10話『秋田犬夫妻はキリッと美男子とおっとり美女』
美穂が目を覚ますと、大福丸とおはぎは既にいなかった。
きな吉はスピスピと気持ちよさそうに寝ている。
美穂が布団から出ると、入り込んだ冷気で寒かったのか、お猫様たちが目を覚ました。
しかし、すぐに二度寝へとしゃれこむ。
ふわふわの毛を撫でると、ごろごろと音が聞こえてきた。
(ああ~たまらん)
柔らかくて滑らかな毛。ゴロゴロの音に合わせて感じる微かな振動。
うっとりしてしまう。
(でも、撫ですぎるとご機嫌ななめ)
それが猫。気分の上下の激しさと気ままさが彼らの魅力だ。
あまり撫ですぎて怒られるか怒られないかのぎりぎりまで堪能する。
椿がチラッと目を開けた。
「終わり?」
返事はないが、口元がモゾモゾと動く。
くわぁ〜っと大きな欠伸をして、クルンッとアンモニャイトになってしまった。
寒いらしいので、この至福の時間は終わりだ。
ごめんごめん、といいながら彼らに布団をかける。
そして、次はきな吉の頭を撫でた。
布団から大きくはみ出した体は横向きになり、足を投げ出している。
ピスピスと鼻が鳴っていた。
(あー、この音いいよね〜)
なんでだろうか、いつもいつも目を閉じて聴き入ってしまう。
おにゃんこたちと違って、きな吉は触られているのにピクリとも起きない。熟睡中だ。
(おっと、こっちもそろそろ終わりかな)
耳がピクッ、ピクッと動いた。
起こす前に撫でる手を止め、抜き足差し足忍び足で襖へと向かった。
「……おやすみなさ〜い」
そう静かに声をかけながら、襖を閉じた。
寝室のある二階から一階へと降りると、ちょうど階段の正面にある玄関が開いた。
どちらかが戻ってきたのだろうか。
(そういえば玄関ってどうやって開けて出入りしてたんだろ)
寝ぼけた頭で美穂はぼんやりと考えた。
家の中は引き戸が大半だが、玄関だけは引き戸ではなく開き戸だ。
(よっぽど二人が器用なんだろうなぁ~)
ふあああ、と美穂は欠伸をする。
目を擦りながら開いた玄関を見て……ぴしりと固まった。
一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。
人間、予測と全く違うことが起きると思考が停止するらしい。
てっきり大きくなった大福丸か、おはぎだと思っていた。
しかし、玄関から入ってきたのはその二人ではなく、見慣れない男だ。
逃げたり、悲鳴を上げたり、家族に助けを求めたりしなければいけない。
なのに、頭は回らず体は動かない。
男の視線が美穂を捉えた。
美穂は思わず身構え……
(……あれ?)
その褐色の目に、どこか既視感を覚えた。
「おはよう……どうした?」
階段で固まっている美穂を見て、男は無表情を穏やかに緩めた。
しかし、すぐに不思議そうな顔へと変わる。
男の声には非常に聞き覚えがあった。
昨日初めて聞いた、低く甘い美声だ。
ぞっとするほど整っている顔立ちに似合わず、柔らかく優しい音色だった。
美穂はパッカンと口を開いて、男を凝視する。
「美穂?」
「だ、だ、だ」
「だ?」
はくはくと餌を求める金魚のように口を開閉させながら。
「だだだだっ、大ちゃんっ?!」
冷ややかな眼差しが似合いそうな美貌がきょとんとして、首を傾げる。
黒と白のまだら模様という見たことのない髪がさらりと揺れた。
よくよく見れば大福丸の毛の色と同じだ。
「ああそうだが」
不思議そうだった大福丸は少し考えて気が付いた。
納得したように頷く。
「人の姿を見たのは初めてだったな。悪い、驚かせた」
「あ、いや……うん、まあ」
驚いた。
色んな意味で驚いた。
(大ちゃんイケメンだなぁ。元からイケワンだったけど、人の姿でもイケメンなのかぁ~。そうか~)
ふと美穂の脳裏に、おっとりした黒虎毛の秋田犬が思い浮かんだ。
その瞬間、大福丸の背後から黒髪の美女がひょっこりと顔を出した。
「あ、うん」
思わず納得の声が漏れた。
声を聴かずとも、彼女が誰なのかわかる。
「中に入らないでどうしたの」
おっとりとした印象を与える垂れた黒目と、ぽってりとした唇。
美女が紡ぐ鈴のような声は、間違いなくおはぎだった。
二人とも長身でスタイルも良いから、並ぶと良い目の保養だ。
「人の姿で驚かせてしまってな」
「あはは、いきなり知らない人が入ってきたのかと思った」
「……ああそうよね。人間は匂いで分からないものね」
ぱたぱたとおはぎが肩に積もった雪を落とした。
「雪降ってたの?」
「さっきまでね。今は止んでるわ」
