第四話 星ノ木学園の問題児たち
世界初の魔法教育機関、星ノ木学園。
創立してから三百年もの歴史を誇り、魔法学校を代表する名門校。小中高一貫の大規模な校舎が一面に敷き詰めている。
騎士のシンボルカラー、白で塗り固められた洋風の造りに、制服も純白のブレザーと、白チェックのズボンとスカート。
天井は高く、通路は開放的で、施設も充実している。体育館やグラウンドで朝練の部活に励む生徒もいれば、実践授業でも使用される広大な中庭で、剣を振るう者や、的に矢を放つ者、掌から炎を浮かべたり、水飛沫を放つ魔法の訓練も盛んに実施されている。
一方で名門学校、といっても、決して「品行方正なお金持ちが集まるところ」ではない。星ノ木の第一の武器となるのが、騎士になるべくありふれた戦力。
入学の条件は、未就学児の時点で魔法を開花させた者。
または、名を馳せた魔法使いの肉親を持っている者。
このどちらかに当てはまれば、誰であろうと、時に今、人外であろうとも騎士団の即戦力になりうる輩は、入学を許可される
卒業生の八割は騎士団に配属。ここは、優秀な騎士を育てる養成学校といってもいい。
悪く言い換えてしまえば、強者なら大歓迎。強ければ何でもあり。
制服を着崩したり、ジャージで登校したりと服装の規則も見るからに緩い。
それだけなら、まだ微笑ましいものだ。
朝っぱらから屋上で殴り合いの喧嘩が繰り広げられるほど、不良という類も珍しいものでもない。
今日も野獣コンビで知られる黒野家の双子が、十数人ほどの不良少年らと拳を交わしていた。
多勢に無勢、そんな常識の言葉など双子の拳の前では軽々と吹っ飛ぶ。
二人の傷一つない肌色が、圧倒的な力の差を示していた。
神樹が突き抜ける空に最も近い、塔屋の上であぐらをかいて座る一人の少年。燃えるような赤い髪に、蛇の如く鋭い目つきは、小動物など一睨みで殺してしまいそうだ。
ボタンを全開にした制服のシャツからは、炎柄のTシャツが鮮やかに冴えていた。
見てくれからして不良の類に仲間入りする少年だが、下での喧嘩に混ざるどころか、目もくれずに、彼が一点に凝縮するのはスマホの画面の────ピンク頭にアホ毛の子供、悪魔兄弟の末っ子、アイスケだ。
スワイプしても、スワイプしても、スワイプしても、アイスケの限りない数の写真。
そのキリのない動作を、当たり前のように延々としていた時だった。
「一時間目からサボる気満々だね」
背後からの声に、少年は座ったまま、目線だけ向ける。
ネコミミの少女だった。
正確に言うと、小柄な体躯に黒いネコミミフードのパーカーを身に纏う、学園の少女。
スカートは履いておらず、指定の体操着の紺色の短パンがチラリと覗いていた。
それでも、フードの下の小さな顔は、十人中十人が揃って美少女だと断言できるほど、可愛らしいものだった。
「………お前も人のこと言えないだろ」
少年は不機嫌さを凝縮したような凄みのある声を放った。
少女はクスクスと笑う。
「やだなぁ、キミと同じ不良扱いされるのは侵害だよ。ボクのは………そうだな。運命のプリンセス探し。そう呼んでほしいよ」
「そっちの方がタチが悪いな」
少年がうざったそうに言葉を返す。
その手にチラついたピンク頭の写真を見て、うげっ、と少女は苦虫を潰したように顔をしかめた。
「相変わらずキミも悪趣味だね」
「あ?」
「そんな天使の皮被ったゲス悪魔のどこがいいんだか──っ!」
轟! と少年の掌に紅蓮の炎が纏い、少女の顔面へと熱した手刀が飛んだ。
フッ、と風に飲み込まれるように、少女は身を消し飛ばし────弾むステップを鳴らして、階段の縁まで着地した。
ちっ、と少年が苛々しく舌打ちする。
「俺の嫁の悪口は許さねえ」
「勝手に嫁にしてるし………」
「勝手じゃねえ。幼稚園の頃に婚約してる」
「それ言ったらみんな大体幼稚園で結婚しちゃってるよ………」
はあ、と少女は呆れるようにため息をつく。
「キミは分かってないなぁ」
いい? と少女は人差し指を立てて主張した。
「運命のプリンセスっていうのはね、そんな強引に掴むものじゃなくて………もっとロマンチックな雰囲気の中で、甘い言葉を囁いて、優しく手を引き寄せて………じれったくも情熱的な…………そう………まるで舞台に立つ王子と姫のように──」
「何をやってるんだぁっ!!」
塔屋の扉が叩き上けられ、凄まじい怒号が響いた。
「やべっ、教頭だっ!」
双子は振り上げた拳を止めて、後ずさった。
突っ伏した不良少年らも慌てて起き上がる。
「逃さんぞ!」
パン! と教頭が両手を叩くと、不透明のシールドが屋上を囲むように張り詰めた。
「全員職員室まで来てもらうからなッ!!」
どんどんっ! と足を踏み鳴らして不良たちに歩み寄る教頭。その上から、少女の憂わしげなため息が溢れた。
「あのさぁ先生。あいにくボクは忙しいんだ。不良の揉め事に巻き込まないでくれる、かなっ!?」
刹那────快晴の青空に黒いネコが羽ばたいた。
とんびのように手を広げ、シールドの上を掻っ切り────そのまま下へと落下した。
「なっ!?」
教頭はシールドを解いて、フェンス越しに目を瞠る。
少女は地に吸い込まれるようにまっすぐと落下し、それでも愉快げに笑っていた。
フードが剥がれて、ショートの黒髪が顔いっぱいに振り乱した。
下から数々の悲鳴が上がり、付近の生徒らは散らばるように逃げる。
約二十メートルの校舎を飛び降り、硬いグラウンドにに叩きつけられる──その悲劇の前に、一陣の風が吹いた。
少女の伸ばした両手から、渦を巻いた爆風が地面を抉り、落下速度が緩やかになる。
ふわりと体を半回転させ、荒々しく開けた風穴に足を着地させた。
ふう、とフェンスに張り付いて凝固していた教頭も一息つく。
「あれは天性血統の危険種………風斬 真琴か………!」
と、地を駆けるネコミミの後ろ姿を睨んだ。
しいん、と屋上は静寂に包まれている。
ふと辺りを見渡すと、そこには教頭自身の影しか残っていなくて──
「ああああああああああっ!! 逃げられたああああああああっ!!」




