力よ、待ってなさ~い』
その森の中に、巨大な巣があった。
その森の絶対的支配者ともいえる虫型の魔物、森林桃色大蜜蜂の巣だ。
滅多に巣の中から出ることのない女王は、感じ取った魔力に顔を上げる。
酷く澄み切った清廉な魔力だ。その魔力がこもった花の蜜を食べずとも、とても上質だと分かる。
この魔力がこもった蜜はさぞかし美味しいことだろう。
女王は、巣の状況を考え……
「よし」と立ち上がった。
羽を高速で動かし、群れ全体へとたった今決めた方針を伝える。
――極上な魔力の持ち主の元へと引っ越しし、共生を申し出ると。
女王の決定が絶対的な群れは、瞬く間に騒がしくなった。
何も聞いていなかった女王の伴侶が慌てたように女王の部屋へとやって来る。
彼が知らないのは当たり前だ。
だって今決めたもの。
「今は冬だぞ」
とか、
「その魔力の持ち主が群れに危害を加えないか見極めてからでも遅くない」
とか、色々説得しようとした女王の伴侶は、頑固な女王の態度にがっくりと項垂れた。
かくして、森の支配者たちの大移動が始まった。
働き蜂たちが巣を持ち上げて運び、女王蜂が先頭を切って飛ぶ。
「危ないです!」
「群れの中にお戻りを~」
という伴侶や子供である働き蜂たちの慌てた声や、必死に制止する声はなんのその。
まだ見ぬ絶品な魔力の持ち主を目掛け、女王は一直線だった。
◇
美穂の畑の奥には梅、柿、スモモの木がそれぞれ数本あった。
余れば近所におすそ分けすることはあれど、ほとんどは小川家で消費されている。
梅は梅干しや梅酒になるし、柿は渋柿が多くほとんどが干し柿や柿渋になる。
スモモは食べられる分だけを残して干したり、果実酒にしていた。
実りの時期が来れば、完熟しきって落ちる前に収穫し仕込む。
それを畑の世話と一緒にしていくためそれなりに忙しい。
今はちょうどどれも収穫時期からはズレているが、梅の木はそろそろ花が咲くだろう。
数本ある梅の木の下で晴れた日に雪かきをして、少し早い花見をするのが小川家の毎年恒例の行事だった。
(個人的には桜より梅の花の方が好きなのよね)
しかし、そんな例年の恒例行事も祖父母が亡くなってから途絶えていた。
(今年はやろうかな)
そんなことを思いながら、美穂はのんびりと畑を歩く。
畑の上には大きな水球が浮かび、そこから優しくしとしとと降る雨のように水が降り注いでいた。
毎朝の日課となっている精霊たちが植えまくった薬草や薬花の水やりだ。
美穂が歩きながら浮かべ降らせているのは、美穂の魔力がたっぷり込められた水。
ただの水ではない。
大地に豊穣を約束された、加護の力が混じる魔力を持つ使徒が作った水だ。
化学肥料なんか目じゃないほどに栄養たっぷりで土が肥え、しかし肥料焼けが起きることは決して無い。
そんな美穂の魔力と大地の精霊たちの力の相乗効果は、累乗どころの騒ぎではなかった。
人の手で育てることが難しいとされる植物が簡単に育つのは序の口。
自給自足している野菜たちが、まず旬の時期を無視し始めた。
次に非常識な速度でぐんぐんと成長し始めた。
最終的には唖然とするほど大きく育ち、味は最高品質。
元の世界での農家たちの血の滲むような努力と、気が遠くなるほどの品種改良によって生まれる最高級品すら簡単に凌駕している。
農家生まれ、農家育ちの現役農家で、肉より野菜を好んでいた美穂も、生野菜がここまで美味しいと感じたのは初めてだった。
精霊たちなんてびっくりするほど美味しい野菜に狂喜乱舞して、文字通り狂ったのかと思うほど踊り明かしている。
この畑で狂ったように踊る精霊の姿は既に見慣れた光景と化していた。
