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第八話 サークルと友

昼過ぎ。


授業が終わった義弘は食堂のカウンター席に座り、

家から持ってきたおにぎりを頬張りながらノートPCを眺めていた。


画面に映っているのは今期アニメ。


旅。


日常。


スローライフ。


今年は妙に好みに刺さる作品が多い。


昼休みや空きコマを使わないと、

とても消化しきれなかった。


「今期はやっぱ豊作だな」


小さく呟きながら、

義弘はアニメを見続ける。


食堂には昼食を終えた学生がちらほら残っているだけだった。


食器を片付ける音。


遠くから聞こえる雑談。


穏やかな時間が流れている。


すると。


「すみません」


不意に後ろから声を掛けられた。


義弘が振り返る。


そこには一人の男子学生が立っていた。


金髪。


黒縁眼鏡。


リュックにはアニメキャラのキーホルダーがいくつも付いている。


Tシャツにもアニメキャラが大きくプリントされていた。


誰が見てもオタクだと分かる格好だった。


「少しお時間大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ」


すると男子学生は、

少し緊張した様子で口を開いた。


「あの、自分アニメ研究部ってところに所属してるんですけど……その……」


そこで一度、

義弘のノートPCを見る。


「あ、もしかしてアニメ見てました?」


「ああ、はい」


「やっぱり!」


男子学生の表情が一気に明るくなる。


「同士だと思ったんですよ!」


「なるほど」


思わず苦笑する。


「自分、アニメ好きですよ」


「本当ですか!」


嬉しそうな声だった。


「よかったら見学来ませんか?」


義弘は少しだけ考える。


次の授業まではまだ時間がある。


空きコマだ。


断る理由も特にない。


「じゃあ少しだけ」


「本当ですか!」


男子学生は目を輝かせた。


「案内します!」


そうして二人は食堂を後にした。


向かった先は最近完成した新館だった。


エレベーターで最上階へ上がり、

廊下の一番奥まで進む。


男子学生が一枚の扉の前で立ち止まった。


「ここです」


ガチャリ。


扉が開く。


義弘は思わず目を丸くした。


部屋の中央には大型プロジェクター。


壁際にはショーケース。


その中にはフィギュアやアクリルスタンドが並んでいる。


本棚にはラノベや漫画がぎっしり詰まっていた。


「おぉ……」


思わず声が漏れる。


「凄いですね」


「そうなんですよ!」


男子学生が急に早口になる。


「今年発足したばっかりなんですけど部室もらえて! みんなで頑張って集めたんですよ!」


義弘は思わず笑った。


オタク特有の早口だった。


悪くない。


「座って待っててください」


椅子を用意される。


「ちょっと部員呼んできます」


「分かりました」


男子学生は部屋を出ていった。


静かになった部室で、

義弘は再びノートPCを開く。


さっきのアニメの続きを流した。


それから五分ほど経った頃。


ガラガラ。


勢いよく扉が開いた。


「お待たせしましたぁ!」


「いえいえ、別に――」


そこまで言って。


義弘は固まった。


「……え?」


先ほどの男子学生がいた。


だが。


なぜかロープを持っている。


しかも後ろには二人の男子学生が続いていた。


そして。


男子学生は部室の中央へ立つと、

ビシッと義弘を指差した。


「それでは!」


やたら声が大きい。


「本日のアニメ研究部は!」


嫌な予感がした。


「この裏切り者を処刑する方法を考える会とします!」


「はい?????」


義弘は本気で困惑した。


何を言っているんだこいつは。


よく見る。


よく見ると。


どこか見覚えがある顔だった。


「……あれ?」


金髪。


眼鏡。


雰囲気が違うせいで気付かなかった。


「お前……もしかして」


男子学生がニヤリと笑う。


「やっと気付いたか」


そして。


「カス」


その一言で確信した。


「将雅か!?」


そこにいたのは。


中学時代の友人。


大友将雅だった。


「お前は俺を裏切った!」


将雅が机を叩く。


「そして俺の心を傷つけた!」


「は?」


義弘は本気で意味が分からなかった。


「何言ってんだお前」


「これを見ろ!」


将雅がリモコンを操作する。


次の瞬間。


部室のスクリーンに一枚の写真が映し出された。


川越。


郊外学習の時の写真だった。


「これがどうしたんだよ」


「端を見ろ」


言われるまま視線を向ける。


そして。


「あー……」


思わず声が漏れた。


写真の隅。


そこには栞と並んで歩く自分の姿が映っていた。


しかも。


我ながら妙に楽しそうだった。


「おいおいおい」


隣で高野がニヤニヤする。


「これはどういうことですかねぇ義弘さん」


