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第六話 小江戸と再会

郊外学習当日。


集合場所の川越駅前には、

既に多くの学生達が集まっていた。


観光学科一年合同。


人数も多い。


教授が前へ出て、

資料を配りながら説明を始める。


「はい、今回のテーマは

『歴史的町並みと観光活性化』です」


「皆さん、グループでも個人でも良いので、

 実際に川越を歩いて、

 川越の魅力や改善点を探してみてください」


「一週間後までに、

 レポートをクラスルームへ提出」


そう言って、

郊外学習が始まった。


蔵造りの街並み。


食べ歩き。


観光客で賑わう一番街。


周囲では、

学生達が楽しそうに写真を撮っている。


「これインスタ載せよー!」


「やっぱ時の鐘は撮るでしょ!」


有名な店には、

既に行列も出来ていた。


義弘はそんな光景を横目に、

少しだけ人混みから離れる。


時の鐘から外れた細道。


裏路地。


古い木造建築。


小さな神社。


観光地なのに、

少しだけ“日常”が残っている場所。


義弘は、

そういう景色へ自然と足が向いてしまう。


その時だった。


少し先の路地で、

スマホを構えている女子学生の姿が見えた。


肩まで伸びた黒髪。


落ち着いた雰囲気。


見覚えがある。


「……あ」


相手もこちらへ気付き、

小さく目を丸くした。


「佐久間くん」


雨宮栞だった。


お互い、

少し驚く。


栞もまた、

賑やかな通りから離れていた。


「……人、多かったので」


栞が少し苦笑する。


「ちょっと逃げてきました」


「あー……分かります」


義弘も思わず苦笑した。


「雨宮さんも、

 こういう場所来るんですね」


「静かな方が落ち着くので」


そう言いながら、

栞は路地の奥へ視線を向ける。


少しだけ風が吹いた。


遠くの賑わいが、

別の場所みたいに聞こえる。


短い沈黙。


けれど、

不思議と気まずくはなかった。


その空気のまま、

義弘は少し迷ってから口を開く。


「……今、一人ですよね」


「はい」


「もし良かったら、

 一緒に回りますか?」


言った後で、

少しだけ緊張する。


自分から誰かを誘うのは、

かなり久しぶりだった。


栞は少し驚いたように、

こちらを見た。


「……良いんですか?」


「え?」


「てっきり佐久間くん、

 一人で回りたいタイプなのかと思ってました」


「あー……」


義弘は少し視線を逸らす。


「まあ、

 そう見えますよね」


少し迷ってから、

続ける。


「元々は、

 結構みんなで遊び行ったりするの好きだったんです」


「でも、

 高校の時に色々あって」


「それから、

 一人で出かけること増えました」


そこまで言って、

少しだけ苦笑する。


重く聞こえただろうか。


そう思った時。


栞が、

少しだけ義弘との距離を縮めた。


「じゃあ」


柔らかく笑う。


「今日は一緒に回りましょう」


その言葉に、

義弘は少しだけ目を丸くした。


けれど次の瞬間、

自然と笑っていた。


少し歩くと、

観光客で賑わっていた通りから、

徐々に人通りが減っていった。


蔵造りの町並みを外れた先。


住宅街に近い静かな道を、

義弘と栞は並んで歩いていく。


五月の風が、

少しだけ暖かい。


遠くでは、

まだ観光地の賑わいが聞こえていた。


「川越って、

 有名なところ以外も結構ありますよね」


義弘が周囲を見ながら言う。


「分かります。

 ちょっと外れるだけで、

 空気変わりますよね」


栞も小さく頷いた。


「なんか、

 観光地って感じ薄くなるというか」


「生活感ありますよね」


「それです」


栞は少し嬉しそうに笑った。


「観光地なのに、

 ちゃんと人が暮らしてる感じするの好きなんです」


「あー……

 分かります」


義弘も周囲を見回す。


洗濯物。


古い自転車。


住宅の庭先。


観光地のすぐ隣に、

普通の日常が残っている。


そういう空気が、

義弘も好きだった。


やがて二人は、

川越城 富士見櫓跡へ辿り着く。


観光客はほとんど居ない。


石碑と、

少し開けた景色。


静かな場所だった。


「……落ち着きますね」


栞が周囲を見回しながら呟く。


「多分、

 みんな時の鐘とかに行ってるんだと思います」


「なんか勿体ないですね」


そう言いながら、

栞は景色へスマホを向けた。


「雨宮さんって、

 写真結構撮りますよね」


「撮ります」


栞はスマホを下ろしながら頷く。


「でも、

 上手く撮るっていうより、

 空気残したい感じかもです」


その言葉に、

義弘は少し笑った。