ゆっくりと歩きながら、時折草花の間から顔を出す大地の精霊たちと軽く言葉を交わし、畑の奥へ奥へと歩いていく。
そして……
──美穂はそれを二度見し、顎が外れんばかりに口をぱっかり開けて、凝視した。
畑の奥にある梅や柿、スモモの果樹。
その外側に張っている結界の外に、美穂の背丈よりさらに大きな謎の物体が浮いていた。
見覚えというか、美穂も知っている物だが、大きさが おかしい。
バグってる。
何せ木に吊り下がるのではなく、おそらくその物体の住人たちが飛びながら持ち上げているのだ。
その高さは果樹たちより高い。
そして横にもでかい。
「何、あれ……」
美穂の位置からは正確な大きさは分からないが、住処とするなら、きっとその物体を持ち上げている住人たちも、その周囲を飛んでいる住人たちも、間違いなくでかい。
少なくともこの距離感ではっきりと蜂だとわかる時点でおかしい。
「っ……は、蜂っ!?」
サイズ感に呆気に取られていたが、やっとその種族に理解が追いついた美穂は悲鳴を上げた。
「だ、だ、だ、だ、大ちゃん、大ちゃん、大ちゃん、大ちゃあああああああんっ!蜂っ、でっかい蜂、なんかめっちゃでっかい蜂がいるんだけどおおおっ!!」
悲鳴を上げてその場から猛ダッシュした美穂の背後で、女王蜂が「待ってぇええぇっ!」と結界に張り付いていた。
そして、美穂の姿が見えなくなると、ガクンッ、と見るからに落ち込んだ。
哀れ、女王蜂。
美穂との初対面は、美穂が悲鳴を上げて終わった。
しかし、仕方がないのだ。
何せ美穂は、小さいころに家の近くに巣を作った蜂に刺されたことがある。
蜂は農家にとって受粉を手助けてくれるありがたーい存在だが、美穂はあまりの痛みに泣き叫び、しっかりトラウマになっていた。
美穂のただならぬ様子に飛んできた大福丸によって、群れが命の危機に瀕し、しかし「共生を望む相手を攻撃できない」と逃げ回るまであと数秒。
そして、おっとりと割って入ったおはぎに群れが救われるまで、さらに数秒。
おはぎたちの通訳によって、彼らのお引越し事情を美穂が知ったのは、いきり立った過保護な大福丸が落ち着いた1時間後のことだった。
「えーっとつまりはここに住みたいってこと?」
「そうみたいね」
こくこくこくこくこくこくこく、と女王蜂がもの凄く高速で頷く。
(あんなに頭振って王冠、取れないのかな……)
美穂は、ついつい女王蜂の頭に引っ付いている王冠に目が引かれる。
働き蜂達はごくごく一般的な蜂の金と黒の模様で針がピンクゴールドなのに対して、女王蜂はお尻部分もピンク色。
お尻はふわふわと柔らかい毛が生えていて、もっこもこだ。
蜂だと思った瞬間に悲鳴を上げた美穂だが、ここまで大きくてもっこもこだと、もはやトラウマの原因とは別物である。
「その、気を悪くしたらごめんなさい。念のために聞くけど、刺してきたりはしない、よね……?」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん!と風切り音がするほどの速度で、女王蜂と働き蜂たちが首を振る。
美穂はほっとする。
意思の疎通はできるようだし、普通の蜂と違って、いきなり刺してくることはなさそうだ。
彼女たちの目的は美穂の魔力がこもった花の蜜で、共生を受け入れれば、対価として彼らの蜂蜜をくれるという。
「自慢の蜂蜜だそうよ」
おはぎが通訳してくれた。
女王蜂はふふんっと言わんばかりに胸を張っていた。
蜂の細い腕が、器用に手を組んでいる。
(なんか人間臭いなぁ……)
「うん、分かった。これからよろしくね」
(蜂って意外と表情豊かだなぁ……)
ぱあっと顔を輝かせ、ブンブンと飛び周り始めた蜂たちは、誰がどう見ても喜んでいた。




