第七話 食堂と影
川越の郊外学習に行った次の日の昼過ぎ。
昼食の時間が終わり、三限が始まり周りには人がポツポツと居るだけで閑散としていた。
食堂のカウンターの奥から大量の食器を片付けている音や、三限が空きコマの学生が駄弁っている声が聞こえる。
そんな中、義弘はカウンター席に一人でノートPCを開いて、
川越のレポートを書いていた。
キーボードをスラスラと打ち込みながら書き進めていく。
そこへ。
「佐久間くん、
お隣大丈夫ですか?」
「おっ、
栞さんじゃないですか、
大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます」
現れたのは栞だった。
栞は義弘の隣へ座ると、
ノートPCを開いた。
画面には、
既に『川越郊外学習レポート』の文字が表示されている。
「あの~佐久間くんはどこまで進んでるんですか?」
「自分は、こんな感じですね」
ある程度進捗の進んでいるレポートを見せるようにノートPCを傾けた。
「雨宮さんはどうなんですか?」
「同じくらいですよ」
そういって同じようにこちらに傾けて見せてきた。
そこに書いてあった内容は、『少し路地に入れば落ち着いていて歩きやすく、楽しめるが、メインストリートは道が狭いのに人が多く小さい子などは危険』と書いてあった。
「なんか似た内容ですね」
「そうですね」
似た内容を書いており少し照れくさくなった。
それは栞もそうだった。
レポートの課題には、
写真を二枚以上添付する必要があった。
義弘は自分の撮った写真フォルダを開く。
裏路地。
東明寺の山門。
川越城本丸御殿。
静かな景色が並んでいた。
「佐久間くん、
やっぱり静かな場所ばっかりですね」
栞が少し笑う。
「雨宮さんもじゃないですか」
義弘がそう言うと、
栞も自分の写真フォルダを開いた。
義弘は思わず、
栞の写真を見比べる。
静かな神社。
裏路地。
木漏れ日。
自分が撮った写真と、
驚くほど空気が似ていた。
「……本当に似てますね」
「ですね」
二人とも、
少しだけ照れくさそうに笑う。
その時。
義弘の視線が、
一枚の写真で止まった。
東明寺。
木漏れ日の差し込む境内。
その奥に、
景色を見上げる自分の後ろ姿が小さく写っていた。
「……あ」
思わず声が漏れる。
栞が少しだけ目を逸らした。
「あ、
すみません。
勝手に写ってました」
「いや……
全然大丈夫ですけど」
義弘は少しだけ照れくさくなる。
自分が誰かの写真に、
自然に写っていること自体が、
なんだか不思議だった。
「なんか、
雰囲気良かったので」
栞が静かに言う。
その言葉に、
義弘は少しだけ視線を逸らした。
食堂の奥では、
食器を片付ける音が響いている。
周囲の学生の笑い声も、
どこか遠く感じた。
少しだけ沈黙が流れる。
けれど、
嫌な空気ではなかった。
やがて栞が、
少し迷うようにスマホを取り出す。
「……あの」
「はい?」
「写真、
送りますか?」
義弘は一瞬だけ止まる。
けれど、
すぐに小さく笑った。
「じゃあ、
LINE交換します?」
栞は少し驚いたように目を丸くした後、
柔らかく笑った。
「……はい」
二人はスマホを取り出し、
静かにLINEを交換する。
その後も二人は、
送り合った写真を見せながら、
時折小さく笑い合っていた。
「あ、
これ綺麗ですね」
「そこ、
結構好きな場所です」
そんな会話を続けながら、
気付けばレポートも、
ほとんど完成していた。
食堂の外では、
いつの間にか人が増えており三限が終わっていた。
「次の授業ってどこですか?」
「五号館の二階の部屋ですね」
「同じですね」
「じゃあ一緒に行きませんか」
「良いですよ」
栞がそう言って、
ノートPCを閉じる。
義弘もそれに続くように、
画面を閉じた。
食堂の外へ出ると、
廊下には三限終わりの学生達が増えていた。
談笑しながら歩く声。
教室移動をする人の流れ。
その中を、
義弘と栞は並んで歩き出す。
「五号館って、
地味に遠いですよね」
「分かります。
移動だけでちょっと疲れます」
そんな何気ない会話を交わしながら、
二人はゆっくりと歩いていく。
義弘は、
少しだけ不思議な気持ちになっていた。
雨宮さんとこうして並んで歩いていることが、
不思議なくらい自然だった。
そして、
少しだけ心地良いと思っている自分に、
小さく戸惑っていた。
食堂から出ていく二人の背中を、
少し離れた席から見つめる視線があった。
「……あれって」
小さく呟く。
その人物は、
並んで歩いていく義弘と栞を、
どこか興味深そうに眺めていた。
——その視線に、
二人は、気付かなかった。




