11話『ドーピング?いえ気分の問題です』
ぺらりぺらりと茶の間から本を捲る音がする。
異世界にやってきて早くも半月。
冬真っ只中の森は朝から雪が降り積もっている。
静かにゆっくりと空から舞い落ちる雪は、ふわふわと降っていた。
木々の枝葉に積もった雪が、重さに負けてゴォッと音を立てて地面へと落ちる。
しかし、店を含めた敷地一帯には全く雪が積もっていない。
雪は降ってきているのに、何かに当たったかのように一定の高さで止まり、敷地の外へと滑り落ちていく。
美穂が張った雪避け結界だった。
効果は積雪を物理的に防ぐだけ。溶けるか雪かきをしなければ、結界の外には滑り落ちた雪がひたすら積もっていく。
この半月で積もりまくった雪は、すでに美穂の身長の倍を超えていた。
しかし、除雪されている場所は、結界の外に出入りする大福丸たちがよく使う一箇所のみ。
誰も不自由を感じていないから、なんとなく出入りしない場所の雪はそのままにされていた。
ちなみに美穂は引きこもって一度も外に出ていない。
(出なくていい環境だと、わざわざ出る必要性を感じないのよねぇ)
そんなことを考えながら引きこもりを正当化する美穂は、のんびりと本をめくる。
この国の冬はまだまだ続く。
最終的には積もるだけ積もらせておくかもしれないし、誰かが除雪するかもしれない。
(除雪するなら魔法使おうかなぁ)
美穂はぺらりぺらりと本を捲りながら、除雪用の魔法を思い出す。
異世界生活二日目に雪避け結界を覚えるために読んだ『雪国で役立つ魔法一覧』という本で見つけた魔法だ。
人の背丈ほどの雪を除雪するのは重労働だ。
せっかく魔法という便利なものがあるのだから、美穂はわざわざ大変な方を選びたくなかった。
何なら自動化できないかな、と更に楽にする方法を考えているくらいだ。
何せこの世界には魔道具なる便利なものがあるのだから。
「あ、あった」
そんなことをつらつら考えながらページをめくっていると、目的の魔法を見つけた。
――大地の精霊の召喚。
それが美穂の探していた魔法だった。
これを探し始めた発端は、美穂が所持している調薬調合スキルだ。
この世界には、魔法薬といわれる類の薬があった。
いわゆる『ポーション』と呼ばれるものに近いだろう。
売るなら国家資格が必要だが、自分で使う分に資格は不要。
せっかくスキルを持っているのだから有効活用せねば、と思い立ったのがつい先日。
しかし、薬草や薬花をただ魔本で取り寄せるのは味気ない。
なら「広大な畑があるのだから育ててみよう」と、凝り性が発動した美穂は、奮起したが……
そこで、はたと思い出した。
畑の半分ほどは、未使用状態で土がカッチカチだ、と。
祖父母が生きていた時はフル活用されていたが、美穂一人になってからは手が回らず、畑の半分は放置状態だった。
魔力で動くトラクターはあるが、せっかくの異世界なのだから魔法を使いたい。
できれば草も綺麗に取り除けるような便利な魔法はないかと、畑に植わっている野菜の世話をしながら探し、かれこれ数日。
ようやく見つけた。
じっくりと読み込んで美穂は頷く。
「うん、使えそう」
精霊は司る属性によって、苦手な環境があるが大地の精霊は寒さにも暑さにも強い。
これが寒さに弱い火の精霊だったら、こんな時期に呼び出すのはいやがらせだ。
本をもって立ち上がり、外に出るため着こむ。
この茶の間にいるのは紅大山猫たちだけ。
皇狼たちは結界の外へと出かけていた。
(近くに面白いものがあったって言ってたけど、なんだろ)
「ちょっと畑に出てくるからね」
炬燵の中で丸くなる二匹に声をかけるが返事はなかった。
もしかしたら、見えないだけで尻尾で返事はしているかもしれない。
ブーツを履いて玄関の扉を開ける。
「さっむ~」
途端に家の中に入ってきた冷たい冬の空気。
美穂は身を縮ませた。
「私の魔力を気に入ってくれる子はいるかな」
滅多に人前に現れない精霊の召喚が成功するか否かは、精霊次第だ。
どれだけ実力のある魔法使いでも、魔力そのものが精霊に気に入られなければ失敗する。
(最低でも三人……いや、贅沢は言わないから一人でもいいから来てほしいなぁ)
のんびりと呟く美穂は忘れていた。
──己の特異さを。
