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プロローグ 夜の街から狂詩曲《ラプソディー》

「アミちゃん………愛してる!!」


 

 ネオンサインが彩る夜の街。

 若者の華やぐ声、露店のスイーツの甘い香り、さらさらと吹く冷たい夜風。

 遠くにそびえ立つ瑠璃色に輝く神樹しんじゅが見守る中、テラス席で男と女は熱のこもった視線を交わした。


「私もよ…………嬉しい!」


 男の骨張った指と、女の細い指が重なるように触れ合った。


「ふふっ、ヒサシさんみたいな超イケメン彼氏ができたって知られたら、私周りに妬まれちゃうかも!」


「はははっ、俺こそアミちゃんみたいな超絶可愛い子連れてたら、嫉妬で刺されそうだ」


「やだ、もう…………でも、ホント夢みたい。ヒサシさんを狙ってる人なんて、ごまんといると思ってたから」


「何言ってんだよ。そんなことないって」


 男はグッと女の手を握り締めた。



「俺には、アミちゃんだけだ「ぱぱー」



 男の愛の告白は、いとも簡単に玉砕した。


 あどけなく高らかな声によって。


「「は?」」


 男女は指を絡ませたままフリーズする。


 ピコン、ピコン、と触覚のようなアホ毛が揺れている。


 二人同時に顎を引いて視線を下げると、小さな子供がいた。


 くすみのない艶やかなピンク色の髪に、クリクリとした黒目がちの瞳。ぷにぷにほっぺに、ぷっくり小さな苺色の唇。


 夜の街に、無垢なる天使が舞い降りた。


 そう言っても過言ではないほど、愛くるしいオーラに満ち溢れていた。


 だが、その可愛さにぞっこんするほど今の状況は決して穏やかではない。


「ぱ、ぱ………?」


 女は度肝を抜かれたように瞠目する。


「そうだよー! ぼくのぱぱ! ねーねーぱぱー! こんなところでなにしてるのー? あーっ! わかった! またあたらしいおんな?」


 ひっ、と子供に掴まれた男の腕から肩にかけて痙攣が起きた。


 女は緩やかな表情から一変、眉間にシワを寄せて問い詰める。


「ちょっ、ちょっと!! どういうことよ!? ヒサシさん子供がいたの!? しかも、新しい女って………」


「しっ、知らない!! こんなガキ!! 知らないって!! くそっ! 何なんだよ!? あっち行け!!」


 手を振り払われ、上から罵声を浴びた子供は、ふぇ、と口をへの字に曲げて、ぷるぷると捨てられた子犬のように震える。

 うっ、と男女は大人の条件反射からか呻いた。

 子供は長いまつ毛を落として、目の縁から涙を浮かべる。


「ひどいよぱぱぁ…………ぼくのこと、わすれちゃったの? きょうはぱぱのおたんじょうびだから、いっぱいおいわいしてあげようとおもったのにぃ………」


 ひっく、ひっく、と嗚咽を漏らして、子供はクシャクシャに顔を歪めて涙の雨を降らす。


 これには女も黙っていられなかった。


「何泣かせてるのよ!? この子、あなたの誕生日まで知ってるし…………どういうことか説明しなさいよ!!」


「だから知らないって!! 俺に子供なんか「パパーっ!」


 さらなる不意打ちに、男の体は跳ね上がり、イスが飛んだ。


 次に現れたのは、黒髪姫カットの少女。子犬のような丸くつぶらな瞳が、キラキラとネオンサインと同じくらい強く光っていた。


「あーっ!! パパってばまた知らない女の人と美味しいもの食べてる〜! ずるい〜! ユメにもちょーだいっ!」


 姫カットの少女はびしっと指を差して、弾む足取りでテーブルまで寄ってきて、ひょいと男のミートパイをつまんで口に放り込んだ。んにゃ〜っ、と猫みたいに喉を鳴らして味わっているようだ。