空いた玄関の向こう側には一面真っ白な雪景色が広がっている。
一晩降り続けていたのか、既に人の姿でも長身な大福丸の膝ほどまで積もっているようだ。
(この辺りっていうか、この国はかなり雪が積もるって話だし、家が雪に埋まる前に何か対策が必要そうね)
大福丸とおはぎが玄関に腰かけ靴を脱ぐ。
その光景を見ながら美穂はふと疑問を抱いた。
「服とか靴ってどこから用意してきたの?」
見た目こそ見覚えのある格好だったから気が付かなかった。
よく考えたら二人が使えるサイズの服や靴はない。
何せ、小川家は男女ともに極端にでかくもなければ小さくもない。
見事に平均身長ばかり。
対して二人はモデルと言わんばかりの高身長だ。
手足の長さぴったりの服なんてない。
身長相応の足が入る靴もない。
どっから持ってきた。
「魔力で作ったやつだぞこれ」
「……ん?」
「作ったというか魔力を服の形にしている感じかしら」
「えーっと……」
つまりはあれか。
美穂は以前アニメで見た、「人間の姿になった真っ裸のドラゴンが魔力で服を作る」という映像を思い出した。
「あれ?でもあれって確か……魔力が尽きたら素っ裸にならない?」
「そうなる前に人の姿が維持できなくなって元の姿に戻るな」
「あ、その姿も魔力を使ってるんだ」
「聖獣と幻獣、あとは高位の魔獣が使える人化の魔法よ。使えるようにしてもらったから、息子たちも使えるわ」
「へぇ~そうなんだ」
それは楽しみだ。
種族としては子供の三人も、人の姿になると美少年と美少女だった。
きな吉は大福丸そっくりだが、にこにこと常に笑っていて、その印象は真逆。
「美穂!おはよう!」
人の姿を取れば人の言葉を話せる彼は、活発な少年だった。
黒猫兄妹たちは、中性的な美人で双子ばりに瓜二つ。
「ん~おはよう」
「おは……ふぁ~、んにゅ……」
眠そうな眼差しも同じだ。
全員が起きてきて、狩りに出かけたワンコズとニャンコズを見送り、美穂も朝食を作る。
といっても朝は基本的にあまり変わらない。
みそ汁とご飯と自作の漬物やお浸し、主菜は焼き魚が多い。
「今日はどうしようかな。う~ん、魚は……あっ、鮭がある。焼き鮭にしーよおっと」
昨晩予約していた炊飯器から、ぱちぱちとご飯が炊かれる音がする。
まだ残り時間は表示されていないが、そろそろ炊き上がりそうだ。
炊きあがりを待つ間に、パパっとみそ汁と焼き鮭を作っておこう。
◇
(あ、雪降ってきた)
朝ごはんを食べていると、大きな窓の向こうでまた雪が降り始めていた。
(う~ん、魔法で雪避けとかできるかな)
そこそこの豪雪地帯に暮らしていたから、雪にも雪かきには慣れている。
それでも、面倒なものは面倒だ。
魔法で楽ができるなら楽がしたい。
食べ終わったら魔法の本を探そうと決めて、美穂はみそ汁をすすった。
美穂が食べ終わってももふもふズはまだ戻っていない。
ストーブの音だけがする静かな茶の間の炬燵でぬくぬくしながら、美穂は魔本を開く。
通販機能の検索窓で雪避けの魔法書と入力すると、早速それなりの数の魔法書がヒットした。
(お、これよさそう)
雪国で役立つ魔法一覧という魔法書を選択する。
座卓に置いてある魔本の隣に魔法陣が浮かんだ。
一冊の本が現れると、魔法陣は静かに消えていった。
早速手に取って表紙を開く。
「あ、一番最初だ」
見開きに書かれた目次のその冒頭に、目的の魔法らしき名前があった。
ペラペラと捲って目的のページを開く。
「おっ」
魔法の練習のコツ、魔法の効果、注意点、使いどころ、あまり使うべきではないところ。
少しだけ目を通した美穂は、自分の引きの良さに、にんまりと笑った。
(これは当たりかな)
魔法書はいわば教本だ。当然、書いた人によって内容は違う。
中身がスッカスッカで習得に役に立たない魔法書もある。
これほど詳細で、魔法の初心者にも分かりやすい魔法書は、逆に少ない。
内容が順序立てて整理され、たくさんの図解と共に丁寧に書かれている魔法書となると、さらに少ない。
魔法書の多くは「魔法の基礎を知っている人なら分かる」内容がほとんどだ。
例えるなら世に溢れる料理本のようなもの。
「調味料を少々」と言っても、素人にはそれがどれくらいか分からない。
「イチョウ切りにする」なんて、具材の切り方を名前で書いても、それが何か分からなければ切りようがない。
それと同じだった。
(う~ん、分かる。とっても分かる)
するすると頭の中に内容が入ってくる。
ご機嫌になりながら、美穂は魔法書を読み進めた。