神の加護を、最高神の加護を持ち、世界に恩恵を与える使徒。
この世界において、自然に生きるすべてに愛される存在。
──その、特別さを。
畑もない、それなりに開けた場所に立ち、美穂は魔力を練り上げ始めた。
詠唱を紡いでいくと、目の前に魔法陣が刻まれていく。
そして、魔法が発動し、魔法陣が強く光り輝いた。
その瞬間。
──魔法陣から様々な生き物たちが飛び出してきた。
「あなたが新しい使徒?」
「綺麗な魔力~」
「使徒でも全然違うね」
「僕たちに何をしてほしいの?」
「なんでもかなえてやるよ」
わちゃわちゃわちゃわちゃ。
そんな表現が似合う一気に増した賑やかさに、美穂は呆然としていた。
目の前にいるのは、召喚魔法に応えてくれた精霊たちだ。
猫サイズのモグラ、茶色い夏毛の兎、宙にぷかぷか浮かぶもこもこの羊、掌サイズの羽の生えた小人。
目の前を覆いつくすほどのモフモフと小人の群れは……
──大地の精霊たちだった。
「──あはは~、ごめんね~使徒が精霊召喚をするなんて初めてだから~」
「みんな変わった使徒だぁって興味津々で」
「そ、そう……」
数えきれない精霊たちは、五人を残して一度帰ってもらった。
自然の化身ともいわれる精霊は、あまり一か所にかたまりすぎると自然環境への影響が大きい。
特に大地の精霊がいなくなった地は、使徒がいない場所なら不毛の大地へと変わってしまう。
(つ、疲れた……)
単なる興味だけの精霊は素直に帰ってくれた。
問題はそんな精霊たち以外。
「いやだいやだ」と、ゴネにゴネまくった精霊たちに「週替わりで来てもらう」と、約束をしてやっと帰っていったのが……今。
「それで~畑を耕すお手伝いをしてほしいのぉ?」
「その程度俺様の手にかかれば簡単だ」
「今日のうちに全てふっかふかの土にしてあげるよ」
救いなのは、残った彼らが美穂の話も聞かずにわちゃわちゃ騒ぐ子たちではないことか。
「ありがとう、対価は何がいい?」
「あまぁい、かぼちゃ!」
「俺にんじん!」
「とうもろこし!」
「僕は使徒の魔力が少しほしい」
「あ、私も私も!」
「ええ~ずる~いっ、なら僕も!」
「俺もそっちがいい!」
「じゃあ、私も魔力頂戴っ!」
そうはいっても、やはり騒がしい。
「はいはい、かぼちゃとにんじん、とうもろこし、それから魔力ね。魔力はきちんと朝昼晩、毎日3回あげるから」
「やったっ!使徒の魔力だ魔力だ!!」
「じゃあ早速もらっていい?」
「使徒の魔力をもらったらぁ精霊の格が上がっちゃいそうだねぇ~」
わちゃわちゃわちゃ、わちゃわちゃわちゃ。
さわがしい。
美穂は元気な精霊たちに、さっそく魔力をあげようとして……
(あれ?魔力ってどうやって渡せばいいの?)
首を傾げた。
「じゃあ、いっただっきまーすっ!」
その間に精霊たちは美穂を囲むと、なにやらもぐもぐして、ごっくん。
けふっ、とげっぷをした。
「え……」
気づいたら、彼らの食事が終わっていた。
「……」
彼らは目を輝かせ「美味しいぃぃ!!」と、目からビームが出ているような気迫で叫んでいる。
「……減った感じがしないけど、もういいの?」
「うん、だってあふれてる魔力だけで十分だもん」
「普通の人だったら足りないだろうけど、流石使徒~」
「自然に溢れる魔力だけでも膨大だな」
「すっごい濃密でおいしいっ!」
本来、精霊に対価として魔力を差し出すなら、下級の精霊であっても魔力を全て吸い取られて昏倒してしまう。
この世界で一番魔力の多い種族であっても、例外ではなかった。
しかし、そこは使徒。
自然と溢れてしまう魔力は、常人の保有魔力すら遥かに凌駕する。
何よりその密度も極上だった。
すかすかのパンと、中がみっちりと詰まったパンなら、みっちりと詰まった方がおなか一杯になる。
一般的な家庭料理であれば、おなか一杯に食べてやっと満足するが、一流の料理人が作った高級料理は、満腹にならずとも満足してしまう。
使徒の魔力とはそういう感じ……らしい。
「じゃあ行ってくるね~」
気力とやる気に満ちた精霊たちが、ビューンっと散っていく。
轟々と燃え盛る炎が見えそうだ。
「え?……待って、私の魔力って、そんなドーピングみたいな効果あるの……?」