「むっ、娘まで………」


「ちっ、違う!! 違うんだ「ちょっと、パパ!!」


 尖った声が響いて、男は「いぎゃあっ!」とみっともない悲鳴を上げる。


 金髪に黒メッシュの、ヤンキー風の少女が膨れっ面をしていた。

 派手な髪色に紅色の猫目だが、少女らしい愛らしさもある。だが男にとって血の気も引かれるこの惨劇に、可愛いの一言など浮かぶはずもなかった。


「せっかく誕生日祝いに来たっていうのにまた知らない女と…………踏まれたいの!? この豚!!」


「何だこのキャラ!? 知らないっ! ホントに知らないから………」


「パパっ!」


「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」


 男は脳天から爪先にかけて戦慄が走った。


 綿菓子のようなふわふわしたクリーム色の髪の毛を揺らして、手を振ってこちらに走り寄ってきた、中学生ほどの少年。

 優美な顔立ちから柔らかい笑みを浮かべているが、男にとっては、もはや悪魔の微笑みにしか見えなかった。

 ここにいる四人の子供が、幸せなひとときを地獄までぶち落とす悪魔だと。


「パパ、お誕生日おめでとう。二十六歳だよね?」


「いやその歳でお前みたいなでっかい子供いるわけないだろっ!」


「やだなぁ、俺小一だよ?」


「見えるかっ!」


 クリーム色の少年は、小一とは思えぬ見透かしたような笑みを向けている。


 これには女も口を開けたまま絶句していた。


 男は振り返ってはすぐに弁解する。


「これは悪ガキのイタズラなんだ!! 俺は子供なんていないし、他の女もいない!! 信じてくれ!! 本当にアミちゃんだけだ!!」


「………………………」


 女は戸惑いがちに視線を泳がせる。


 男は愛を誓った女の肩を掴んで、「なぁ!」と無理やりでも視線を奪った。


 その熱い眼差しに、女の頬が赤らむ。


「そ、そうね………こんなことってあり得ないし………ヒサシさんを、信じるわ………ごめんなさい………」


 女の紅い唇が綻び、男はようやく顔に血色を取り戻した。


 安心して脱力した体が、テーブルにもたれて、揃いも揃って現れた悪魔の子供たちを半眼で睨んだ。


「ほらっ、悪ガキは帰った帰った! これ以上イタズラすんなら警察呼ぶぞ! 何なら騎士団のコワモテどもを呼んだっていいんだぜ?」


「ちょっと、やめてあげてよ、まだ子供なんだし………」


 フン! と男は忌々しげに鼻を鳴らす。


 すると、ずっとすすり泣いていた一番小さな子供がグスッと鼻を大きくすすって、ピンク色のパンダのリュックから缶の箱を取り出した。


「ぱぱ…………ごめんなさい…………おたんじょうびぷれぜんとわすれてたから、だから、おこってるんだよね?」


「チッ! まだ言うのかこのガキ!!」


「はいっ! ぱぱ!! おたんじょうびおめで──わあぁっ!!」


 地を蹴った子供の片足が、躓いてすっ転んだ。


「なっ!」


「きゃっ!」


 缶の箱がひっくり返ったかと思うと、蓋が吹っ飛んで中から大量の紙切れがぶち撒けた。


 テーブルにも、男の足元にも、女の顔にも。


 男が、女と腕を組んだり、手を重ねたり、肩を抱いたり、愛を誓った瞬間を収めた写真の数々。


 とりどりの髪色に、顔立ちの、女たちと、愛を誓った写真の山だ。


「なに、これ…………」


「あ、あ…………」


 女の舌の先まで凍るような冷たい声に、男は再び青ざめた。



「お兄さーん、ダメだよ? こーんな大胆に浮気現場見せつけちゃ」



 あどけなかったはずの声に、冷徹な殺気が孕み────ビクビクと見下げると、天使のように愛らしかった子供が、真紅の目を細めて牙を見せて嗤い、鋭い尾をくねらせていた。



「悪魔の餌食になっちゃうからね?」


 夜の闇に、四人の目が紅く光る。


「おま………えらっ………本物、のっ………悪魔!?」

 

 男は後ずさったが、テーブルに腰をぶつけ、糸が切れた人形のようにそのままストンと尻をついた。


 だが、力はなくとも膝は笑っている。


「ユメたちね、今回は一人の女の人から浮気調査の依頼で来たんだよっ! もちろんターゲットはお兄さん!」


「アンタを尾行して一枚でも証拠の写真が撮れたら即解決だったんだけど…………まさか五股もかけてたとはね。しかもおんなじ店でおんなじ口説き方して…………男ってマジでバカ」