「なんか分かります」


「佐久間くんもですよね?」


「え?」


「前見せてもらった秩父の写真。

 “綺麗に撮る”っていうより、

 その場の感じ残してる気がしました」


義弘は少し照れくさくなる。


そんな風に写真を見てもらえたことが、

今まであまり無かった。


「……意識はしてます」


「やっぱり」


栞は少し嬉しそうに笑った。


そのまま歩き、

今度は川越城 本丸御殿へ向かう。


木造の廊下。


畳の匂い。


静かな空気。


義弘は自然と展示へ目を向けていた。


年表。


甲冑。


城の構造図。


気付けば、

かなり真剣に見入っている。


その様子を見て、

栞が少し笑った。


「佐久間くん、

 こういうの好きなんですね」


「あー……

 結構好きです」


少し照れながら答える。


「戦国時代とか、

 昔から好きで」


「意外です」


「え、そうですか?」


「もっと景色とか、

 自然だけ好きなタイプかと思ってました」


「あー……

 でも城とか神社って、

 景色と一緒に見るの好きなんですよ」


「どういう感じですか?」


義弘は少し考える。


「……そこに昔の人が居たんだな、

 みたいなの想像するの好きなんです」


「あー……」


栞が小さく頷く。


「分かるかもです」


「城とか神社って、

 何百年もそこにあるじゃないですか」


「はい」


「だから、

 今見てる景色も、

 昔と少し繋がってる感じするというか」


言い終わってから、

少しだけ不安になる。


また渋いと思われただろうか。


けれど。


「私も好きですよ」


栞はすぐにそう返した。


「え?」


「お城」


そう言って、

栞はバッグから小さなファイルを取り出す。


中には、

色々な城の御城印が入っていた。


松本城。


会津若松城。


小田原城。


「……すご」


義弘は思わず声を漏らす。


「集めてるんですか?」


「旅行行った時に、

 少しずつ」


栞は少し照れくさそうに笑った。


「周りに城好きあんまり居ないので、

 普段は話さないですけど」


「いや、

 めちゃくちゃ本格的じゃないですか」


「佐久間くんこそ、

 本丸御殿来てから目キラキラしてましたよ」


「してました?」


「してました」


少し笑いながら、

栞が頷く。


義弘は少し恥ずかしくなって、

視線を逸らした。


「なんか、

 似てますね」


「ですね」


静かな返事だった。


その後、

二人は本丸御殿の御城印を買う。


「せっかくだし、

 一緒に買いません?」


「いいですね」


並んで御城印を受け取る。


その時間が、

義弘には少し不思議だった。


誰かとこういう場所を回ること自体、

今までほとんど無かったからだ。


その後、

二人は川越氷川神社へ向かった。


境内には、

まだ観光客の姿が残っている。


風鈴の音。


木々の揺れる音。


神社独特の静かな空気。


栞は鳥居を見上げながら、

小さく息を吐いた。


「……やっぱ神社好きです」


「落ち着きますよね」


「はい。

 空気違う感じします」


義弘も頷く。


「なんか、

 ちょっと涼しい感じしますよね」


「あ、それ思います」


「木多いからですかね」


「でも、

 それだけじゃない感じしません?」


栞の言葉に、

義弘は少し笑った。


「分かります。

 なんか“静かさ”が違うというか」


二人はそのまま、

少しだけ無言で境内を歩く。


けれど、

その沈黙は不思議と心地良かった。


その後、

二人は東明寺へ向かった。


観光客はほとんど居ない。


木漏れ日。


古い山門。


静かな境内。


遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。


栞が足を止めた。


「……こういう場所、

 なんでみんな来ないんでしょうね」


ぽつりと呟く。


義弘は少し考え、

静かな境内を見回した。


「有名な場所だけ回って、

 満足する人も多いんじゃないですかね」


「でも、

 勿体ないです」


「それは分かります」


義弘は少し笑う。


「でも逆に、

 こういう場所って」


「俺たちみたいな少数だけが知ってる感じして、

 ちょっと好きかもしれないです」


栞は少し目を丸くした後、

小さく笑った。


「……確かに」


木漏れ日が、

静かに境内へ落ちる。


「私たちだけが知ってる、

 最高の観光って感じしますね」


その言葉に、

義弘は少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。

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