12話『温室は魔境』
「──ねえ、これって魔力の濃い深い森の中でしか育たない木よね」
「そーだねー」
美穂は、温室の中に聳え立つ大木を見上げた。
気のせいでなければ「人の手で育てるのは不可能」と本に書かれていたはずの木だ。
それが、何故か温室の中に植えられている。
美穂はぐるりと、温室の中を見渡した。
ビニールハウスだった時より、ずっと天井が高くなった温室。
そこで、降り注ぐ日光を気持ちよさそうに浴びる、希少なはずの木々の群れ。
その根元には、農家の畑だったとは思えない光景が広がっていた。
光る苔が生えた大きな岩。その間を縫うように流れる、小さな川とも言えない水の流れ。
開けた場所では、たくさんの花々がその花びらを誇るかのように、華やかに、美しく咲いていた。
(あ、また知らない花が増えてる)
人の手で育てることは不可能とされている、希少な植物の群れ。
それらを植えたのは、誰であろう──大地の精霊たちである。
ここに、美穂が植えた植物は何一つない。
どれも精霊たちが、どこからともなく持ってきて置いた岩や、植えた植物だ。
所有者は美穂であるはずだが、気づけば精霊たちが好き勝手にしてきた。
(まあ……私も魔法薬を作るのに使わせてもらってるし、希少な薬草とか育ててもらえるなんて、ありがたいことだしねー)
それでも大して気にせず、呑気な事を考える美穂は、ふと疑問を抱いた。
「なんで珍しい植物がこんな場所でも元気に育っているのかな……」
精霊たちがきょとんとした。
まるで「何で分からないの?」というように不思議そうである。
「豊穣をもたらす使徒の魔力がばら撒かれてるんだよ?育たないはずないじゃん」
「美穂からあふれる魔力で魔力の密度も高いしなー」
「……」
美穂としては、特段ばら撒いているつもりなどない。
しかし、総魔力量が多ければ多いほど、魔力生成量もまた多くなるのがこの世界の理。
使わずとも生成される魔力は、使えば使うほど魔力の生成速度も増していく。
突出した魔力量と魔力生成量を誇る使徒が、一日中数種類の結界や魔法を展開し続けていればどうなるか。
当然、魔力の生成速度は桁違いなほどに成長するというものだ。
その結果。
──美穂一人の存在だけで、魔力の高密度な環境を作り出していた。
「あ、ミホだぁ」
ちゃぷんと音を立てて、温室の中に流れる川から水鳥や、ペンギン、アザラシが顔を出す。
「おはよう」
「おはよ~」
様々な海や川の生き物たちから「おはよう」が返ってきた。
もはや異様なはずの光景に慣れた美穂は、温室に流れる川にも、彼らにも何も言わない。
「なんで温室に川があるのか」とか、「彼らの体が完全に隠れるくらい川が深いのか」とか、そういった疑問はとうの昔に過ぎ去った。
美穂の魔力と、同族となる大地の精霊の噂に惹かれた水の精霊たちが勝手に住み着きだしたのは、一週間ほど前。
この水なんだろうなぁと思っていたところに、彼らがぴょこんと顔を出したのだ。
『──初めまして!新しい使徒!』
『僕たちこれから、ここに住むね〜よろしく〜』
『は?え?アザラシ??どっからでてきたの!?』
『水の精霊だよ?あれ?美穂知らなかったの?』
『てっきり、ここに住処を作る許可出してるものだと思ったけど』
『……初めて、知った』
真面目な風の精霊と真逆で、自由気ままな水の精霊たち。
その正体は大地の精霊たちに聞かされた。
そして、当の本人たちは、のほほ〜んと、家主に許可もなく住処を作っていたのだ。
『……』
『……』
流石に無許可、というのは大地の精霊たちもびっくりだった。
『……でも、水の精霊の住処って確か人にとって貴重なものじゃなかったっけ?』
『そのはずだな』
『じゃあ、許可する代わりに水を使わせてもらえば?』
『え?いいの?』
『いいよー、好きなだけ持っててー』
ということで、温室の中の植物たち以上に貴重な水の精霊の住処の水を使えるようになった。
彼ら水の精霊が住処に生み出す水場の水は、泉にしろ、川にしろ、魔法薬の原材料の一つになる。
さらに、大地の精霊がその地の土を良くするように、水の精霊がいる地の水も綺麗で美味しくなる。
彼らの存在のおかげで、美味しかった湧き水がさらにおいしいものになった。
『ま、困ることはないし』
別にいっか、と美穂はあっさり同居人となった彼らを受け入れた。
「そのうち他の属性精霊も住み着き始めそうだね」
「……」
おはぎの素直な感想に、美穂はありえそうだなぁと遠い目をした。