「こらこらココロ。男がみんな浮気野郎なんて思っちゃいけないよ。俺みたいな一途な男子もいるんだから! ねっ? アイちゃん」


「ユウキ兄ちゃんは一途というか愛が重すぎるんだけど………まぁ、いいや。っつーわけで、調査の結果、女性陣にも来ていただきましたーっ!」


 ばーん! と大きく手を広げた背後には、街のカップルたちを圧死させるほど凄まじい殺気を放つ四人の女性が。


 ひぃ! と男は涙目で慄いた。


「ありがとうアイスケくん。これ、みんなで出した依頼料よ」


「ありがとうございまぁす!! ありがたく頂戴しまぁす!!」


 依頼人の茶髪の女性が子供、アイスケに茶封筒を渡し、そのまま女性陣はスタスタとへたり込んだ男の方へと進撃していった。


「まっ、待て! は、話せば分かる! な、なぁ! アミちゃんも!!」


「何が、分かるって?」


「ひぃっ!」


 数分前まで男に恍惚していた女も、負けんばかりの殺気を放って、女性陣の方へと並んだ。


「えぇ!? 何で!?」


「何でって…………私たち、同じ被害者だもの」


「ぁ、あっ……!」


「アンタというクズ男に弄ばれた被害者よこの野郎!!」


「そうだゴラァ!!」


「オルァ死ねぇ!!」


「最低野郎が!!」


「覚悟しろぉ!!」



「グギャぁぁぁあああああああああああッ!!」



 肉をぶん殴る重々しい音が重なり、夜の街に男の断末魔が響いた。






「お兄さーん、お兄さーん、大丈夫?」


「ぅ…………あ?」


 男が目を開いた時、女性陣はすっきりしたと言わんばかりの爽快な足取りで、何故だか一緒に食事へ行こうだのと団結を示して、背中を向けていった。


「あーあ、派手にやられちゃったね」


 アイスケは膝を抱えてちょっぴり哀れみの目で男を見下ろす。


 男の顔は青痣だらけで腫れ上がり、少し前のイケメンが死んだように崩壊していた。


「一応これ、誕生日プレゼント」


 と、差し出したのは白くドロドロした飲料水が詰まったペットボトル────モツ鍋サイダー。


「オマケで当たったんだ。いらないからお兄さんにあげる」


 にっしっし〜、とアイスケは息を漏らして笑う。


「アイスケ、そんなクズ野郎ほっといてさっさと帰るわよ!」


「うん、今行く」


 後ろから名前を呼ばれ、アイスケは立ち上がった。


 にぃ、と可愛い顔には似合わず意地汚く笑う。


「いや〜にしてもお兄さん、五股とか魔王も超えるクズっぷりだぜ?」


 男はしばらく呆けたようにアイスケらを見ていたが、やがて切れた唇をおそるおそる開いた。


「何なんだ…………お前たちは…………」


 待ってました! と言わんばかりの顔で、四人の少年少女は「F」のマークが揃ったスマートウォッチを見せつけた。


「三股魔王の子!! ファミリーズ!!」


「ま、おう………!?」


「ちょいとダークなヒーローだぜ?」


 男はさらに殴られたように愕然と目を瞠った。

 魔王は三人の妃を娶り、十人の子供がいる。

 その一般人の耳にも入る最低限の常識であり、常人には届かないような伝説が、今、目の前に。

 彼らの月明かりに照らされた黒い尾が、伝説から現実へと物語っているようだった。



「お前たち!! こんな時間まで何やってるんですかぁッ!!」



 雲もない夜空から雷が落ちたような、そんな怒声が飛んできた。


「げっ…………ベリー兄ちゃん!」


 余裕をぶっこいていたアイスケも血相を変える。


 そこには、オッドアイで魔眼の片目を持つ男。


 ベリー。王族ディアボロス家の長男の名だと、男も知っていた。


「いや、これは、依頼で! 仕方なくというか!」


「依頼でも何でも、子供だけで夜遅くに出歩いちゃダメって何度も言ってるでしょ!!」


「でも、俺ら中学生だしぃ……」


「中学生も子供です!!」


 ベリーの声には、反論を許さない鋭い圧が含まれていた。


「罰として夕食の餃子抜きです!!」



「「「「ええええええええええええええッ!?」」」」



 四人の絶叫が痛々しくも揃った。


 中でもちょっと大げさなんじゃないかと思うくらい、悲劇のヒロイン如く膝をついて全身を震わせるアイスケは、掻き乱れる衝動に動くように男の胸ぐらを引っ掴んで、ぐわんぐわん! と振り回した。


「ふっざけんなよ!! 餃子返せこのクズ野郎──────ッ!!」


「いや知らねえし!!」


「餃子!! 餃子餃子餃子餃子餃子餃子──────ッ!!」


「うるせえッ!!」


「パパ──────────ッ!!」


「パパじゃねええええええええええっ!」


 これは、あくまで家族の物語。

お読みいただき、ありがとうございます。


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