「いや、普通に歩いてただけだから」


「嘘だッ!」


将雅が叫んだ。


やたら迫力がある。


「俺は見たんだ!」


ビシッと指を突き付けてくる。


「食堂から二人で出てきて!」


「一緒に歩いて!」


「仲良さそうに話して!」


「めちゃくちゃ自然だった!」


「何が問題なんだよ」


義弘は呆れる。


すると左のイケメンが真顔で頷いた。


「有罪ですね」


「有罪だな」


右の褐色スポーツ系男子も続く。


「なんて可哀想な将雅」


「だから何の罪なんだよ」


ツッコミが追いつかない。


将雅は悲しそうな顔を作った。


わざとらしい。


「義弘……」


「何だよ」


「俺たちサッカー部で誓ったよな」


嫌な予感がした。


「どうせ彼女なんていらない」


「言ってない」


「二次元には無限の可能性がある」


「聞いてねぇ」


「だから野郎同士で遊んでた方が楽しいって!」


「お前だけだろ」


将雅は天を仰ぐ。


そして。


「なのにお前は!」


再び指を突き付ける。


「女の子と仲良くしている!」


「裏切りだ!」


「俺は今でも彼女いない歴=年齢だってのに!」


数秒。


静寂が流れた。


そして。


「ぶっ」


義弘は吹き出した。


「おまっ……」


肩が震える。


「何だよその理由!」


笑いが止まらない。


「面白すぎるだろ!」


将雅も堪えきれなくなった。


「くくっ……」


肩が震える。


「ははっ……」


そして。


「くっはははははは!」


盛大に笑い出した。


義弘もつられて笑う。


中学の頃と同じだった。


くだらないことで騒いで。


どうでもいいことで笑う。


それが妙に懐かしかった。


ひとしきり笑った後。


将雅がニヤッと笑う。


「よぉ」


「おう」


「久しぶりだな義弘」


「だな、将雅」


自然と言葉が出た。


数年ぶりの再会だった。


それなのに。


昨日も会っていたような感覚だった。


将雅たち三人は義弘の向かいに座る。


「いやー」


将雅が頭を掻く。


「女の子と二人で歩いてたからビビらせようと思ったんだけどな」


「俺も久々にこういうノリ食らったわ」


義弘は苦笑する。


すると将雅が思い出したように手を叩いた。


「あ、紹介してなかった」


右側の男子を指差す。


「こっちが高野一樹」


「どうもー」


高野が軽く手を上げる。


「よろしく」


続いて左側。


「こっちが飯島翔太」


「翔太です」


飯島は苦笑しながら頭を下げた。


「ごめんね」


そして将雅を見る。


「将雅がアホで」


「おい」


即座にツッコミが飛ぶ。


部室に笑いが起きた。


義弘も思わず笑う。


「よろしくです」


軽く頭を下げる。


「佐久間義弘です」


そして。


「知っての通り、そこのアホの中学時代の同級生です」


「誰がアホだ!」


将雅が即座に反応した。


再び部室に笑い声が響いた。


ひとしきり笑い終わった後。


義弘はふと部室を見回した。


広い。


思ったより広い。


ショーケースもある。


本棚もある。


プロジェクターまである。


しかし。


「そういやさ」


義弘が首を傾げる。


「他の部員は?」


すると三人が同時に黙った。


妙な沈黙だった。


「……ん?」


将雅が視線を逸らす。


高野が天井を見る。


飯島が咳払いする。


嫌な予感がした。


「まさか」


義弘が聞く。


「お前らだけ?」


「はい」


三人同時だった。


「マジかよ」


思わずツッコミが出る。


「いや部室めっちゃ立派じゃん」


「それは大学側が優しかった」


「なるほど」


「部員は?」


「三人」


「少なっ」


部室に笑いが起きた。


将雅は腕を組む。


「だから勧誘してるんだよ」


「なるほどな」


ようやく話が繋がった。


食堂で突然声を掛けられた理由も分かる。


飯島が苦笑する。


「今のところ見学来た人全員逃げた」


「原因お前らじゃね?」


義弘が即答する。


すると三人は顔を見合わせた。


「それがな」


将雅が頭を掻く。


「結構言われるんだよ」


「何を?」


高野が苦笑した。


「オタクっぽくないって」


「は?」


義弘は改めて三人を見る。


将雅は金髪。


高野は褐色でスポーツマン体型。


飯島は普通にイケメン。


確かに。


言われてみればアニメ研究部のイメージとは少し違う。


「見学に来た人がさ」


飯島が続ける。


「部室入った瞬間に固まるんだよ」


「なんで?」


「陽キャの集まりだと思われる」


義弘は少し納得した。


「なるほど」


将雅が肩を竦める。


「俺ら別に陽キャじゃねぇんだけどな」


「いや」


義弘は即答した。


「普通に陽キャ寄りだろ」


「マジ?」


「マジ」


三人が微妙な顔になる。


高野が腕を組んだ。


「でもアニメの話すると引かれるんだよな」


「それはオタクだからだろ」


「酷くね?」


「事実だろ」


飯島が苦笑する。


「見学者も大体そんな感じ」


「最初は安心するんだけど」


「話し始めると俺らが思った以上にオタクだから逃げる」


「逆じゃねぇか」


義弘は思わず笑った。


「陽キャだから逃げるのかオタクだから逃げるのかどっちなんだよ」


「両方」


三人同時だった。


「めんどくせぇな」


部室に笑い声が広がる。


「だから義弘」


将雅がニヤリと笑った。


「お前みたいな奴を探してたんだよ」


「どういう意味だよ」


「見た目普通なのに中身が終わってるタイプ」


「喧嘩売ってんのか?」


「でもまあ」


将雅が身を乗り出す。


「義弘ならいけるだろ」


「何がだよ」


「オタクだし」


「雑な理由だな」


すると飯島が口を開く。


「そういえば」


「ん?」


「今どれくらいアニメ見てるの?」


何気ない質問だった。


義弘も何気なく答える。


「今期なら十五本くらいですね」


「一番好きならこれですけど」


義弘は続ける。


「作画ならこっち」


「脚本ならこっち」


「演出ならこっち」


「原作再現ならこっち」


「癒し枠ならこっち」


「いや何で評価軸がそんな細かいんだよ」


将雅が突っ込む。


「ガチじゃん」


高野が呟く。


「いや普通だろ」


「普通じゃねぇよ」


即座に否定された。


将雅が身を乗り出す。


「待て」


嫌な予感がした。


「じゃあ好きな作品は?」


「いっぱいありますけど……」


義弘は少し考える。


「日常系ならこれで」


「旅系ならこれ」


「青春系ならこれ」


「SFならこれ」


「ロボットならこれ」


「スポ根ならこれ」


「泣きならこれ」


「ラブコメならこれですね」


数秒。


沈黙。


「ジャンルごとに出てくるの怖くね?」


高野が呟いた。


答えるたびに三人の顔色が変わっていく。


「え」


「それ知ってるの?」


「マジで?」


「原作まで読んでるの?」


義弘が首を傾げる。


「普通じゃないか?」


「普通じゃない」


三人同時だった。


将雅がニヤリと笑う。


「じゃあ聞くけど」


嫌な予感しかしない。


「フィギュア何体持ってる?」


「百ちょい?」


「は?」


「正確には百十三」


「数えてんじゃねぇか」


「飾ったりするときの管理で」


「そこまで数えねぇよ」


沈黙。


部室の空気が止まった。


「は?」


将雅が聞き返す。


「百?」


「百ちょい」


「待て待て待て」


高野が慌てる。


「ショーケース何個ある?」


「家に三つ」


「三つ!?」


今度は飯島が叫んだ。


「アクスタは?」


「たぶん二百超えてる」


「たぶん?」


「去年エクセルで管理するのやめたから」


「エクセル?」


「エクセル?」


「エクセル?」


数秒。


沈黙。


そして。


「待て」


将雅が手を上げた。


「まだ何かあるのか」


義弘は少し考える。


「あ」


「ん?」


「円盤も買いますよ」


「何本くらい?」


「去年は十本くらい」


「全部1巻だけ?」


「全巻ですね」


「は?」


「特典欲しかったので」


「待て」


「イベント応募券とか」


「待て」


義弘は本気で困惑した。


むしろ。


この反応に困惑していた。


「いや」


首を傾げる。


「普通じゃないのか?」


「普通じゃねぇよ!」


また三人同時だった。


部室中に声が響く。


義弘はようやく理解した。


どうやら。


自分が思っていたよりも。


少しだけ。


いやかなり。


オタクだったらしい。


「勧誘したつもりだったんだが」


「気付いたら幹部候補だった」


将雅が真顔になる。


「判決」


「何だよ」


「被告人佐久間義弘」


「だから被告人じゃねぇって」


「お前は我々より重症だ」


「有罪」


「だから何の罪なんだよ」


「隠れオタク罪」


「そんな罪ねぇよ」


すると飯島が苦笑した。


「でも正直安心した」


「ん?」


「ようやくまともにアニメの話できそう」


高野も頷く。


「今まで温度差が凄かったからな」


将雅が言う。


「で」


「ん?」


将雅たちを見渡す。


相変わらずくだらない。


けれど。


久しぶりに気を遣わず話せる相手だった。


「入る?」


将雅が聞く。


義弘は親指を立てる。


「おうよ」


将雅が笑った。


「よし、一人確保」


「言い方」


高野が吹き出す。


飯島も苦笑する。


部室に再び笑い声が広がった。


こうして義弘は。


大学生活最初のサークルに入ることになった。

遅くなって申し訳ないです。ちょっと大学が忙しくなってしまいこっちに手を回せる状況が減ってしまってました。ちゃんと続けるので不定期(1.5週に一話くらい?)になってしまいますが皆さんお待ちください。

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